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線は慣れたけど、前より挙動不審の内容が悪くなってしまった…w
ソフトとの相性なのかなぁ…
線が無反応では絵の描きようがないんだよねー。

Windows付属のペイントなら描けるから、
どう考えても、犯人は一人なのだけれども。

エイアイ

良い感じに描けた絵が失われれば残念だし、
ましてやそれが目の前のPCにやられたとすれば、
何か思うところがあっても良い気はするけれども、
びっくりするほど私は無感動だった。
私は私が短気な事を知っているけれども、
考えてみれば、気が短い事と、怒ってもしょうがないことに怒るのとは
また別問題で、目の前のPCが最新鋭でフリーズ皆無!
不具合自己修復機能付き!みたいな感じのを
意気揚々と買ったのに速攻で~とかならきっと私は
腹を立てた気がしますけど、老体相手に腹を立ててもしょうがないのだ。
しょうがないことに腹を立てるのは短気じゃなくって
単に病的な癇癪持ちかヒステリー症候群で、そうであったらきっと大変でしょう。
怒りも悲しみもガッカリも無いから別にモチベーションも変わらずなので、
絵を描くこと自体に支障はありませんが、問題は時間。
無くなった時間だけは戻ってこないのである。

そんなわけでお風呂上りにちょっと時間を設けるかと思って、
体から湯気を上げながらペンを持ったらこの仕打ちですよ。
どの仕打ちかって?タブレットドライバーが見つかりませんですって。
パソコン再起動すれば治るんだけどね。
しないよ。怒ってるのかって?怒っちゃあいないけどね!

そんなわけでこれは天の啓示だろうということでまた文章だけを書いてるわけです。

前回記事のAIネタを少し拾ってみましょう。
エーアイって何?って質問には
ほらー人工知能でほらー映画でもあったようなーほらーSFなー
みたいな感じで答えるでしょうと言うか答えた。
Artificial Intelligenceの頭文字をとってAIで文字通りの人工知能。
SF的なAIと言えばアンドロイドの脳みそを指しますが、
そこは飽くまで行き着く先、あるいはフィクションということで、
実際のAIと言うのはもう少し限定的、あるいは前段階という感じのようです。
昨今もてはやされてるAIと言うのは、碁が強かったり、
何か勝手に勉強して賢くなったり、何か写真を見分けられたりする感じのようですが、
つまるところ膨大なデータから何か法則性を見つけて学習する仕組みのもののようです。
逐一一つ一つ人間がインプットしなくてもあれやこれや学んでくれるというのは
これだけで実に次世代型な人格の芽生えを感じちゃいますが、
まだ勝手にあれこれ勉強したり規則性を見つけたりするだけの代物の様子。
一足飛びに明日人格が芽生えたり、スカイネットになったり、
無限に賢くなったりするわけではないようです。
コンピューターと言うのは実に賢い存在ですが、
人間の脳みそもも生命としてなら数十億、賢いおサルさんとしても数百万年かけて
組み上げてきた代物なわけですから、
やはり百年やそこらで追いつき追い越せとはいかないようですね。


青画面を見たとき短気な私は驚くほど平静であった

ここ最近ずっとパソコンの調子が悪い。
パソコンの寿命と言えば5~10年くらいなんだろうけど、
うちのパソコンは私が社会人になってから買い替えたわけだから、
もう結構立ってるわけで5~6歳くらいのはず。
変えてあげられるパーツは変えたので、
もう老いさらばえてしまったということなのでしょう。
しかしこのブログは十年選手のはずで、
それもそのはず昔は自分も学生だったのだなぁ。
確かに絵に慣れてないとかは言うことが無くなったなぁ。
上達具合にあってないのが残念だけど…w

そんなわけで多分負荷がかかったらなんだろうと思うけど、
青画面になって勝手に再起動がかかることが出るようになってしまいました。
昔に見たことあるのと違って今の青画面はおしゃれにQRコード付きです。
多分理由があって止まるんだろうけど、理由はピンとこない。
グラフィックに負荷がかかったらまずグラフィックのとこが熱を持つので、
ファンがうるさくなるし、CPUも同じ。
どっちも静かなもので熱は出してないからそういう方面で
過負荷がかかってるわけじゃないっぽい。
ていうか、絵を描いてるときにしか止まらないしね。
そう、それが問題なんです。
ここ数日のペースダウンは何も時間が取れてないってだけじゃあないのです。
そうした理由で電子の海に消えていったものもあるというわけなのです。
コマメにセーブするしかないだろうって?
そりゃあそうでしょうとも。
でも大体興が乗って夢中に描いてるときほど良い絵になるわけで、
そんな夢中になってるときに
コントロールSなり左上のフロッピィ印に意識がいきますかね????
そんなわけで今日も実に良い感じの表情の絵も藻屑となって
味気ない文章オンリーの記事を描いてるわけなのであります。

