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未だ夏・冒頭の滑り出し案

3123
その日は雨だった。

分厚い雲、
黒い空、
しっとり湿った空気、
暗い閉塞感。

何もかもが今の私にお似合いみたいで心地良かった。

「―――――ですか?」
記憶の声が私に話しかける。私は答えない。
あの日。あの日の時間。
私は歩く。

[文]雨・誘惑のヘニーデ4後

「しかし当時の私にはそのような余裕はありませんでした。必死でした。
家族にはずいぶん当り散らしたものです。申し訳ないことをしたと思います。
だがその時の私にそのような冷静さは無く、それどころか、家族の呪縛こそが
私を縛る最たる物であると、新月の夜の闇の中、家族らの眠る床に立つ私の脳裏に
そのような邪悪な心が一瞬、本当にほんの一瞬ですが擡げる事さえあったのです」
「・・・・」
「私は焦燥感に苛まれ狂っていくような感覚と平行して、
常に冷静であれという心を持っていました。
それはひょっとしたら常に素面であったことも助けになったかもしれません。
そう、私は決して酒におぼれることだけはすまいと誓っておりました」
「何故ならば私の父が酒に溺れ、妻子に手を上げる存在であったからなのです」
「ああそうです、私は父のようにだけはなりたくなかった!」
「―いえ、すいません少々興奮してしまいました。
ある日です。その日は描けなくなった日と同じく唐突に訪れました」
「私はある日突然再び絵が描けるようになったのです」
「本当に唐突でした。まるで堰がされていた川の水の如く、
溜まったものが溢れ出てくるかのように私の腕は動き続けました。
そこには再び描けるようになった喜びはありませんでした。
いえ、それどころか今にして思えば何の感情も無かったように思えます」
「描ける様になれば再び生活は元に戻ると信じておりましたが、
事はそううまくは運びませんでした。再び描き出した私が生み出す絵は
どこか以前と違ったものになってしまったようなのであります」
「自分で言うのもなんですが、出来上がったものは以前にも増して出来栄えのほうでは
誇れる物がありました。作風が極端に変わったわけでもないのです」
「私の絵は全く売れませんでした。以前と遜色ないものであるはずなのに」
「ただただ私は夢中に描き続けました。一週間描き続けては倒れ、
しばらくして起き上がっては再び描き続けるといった
常軌を逸したものであったと記憶しております。
私の体は睡眠も食事も必要なくなったようでした」
「そのような生活はあっという間に私の姿をやつれさせました。
古い馴染みが私を心配して筆を止めるように言ってくれました。
しかしそのときの私にはその言葉の意味が理解できる物ではありませんでした。
絵を描き続ければ再び元の生活に戻るはずだと信じていた私にとって、
再び自身の意思で筆を止めるという行為は全く考えの及ぶ物ではありませんでした。
馴染みは私が取り付かれているといいました」
「狂気に・・・いや、死に」
「そして絵もまたそれに取り付かれておりそれ故に買い手が付かなくなったのだと」
それからどうしたのですか?
どうしたんだったっけ。私はそれからどうしたのだったっけ。
恐らく私は自身を見失ってここに懺悔に来たのだと思います。
「私は救われた」
生きることはつらいですか?いえ私にとって生は光です。
私は私と家族の為にも生き続けたいと心から願っています。
「私は救われた」
そうだ、ひとつ思い出しました。
静けさです。とても静かだったんです。今と同じくらい。
とっても静か。そう、死ではない。勘違いです。
私も、私の絵も静けさが内包されていただけなのです。
「私は救われた」
皆最後には分かってくれました。皆静かで穏やか。
ああそうか、私は初めから許されていたのか。そうなんですね?

雪の如く真っ白な砂浜。
真っ白なキャンバスに黒い影が点ひとつ。
規則正しく訪れる波のリズムは重厚。
やがて波は点を飲み込み、後には静けさ、波の音だけ。

ズァーン、ドォ、ザサーン。

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月明かりに照らされた海面は黒く、
日中の内海さながらの青緑の姿とはうって変わり、
俺の心をざわつかせる。

[文]雨・誘惑のヘニーデ4前

「私はこの三十年はずっと絵だけを描いてきました」
誰に、何に対する懺悔であろう。そうではないのか。
ただ私は半生を話さなくてはいけないと言う衝動に
動かされている。
「運に恵まれたのでしょう。無我夢中でやっているうちに、
十年足らずで私は個人で小さいながらも展示会が開ける程度には
やっていけるようになったのです」
「なるほど」
「ささやかであろうとも自身がやりたい事をやって生活の糧を得、
そして妻子にも恵まれ、私は私自身の人生に不満など何一つありはしなかったのです」
「素晴らしいことですね」
「はい、ありはしなかったのです。私は幸せでした」
「私は幸せだったのです」
「幸せでした」
「何も、何も無かったのです。私はある日線の一本すら引けなくなりました。
何の前触れもありませんでした。何も無かったのです」
「…どうなさったのですか」
「とても苦しかったです、それまでの人生でそういうことはありませんでしたし。
しかし生きている以上そういった事は起こりうることだと私は私自身に言い聞かせました。
乗り越えるため様々なことを試みました」
「・・・・」
「しかし何も奏功することはありませんでした。最初の数ヶ月は良かったのです。
私は絵描きです。絵描きが絵を描けなければ当然収入に響きます。
生活は次第に苦しくなり、一年もすれば忽ち妻の収入に頼らざるを得ない物となりました。
家族の目は容赦なく私を責め、それはますます私の腕をがんじがらめにしてしまうように
私は感じました。しかし今にして思えば、あれは苛みの目ではなく、ただ心配してくれていた
だけであったように思えます」

[文]雨・誘惑のヘニーデ3

途切れ途切れのラジオから流れていたクラシック音楽もついに聞こえなくなった。
音が無くなるといよいよかとか寂しいとかいった感情が
きっと芽生えるだろうと思っていたけれどそういったものは訪れなかった。
無音となった室内に陶器の音が響く。
長年生きた。自分はお茶の準備などは生涯しないものだと信じていた。

「お前のお茶が飲めなくなってどのくらいたったのだろう」
最初は虚しくて意識してやめていた独り言も今では当たり前となった。
「寂しくはないんだよ」
細かく震える手でも案外お茶の準備は上手くいくもののようだ。
「私も行くのだから。ただタイミングがずれただけなんだ」
独り言と同じように二人分のカップを準備するのにも慣れてしまった。
「今すぐ行きたくもあるし、ただ流れのまま居たくもあるんだ」
恐れていた静寂もいざ訪れて見ると不思議な穏やかさに包まれていた。
「私はこの流れに抵抗する気はない。そう無いんだよ」
ただあるがままを受