今日日ゲームだってオートセーブになってるのにね。
いや、多分私の使ってるハードもソフトもやや古めなのがダメなのだ。
新しいのは新しいゲームと同様多分リアルタイムセーブになってるんじゃないかな。
いずれにせよ、最新のOSのWindows10も勝手に自分で悪いとこ治らないのだから、
多分意思を持ったAIの誕生はまだまだ先なんでしょう。

AIと言えば仕事が奪われると言う話題を目にします。
この危惧自体は別に杞憂でもばかばかしくもないことで、
多分昔ミシンが登場したときには、針裁きの名人の人は恐恐としたでしょうし、
そうした人へ畏敬の念を持った人は色々思う処もあったことでしょう。
それに今現在、物づくりの多くは確か既にロボットが主役なんじゃなかったかしらん。
工場とかガシャンガシャン動いてますもんね。

つまり思う処は普通だけど色んなものが淘汰されて失われていくのは
流れのまにまにというやつだし、
そもそもどうでしょう、AIが仮想人格を持ちうるのは
ずっと先の事なんじゃあないでしょうか。
私はAIの相棒がほしいですから、実に残念ですけど仕方ない。
でも多分相棒方向ならずっと早くに到達するんじゃないでしょうか。
独立した人格AIを持ったアンドロイドなんかは多分私の生きてる間には
出てこないんでしょうけど、
そうしたオッケーグーグルなりヘイシリなりちょっとコルタナなり
教えてヒツジなりアマゾンこれが足りないのなりが
もう少し身近で賢い存在になるってのは遠い未来じゃあない気もしますね。
すごいもんです。

絵に対するアプローチ

絵そのものに対する私個人の考え方と来れば
連想的に絵そのものに対するものはどうなのかと来るかもしれません。

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絵と写実

さてコメントの返事としては長すぎる事となりそうだと
端折った話題に関して少し。
絵のやりように関するお話しです。

more...

ちょっと時間が十五分ほど宙ぶらりんになったので、
少し何か考えてみようと思う。

そうね、せっかく今日は海を見たので、
そこから連想しよう。

我が町近郊にある海水浴場は規模があまり大きいとは
言い難く、雄大さが入り込む前に人混みから来る
せせこましさ(8月の日曜という補正は十二分にある)
が入り込んでしまう感じだ。

遊泳区域もプール並み、
潮の香りの前に焼き肉の香りや人の臭いがまずするような感じ。

そんな中でも人はワクワク出来るようで、
そういった魅力の前には夏は海というテンプレートが形成されるのも
これはやむなしという実感に襲われるものようだ。


くわうかく

FC2ブログは無料で使わせてもらえるだけあって、
細々したところに広告がある。
妥当なことなので、特に何も気にしてないんだけれど、
時々ふっと目を魅かれるものがある。

多分世の中の広告の殆どがそう言った色んなパターンの
ふっとを捕まえるための
数を撃っている形なんでしょう。

たった今
目に留まったのでこうして書いてる訳ですが、

ブログをこうしてカタカタと書いて保存すれば
画面が記事の登録が済みましたというものに
切り替わるのだけれど
その画面に広告が出るわけです。

何だっけな、そうそう、多分ブログを本にしませんか?
みたいなやつだったわけですよ。

八頭身テイストな、
まぁよくある、女の子が紹介してる形をとってるもので、
こちらを女の子が向いてるわけです。
右手でサザエさんのようにこちらをご覧ください見たいならば、
まさによくあるやつだ。

勿論よくあるやつではなかったのです。
女の子の右手の辺りから
こちらをご覧ください右手の変わりに、
心霊写真さながらありえない角度で右手が上ににゅっと伸びて、
画面をクリックするかのように
絵の中の文字に手を置いてるのです。

女の子の右手と縮尺が同じなので、
女の子の間接が三つあるかのようにぐんにゃりになってしまってるのです。

一瞬ぎょっとしてデッサンが狂ってるのでは?といぶかしみましたが
プロは何だって計算してるものですので、
恐らくこういった見方をする人には
そうして目を引いてやろうとしてるのでしょう。
プロのそういった計算に
私はまんまと乗せられた、というやつですね。

ぎょ、よりうめーで引き寄せられるほうが好きですけれど
色んなパターンのあるほうが良いのかも知れません。
刺激があるという意味合いで。

長年フォトショップを使ってきました。
いよいよ他のペイントツールにも手を伸ばすときがやってきたようです。
何故ならばあれこれ設定を触らない私にとって
フォトショップは力を発揮できていない子になってしまってるからです。

過去絵振り返り

振り返りシリーズも折り返し地点をとうに過ぎ、
何とはなしに佳境に入ってきている気がいたしますが、
一つうれしいことは、火放ってる女の絵から、
昔の絵の段階が一つあがっていることです。

過去絵で見ていて楽しいのは楽しくても、
技術的にとても及第点とは言いがたかったのですが、
いよいよボーダーラインにかかってきている感じでしょうか。

確かに心情を思い返してみるに、
この頃から、この絵人に見て欲しいなぁと、
思うことが増えてきていた気がします。

睡眠には強いほうだと普段うそぶくけれど、
やはり眠れない夜が訪れることがある。

ただし理由を説明しても納得されそうにもないし、
面白くもないので言っていないだけなのだ。
たまにしか訪れることがないしね。

今日はどうやらそんな稀な、
不眠という名の来訪者がやってきたらしい。

しんどいし、寝たいのに眠れない…
私のところに訪れる客はそういった類のものでなく、
どちらかというと、次の日遠足を控えた
子供に訪れるような、
興奮という言葉に近いもののようで、
骨が熱い、内臓が熱い、吐く息が熱い、掛け布団が熱くて邪魔だ、
寝返りを打った体温で温もった布団が熱い、
そんな感じ。
そして私がもう子供ではないのと同じくらい当たり前のように、
明日が特別な明日でない日に唐突に訪れるから厄介なのである。

私は私と十分付き合いが長いので、
こうしたことには慣れっこだ。
こういうときに、体の、思考の興奮のままに考え事を進めてはいけない。
テンションが上がれば眠気が飛ぶのは火を見るより明らか、
興奮の原因があるわけでもないから、
ひたすらに冷めやるのをじっと暗闇の中待つしかないのである。

興奮のままテンションをあげて疲れて眠っても、
起きて元気なのは遠足の日の子どもであり、
遠足もなく子どもの回復力もない私に訪れるのは
ただの寝不足の日常であるので、
どんなに暴走する思考が面白いことを思いついても
それに乗らずにじっとなだめるしかないのである。

あつい。
まだ時期じゃねぇと言いやるクーラーをなだめて、
部屋をキンキンに冷やして、薄着でクールダウンしてるのに、
なお汗ばむ。

こうした夜のもう一つの特徴は異常に体感時間が延びることがある。

比較的私は時間間隔が苦手ではないのだけれど、
その苦手ではない時間間隔で、
大体、一時間経ったと思った頃合で実際二十分くらいといったところか。

ごめんなぁ、本当はおもむくままやらせてあげたいんだけどなぁ。
世の中そうもいかんし、
制限はモノを形づくる要素の一つでもあるでなぁ。

なだめる為にこうしてキーボードで文字をつづってみたりしたりも、
眠れない夜はまだまだ続きそうである。

胸の表現については多少目処がついた。
服のシワはどうだろう。

多分いくつか服のシワの表現力を身につけるのに
方法があると思う。


・実物を見て描いて体で覚える習字法。

・実物を見て流れを頭にインプットする方法。

・シワのいく理屈を覚えていく理論派法。


練習したこと無い私が想像できるのはこんなところで、
現状の私にマッチしているのは、
インプット法だと思う。

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絵を描く上で気をつけてること

絵を描く上で、最近気をつけていることは、
体調を整えることです。

やっぱりコンディションが絶好調といわなくても、
平均点以上は無いとと思ってます。

ここ一週間ほど、睡眠時間が平時の30%程度まで落ち込んでいたので、
昨日今日はあまりよい状態とは言えず。

「小沢無罪やって」

先日私の部屋を宿がわりにしていた弟の言葉だ。
コーヒーが飲めるようになったら大人だとか言う
冗談話はともかくも、
人が大人になって変わることの一つが
政治・経済の問題への関心でしょう。
テレビ欄しかみなかった子どももいつしか社会欄を
読むようになるものです。
親の庇護を離れ、自信で直接社会に交われば、
嫌が応にも持つようになるもんなんでしょう。

弟が私に政治の話を持ちかけたのは初めてのことで、
なるほどこいつも大人なんだなぁと変に関心しつつ、
私の最近の考えを率直に返したものです。

正直に言うと昨今の裁判沙汰に関しては全くおっておらず、
起訴の時に事情は詳しく知らないけど嫌われたものだなぁ、
こんな大物と言われる政治力ありそうな人でも一介の
経営者だったホリエモンみたいな強権っぽい攻撃受けるんだなぁと
思ったくらいでした。
ついでに私の小沢氏評は、
この人顔で損してるな、であります。

そして最近の政治の流れを見てて思ったのは、
総すかんを信じるなと言うことでしょう。
政治と言うか世の中、白黒がつけられる問題の方が少ない
と言うことが分かるのも大人になることのひとつでしょうが、
白黒つく話じゃないはずなのに、フルボッコにされてる人がいたら、
ちょっと用心深く見る必要がありそうです。
世論を形成するのはマスメディアのお仕事のようですが、
マスメディアを形成しているのは民衆であり、
意見は常に当事者あるいは外部、上部からの力によって、
選択されています。
これはあたりまえのことで、皆がみんなフラットだったら、
口論すら起こらないユートピアでしょう、世の中。
最近の関西圏のとある選挙でも、
明らかにそのバッシング誰かの意図がありますよね、
みたいなのがありまして、大変幻滅したものです。
困ったら人格攻撃って流れは多分古今東西ずっとなんでしょうね。
理論闘争の勝敗より風評の方が圧倒的影響力がありますから。

ともかく私のその辺の考えを交えつつ話してみたところ
弟曰く、
「ロウガイがまた生き残る」

more...

めでたく創作モードに切り替わった私は、
丁度一年前、全くなにも出てこない状態が
嘘であるかのようで、やっぱりモードの切り替えは
少なくとも私にとって重要だ。
惜しむらくはスイッチポンで即切り替わりと相成らないところ。
気持ちの切り替えは早い方なんだけど、
関係はないのかもしれない。

モードを切り替えてなにも問題がないかと言うと、
残念ながらやはりそうは問屋が卸してはくれないようでして。
日常生活に少しずつ影響がみられます。
まず、どもりがでてきました。
ご自慢のなんちゃって謙譲語が、瞬間的に失われ、
失われた瞬間は口からでていく瞬間にエラーを生じさせ、
あれあれれ、となってしまう。
丁寧語には影響がそう見られないのでやむを得ない場合は
それで乗りきりますがそうもいかない場合は
しょうがないので、シャイかなんかで、焦ってる風を装って
どもりながら押しとおってます。

うーむ。
せっかくの休日なのに今日はなんだか調子がおかしい。


定期的にトイレにいきたくなってんじゃねーよ
これはいつもどおりか。


自分でコーヒー飲もうと火をかけたのに、
シューシューシューシューやかんがうるせー
あ、これもいつもどおりか


水を持ち上げようとして机の角で人差し指をぶつける
怪我ってやっちゃった瞬間
まさに、あやっちゃった、ポテンシャル下がるって思います。


仕様が無いので透明の絆創膏を自分で貼ったのに、
しばらくして人差し指になんかへんなものがついてると
しげしげ観察してみると絆創膏だった。

腹なんて減ってんじゃねーよ
絵なんてうまくなったって仕方ない
絵がうまくなりたくて仕方ない
右ひざが少し痛い


電話終わり、
さ、絵を描こう。

割かしふりかけを使うほうだ。

私の一人の食事は粗末なもので、
自炊とは名ばかりの学生レベルの食事なので、
少しでも彩りと栄養があればとふりかける。

今用いているのは明太唐辛子ふりかけと銘打った
真っ赤なパッケージのふりかけ。

使い始めのあのころ、
あまり辛くなく、赤くなく、黒かった。
何だろうこれ、黒ゴマふりかけじゃないか。
でもゴマはきっと体によいだろうし、
何より辛さも良い具合だ、
でも混ざってないならまずいぞ、
そう思い振りかける前はシェイクしてかけてたのだ。

にもかかわらず、今のふりかけは大変あかい。
どのくらい赤いって食べ終えたお茶碗の色が
薄緑から赤になるくらい赤い。

目が白黒する。
いや紅白かもしれない。

大変に辛い。

辛いのは得手でも不得手でもないのが幸いで、
食べずに捨てることにはならないだろう。

読書感想文をつけてみようかと思う。
割と読書をする方だが、
いかんせん記憶力に優れるわけでもなく、
読んだときの感想はおろか、
内容すらもすっかとわすれてしまうことも。

割とよんでるほうだとおもっていたが、
振り返ってみると、恐らく千冊も読んでおらず
精々500が良いところだろう。
根拠は先だって紐解いてみた卒業アルバムに、
図書室の貸し出し履歴なるものがはさんであり、
三年間の貸し出し総数が300と少しであった。

高校時代は授業中を読者時間にあてていたため、
私の短い人生において


うーん、やっぱ時期尚早なんかな、
スマホ使ってるとよく書いたもんがとんでしまう。
上の文の後半部が丸々ない。
打ちにくい上に不安定ではねえ。

取り敢えず読者記録作ろうかなと言うお話。

いやー大人になって多分初めて、
卒業アルバムを手にしました。

似顔絵を習得したいので、
機会があれば同級生たちの写真を見たいと思ってはいたのですが、
なにぶんアルバムは実家にあるし、
何よりアルバム系にあまり興味をそそられず、
伸ばし伸ばしになってましたが、
実家にちょっと戻った際、押入れ整理がなされており、
卒業アルバムが目に付くところにあったため、
機を得たりと思い持って帰って今手に取ったというところなわけです。


振り返りシリーズも2007年は半ばに差し掛かりました。

絵を見るに結構試行錯誤が伝わってきますね~。
文を読めばもっと伝わってくるかもしれないけど、
なんだか読みたくないのですね。
こうしてちょっとずつでも書いてるおかげで
文章力も多少はマシになっております。

しかしこの6月に漫画を描こうと試みていましたね。
難しいって言ってますね。

気持ちわかりますねぇ、あ、当たり前か。

ちょうど一年前の私も似たような状態でした。
2007と2011を比べて何が違うか。
この間に自分の人生上では割りと大きな事件があったため、
人間としての経験値がまず差はありますがこれは
生きてれば当たり前か。

情熱は2007のほうが上ですね、2011はとにかくからまわってた。

ところがその情熱が上だったはずの2007年の漫画、
たったの三、四枚で終わってます。
これはどうしたことか。

読む気がしないと言ったまさに舌の根乾かぬうちに
ちょっと見返してきましたよ2007。
いやはや、文章も2006より良さそうじゃないか、多分。
2006読んでないから適当だけど。

理由は書いてなかった。
仕方ない記憶を頼ろう。

記憶によれば、この後、なぜか知らないけどアナログで漫画を少し描いてます。
ボールペンで。

構想だけ練ってありました。
その練ってあったものは迷走してた2011年に発掘して完成させたので
覚えているというわけです。

まーなんでもいっかぁ。

とりあえず2011年に少し描いて見る気になったとき、
全く手が動かないことに気づいたのですよ。

浅ましくも人に頼りまくったりもして見たり。
でもだめだった。

しようがないので2011年度は脳内改革にまたもや費やされたってわけです。
おかげで2012年3月現在、良い感じです。

…ちょっと改良してやろうかなぁ。2007年のやつ。
気乗りはしないけど、それも一興かな。

うあーしかし時間がちょっと足りないなぁ。
ホラー映画マニアの人に、ホラー映画ダビング集をガッツリ戴いてしまったのに、
ガッツリ見る暇がねぇ。
絵に使っちゃってるからねぇ。
2011年の大半を0時就寝7時半起床と至極健康優良児な生活で過ごし、
食生活の改善も図り、運動量も増やした結果、
大変健康度が増したというのに、
最近睡眠時間をちょっとだけ拝借してるおかげで、
ほんのわずかずつ、体調レベルに低下が見られる。
日中眠くなるほどではないのだけれどねぇ。

調子は絶好調から好調に落ちたかもしれないけれど、
ガッツはまだまだ余ってるしね。
どれくらい余ってるって、一人車の中で、良い感じの歌聞いてて、
テンションと共に創作意欲ゲージがリミットブレイクしちゃって、
うおーってなりますからね。
良い声で。
うおーって。
うあーかもしれないけど。

おはぎ

おはぎがものすごい勢いで売ってた。
おはぎだけじゃない。

イチゴ大福
みたらし団子
田舎団子
その他なんか。

売り子のおばちゃんの威勢も大変良いし、
精算こなしてるオジサンもナイス手際。

超おいしそう、お昼まだだし、もう午後一時半だし。
珍しくふらふらと買い食いしたくなった。
だっておいしいに決まってるもん。

試食係のおばちゃんがナイス笑顔で試食を進めてくる。
む、よだれたらしてるのがばれたか。

爪楊枝に刺さったお餅に黄粉たっぷりつけて差し出してくれる。
笑顔で。

丁重にお断りしました、笑顔で。

だっておいしいに決まってたもん。
おいしいに決まってるから試食する必要ないもんな。

伝わってないんだろうなぁ。
虚しいなぁ。

一時、生きろって言葉をよく聞き
思うところがありましたね。

私のなかである日までは、
そのニュアンスの言葉は死ぬなだったのですが、
ある境から生きろにとってかわられたように
感じました。

なぜだろう。
背景は知らないけど肯定的、否定的の
お話なんでしょう。
肯定言葉、好かれますもんね。

でも私は、死にそうなときに生きろって言われて
前向きに頑張るよか、
死ぬなって言われて苦笑して頑張りたいですね。

うーむ、
そろそろブログを始めた時期に突入しそうな
キャラ描き出しゲームだけれど、
ちょっとみてみると、
大変深刻なことに気づいてしまった。
このブログに900以上絵を載せてるようだけど、
(絵のアップロード数から行けば大方1000)
眺めてみるに、
大体毎回キャラが違う。
いくら十分重複してても、
半分にはなるまい。
よく見積もっても500キャラ近くいるんだろうか?
それを追っていったら、
何とまぁこのブログにかけて来た更新の半数を
しないといけないという、大変な事態だ。

いやまぁざっと描くだけなら大きな労力というわけでもないし
練習になるのは言わずもがなだし
更新数は増えるし。
いやいや更新数はどちらでもいいな、
見てる人がほとんどおらんのだし。
問題なのはキャラの書き出しは目的のための手段に過ぎず
その手段のためにどれだけの時間が
適当なものであるかということじゃないか。

選択か、ストーリー性の有無か?
ダメだ。

大体どの絵にも大なり小なりストーリーがあるので、
というかストーリーがないとキャラなんて描けないというか、
キャラを描くのと前後のストーリーを創造するのは
同じ作業というべきか、
ただの手癖で描いてる絵は本当にただの練習絵だけのはずだから、
もう少しアグレッシヴに取捨択一してかないと、
ただのおさらいで膨大な時間を使ってしまうことになりそうだ。

いやー早めに気づいてよかったね。ははは。

夜すべきではないこと

私が夜すべきではないこと



【ご飯を沢山食べる】
私たち日本人にとって夕飯は重要なディナーだし、
その習慣もあいまって箸がとても進む食事です。
私は幸いにも生来内臓が丈夫なほうでして、
あまり食べた物に対して省みることがありませんでしたが、
夕飯が多ければ多いほど、
就寝までの元気が失われることに気づきました。
もっとも私は満腹感が嫌いなタイプの人間なので、
ひょっとしたらイレギュラーなのかもしれません。

【風呂にたっぷり入る】
半身浴でしっかり入るのは健康的。
なんて記事を見たことがあるきもしますが、
私にとって二十分の入浴は長すぎるようです。
大体10分~15分くらいならすっきり上がれるのですが、
それ以上だとスッキリよりもグッタリが勝ってくる感じであります。

10代のころなんて本一冊読み終えるまで丸々入ってて、
ドザエモンかくありきかと言わんばかりに真っ白シワシワの
足を見て明け方の中、半分湯冷めしながら床に就いたりしたものですが、
どうやらそれは若さゆえの無茶だったようです。

【転がる】
あ~今日はつかれたぜ~ちょっと休憩ちょっと自分にご褒美ほしみ

なんてちょっと転がって良いことがあったためしがありません。
疲れきってたりするとうっかりウトウトしてしまい、
結果夜の睡眠がきっちり取れなかったり、
ウトウトしなくても、体が休みモードになるのか
超だるくなってしまいます。
私の体はどうやら怠け者のようなので、
私にとって寝転ぶのはあまり得策ではないようです。

宇宙の真理

私は狂った厨二なので、
宇宙の真理について思いをはせない日は無いといっても
過言じゃない。

ウルモアたっぷりの湯に首まで使って
(半身浴なんてくそっくらえ)
マンガの設定について考えていたら、
ふと濁った水面に文様が見えた。
その形は私に宇宙の真理を垣間見せ、
この湯船は今宇宙の真理の中にあると直観力が語りかけます。
見る見る引き込まれた私はそのまま
静かな圧迫感と仄暗い水の底へと意識が吸い込まれ、
私はやがてのぼせましたとさ。

しかし面白い文に感心し、
そうじゃない文で絶望する。
そんなただ一喜一憂を繰り返しててもつまらないので、
どこに理由があるのか少し考えてみた。

私は多くの人と同じようにアンフェアなことが嫌いだ。
文章においてアンフェアってなんだろう?

うーん例えば例として、昨年の初夏くらいに一度会話に上った、
枝野さんが言ったのかな?
低レベル放射線について、ある特定の数値のものについて、
「直ちに健康被害は出ない」
みたいなお話だったはず。

この文、ただちにってのは、すぐに、あるいは短期間のうちに
つまり今日明日、一年後二年後とかですぐにえらいことにはなりませんよーって
意味の文章だ。

ではこの言葉についてうがった見方をすると言うのはどういうことか。
それは簡単で、ただちじゃなければ?となる。
中長期的にみてどないやねん、ってこと。

何の知識がなくても、
その答えはそんなに複雑じゃなくて、

①長期的には不健康になるおそれあり。
②長期的にはちょっとよくわからない
③言葉のあやだよ、長期的に見ても大丈夫だ、問題ない

①において恐れがちょっとあるのかかなりあるのかで分かれるけれど、
大体この程度でしょう。
④長期的にみて梅ゴマフリカケが流行する
みたいな突拍子もないことは答えになりませんからね。

つまり、今は危なくない。
では将来は?という問に対して、

ダメ、OK、わからんの三通りしかないのは当然なわけです。

で、うっかりさんが、可能性を見落として、
すぐには?じゃあ将来はあかんのか(`へ´#)
って感じにお怒りになるのはこれはしょうがない。
もし世の中にうっかりさんがいないなら、学校のテストとかで
差はでない。

声を大にしてしゃべっている十分賢いはずの人たちも
このような論法をすることがある。

「政府は欺瞞を働いている。
直には被害はない。
じゃあ将来はどうなのか?
何故そんな言い方をするのか?
それは科学的に根拠がないからである。
科学的に長期的についての明白な答えがないのだ。
ほにゃらら」

科学的根拠についてまでは割とほんとのところのようでして、
直ちには被害がないというのも中々科学的根拠を基にしていて、
今の世の中で適当な人間を沢山集めて、
色んなレベルの放射線を色んな期間浴びせ続けたり、
長期間の経過を観察したりするのは勿論ごちゃな話でして、
事故とか条件がアヤフヤなものを頼らざるを得ないジャンルなので、
中々こうだ!とはいかないようです。

そして政府が欺瞞を働いているってのも勿論そりゃあそうでしょうね。
そういう機関なのですから。

ホントを混ぜつつ、誘導するのがお話し上手の頭のいい人たちの手口のようで、
例えばほにゃららについて、
多分意図的に、他の可能性に言及せずに、
あえて危険性だけを声高らかに発するのです。

これってアンフェアですよね。
色んな場合が存在するのに意図的に言わないってのはアンフェア。
自分はこういうことが言いたいから、
そういうことが起こる条件のパーツだけ切り取って引用する。
だってこういうことが言いたいんだからあたりまえじゃん?
って感じなんでしょうか。

効果あるんでしょうか、あるんでしょうね、あるからやるんでしょうから。
私は多分ひねくれてるので、
例え自分と意見が違ってても大変説得力があって感心する意見があっても、
こういうアンフェアな部分があると一気にがっかりしちゃいますね。

うーむ、わかったからといってどうしょうもなさそうな気がする。
こういった類の意図するしないに関わらないアンフェアって
結構多いですもんね。

絶望した。

最近人の書いた意見を読むのが辛い。
それは、自分と意見が違うからってわけではなく、
読んでて感心する事より、
絶望先生よろしく、絶望する事がおおいからだ。

物事を測る上で、年齢などは絶対的なステータスでない
ことは当然だと思ってるけど、
同年代、二十代後半の文を読んでは、
書き物のプロの物書きでこの底の浅さ、
プロでない自分なら尚更酷かろうと絶望し、
年上のを見ては、年齢を経てもこの程度のものなのかと
絶望する。
とても、いつまでたっても人間のびしろあるんだね
ヒャッホウとは思えようも
ない。
伸びたって程度が知れてては虚しいのも、
当然じゃあありませんかね。

くそ、公共に考えたれながすのに、
生の感情むき出しでいいのかよぉ。
こんなん、賛同もまた感情にすぎないじゃん。
個々が感情で動くのは当たり前やけど
集団が感情で動いたらどれだけ怖いかってのは
誰だって知ってるだろうに…

あー絶望した。

昨日の夜から予期せぬ能力の拡張に苛まれている。

元々私の頭は少し壊れていて、暴走すること(予期せぬ行い)
は珍しいことではなかったけれど、
そういうのは大抵若いころで、
年を食うにつれて、大体想定内の働きしかしないやつだったのだ。



具体的にどの辺の働きかって言うと、
脳内における映像関連のお話だ。

『写真のように記憶している』
「必要なときはそれを読むだけ」

私などはもっぱら音声で記憶してる口だし、
私の人生でこういうスキルについて自己申告なさる方が、
人並みあるいはそれ以下の記憶力である私と比較して、
そんなに優れたポテンシャルを持っているとは思えない感じばかりだったので、
残念ながらいまだ半信半疑ではありますが、
世の中の半分以上の人は私よりずっと覚えがよいだろうし、
中には多分頭の中にコピーするくらい詳しく焼き付けられる人もいるんでしょう。
ただ想像に難くないのは、その能力も進むほどに、一般人とかけ離れていったり、
あるいは何かが欠けてしまうという可能性でしょうか。

少々話しがそれました。
別に私が映像記憶に目覚めたという話ではないのです。
その辺の能力に関して私の中でのカテゴライズは
速読とかその辺の類の引き出しにしまわれております。
そりゃあ、写真のように頭の中に焼き付けてそれを正確に出力できるんなら、
絵を描くのなんかお茶の子さいさいだろうし、
本だってすごい速さで読めたら、
私の人生はそれだけ余裕ができちゃうしね。
でも少なくとも自分にはそういう特殊な力はなさそうだし、
そういうスキルをお持ち(と思って読んでみたらお持ちというより
それについて解説してるだけで、別に筆者についての能力に言及されている
本はありませんでしたね、そこがまたなんともはや)
の本についていくつか読んでみましたが、
なんていうか、そう、今ならいい言葉を覚えましたので正確に表現できますが、
とてもスピリチュアルなんです。

ここで言及しておきますが、私は本当の意味(?)でのスピリチュアルな
事柄について嫌いではないですし寧ろ好ましく思っているほうであります。
この世界はあまりに広大すぎて、高々百年生きられない人間が
そのすべてを解釈に収めるというのは確かにおこがましい。
だから理屈でわかりかねる部分はただ感じれば良いと思います。

ところが、人はやっぱり理解したがる生き物のようでして、
私が目にする広まろうとするスピリチュアルは
説明がついてるんです。
スピリチュアルだけど科学、みたいな。
個人的に理科は好きなので、本当の意味でのスピリチュアル科学とかあるんなら
大変結構なんですが、
残念ながらどうもスピリチュアルを科学してるんじゃあなくて、
既存の科学の貼り絵なんですね。
元の形を知ってると、あれ?何でそうなるのかな、って思ってしまいますが、
確かにもとの紙を知らなければ、その貼り絵こそが元の紙となるわけですか。


また話がそれている気がしますね。

何でしたっけ、私の頭が少し壊れている話だったかな。
私の記憶力には致命的な欠陥がいくつかあって、
まずひとつは意味記憶しかまともに働いてない事でしょう。
意味があれば覚えられるんだけど、意味のないものが入ってこない。
これはどういうことかといいますと、例えば英単語が覚えられないわけです。
Congratulation,祝福する、なーんてあの日めくりカレンダーの
出来損ない見たいなリングに収まってる暗記装置の一枚があるとして。
コングラッチュレーションは祝福するって意味がちゃんとあるじゃないかと
言われますと真そのとおりでございますが、
日本語しか知らない時点の私にとって英語の世界は知らないわけですから、
コングラッチュレーションが祝福する意味は持たないわけです。
というより、そもそも言葉って意味なんて持たないんですよね。
おめでとう~って言葉がおめでとうである必要がないのは、
英語では言い方が違うのを見ればわかるとおりであります。
それと同じことが例えば人の名前などでもあげられるでしょう。
例えば、まさお君が目の前に居るとして、確かにその人はまさお君本人でありますが、
名前がまさお君である意味、必然というのはないのであります。
必然があるならそもそもニックネームとかで呼ばないしね。
だから私は人の名前を覚えるのがあまり得意ではないし、
これに関しては私だけではないようだし多分理由もこの辺のところからくるんでしょう。

故障しているところはまだまだありますが、記憶関連といたしましては、
時系列がダメということがあります。
Whenに弱いのです。
弱い側から言わせて頂ければ、どうして皆あんなにいつどうこうしたって
覚えられるんでしょうね?
私にとっちゃあアボリジニーな気分っすよ。
1、2、3、たくさんみたいな。
未来に関しての記憶はないし、今は確かに厳然とした今だ。
でも昨日は?一昨日は?半年前は?
曖昧なんですよ。
確かに覚えてる、どこで何してたか鮮明に、でもこれっていつのシーンだ?
って感じ。
だから時々一年前の会話の続きとかが口から漏れ出てしまう事がありますが、
人間の会話って便利なもので、
世の中には聞き流すという手法がございまして、
話が飛んでも通じる人は通じるので遠慮なく言えるし、
通じない人は大抵カチムシしはるのでこれまた遠慮があまり要らない。

どちらにせよ、私が言いたいことは私は自分の頭の中の映像関連や
記憶関連について私を信頼していないということなのであります。
致命的に足りてなくて困るとか、
戦力的にあまりに不足しているとかがなく、
現有でやりくりできるので特に悲観もしておりませんが、
変化が見られているのもこの辺のことってようやく冒頭の問題。

異様に頭の中で勝手に映像が再生されるのです。
何がされてるかっていうと筋肉です。
よーしマッスルマスターになっちゃうぞー
(絵ですよ絵、自分がマッチョになるわけじゃあありません)
なんて昨日一昨日くらいに
思いまして、少々解剖図なんかを紐解いてみてたわけなのです。
勿論自分の記憶力に何の期待もしておらず、
そう、私は自分の記憶力に何の期待もしてないので、
何かを覚えないといけないときは、体育会系でやってるのです。
つまりごり押し、物量作戦、体で覚える。
そしてそういうのは時間経過が必要なので、
十分に時間がない場合はそれに合わせて考えるのは当然でして、
今回の場合も、まぁ細かく覚えなくても大体でよかろ。
今現在自分の理想とするマッスルマスターを100とすれば
現状は30~40。大体今の倍程度まで理解が及べば
十分使用に耐えうるだろうし、それは大体でも十分到達可能に思えたわけでして。

ところが睡眠不足でバタンキューとベッドで死んでると、
何の気まぐれか勝手に脳みそが昼間の映像を流し始めたのです。
おかげで覚える気がさらさらなかった細かい筋肉まで
そりゃあもう入念にグリグリ回転させながら入念に見せられたおかげで、
覚えてしまい、なおかつ実際の人間と照らし合わせるために、
色んな人の前腕とかふくらはぎやらが再生されて、
それも中学時代からとか三年前くらいからとか
適当にピックアップされてて、こういうとき時系列がいい加減なのが
いいのか悪いのかわからないものだと思いながら渋々観察してたわけです。

意識が幻想に過ぎない以上、今の私にとって
脳の予期せぬ暴走などもはや取るに足らないものではありますが、
仮に目覚めたのだとしたら、その幸運を生かさない手はないでしょうが、
ただの気まぐれかもしれないので
(私が自己認識している私は十分気まぐれであるので、
認識していない私が気まぐれでもそれは驚くに値しない)
あまり期待はせずにしばらく様子を伺いたいと思います。

帯電質なほうだ。
人と接触してバチリとやって「痛ぁ」などと
恨みがましい眼をされるのも割と日常。

電気については、高校でオームなにがしとかで、
余裕で嫌になった口なのでよくしらないけど、
流れるのは電気的高低差があるからだったはず。

その理屈でいくなら、ドアノブとか人などで
バチバチなるのはわからないでもありません。
しかし、イヤホンでなるのは納得いかないなぁ。
歩いてて不意に耳たぶにあれをやられるのは、
アンフェアだと思う。

人生の損

ほにゃららが出来なくて人生損してる。

例えば、
酒が飲めない?そりゃ人生の半分損しとるよ。

そう言われても、あまりそうだなぁ、言いたい事はわかるけどなぁ
と微妙な反応しかなかったりするのも当然だ。

何故ならばその人がお酒で楽しんでいる間、
別に電源オフになっているわけではないからだ。


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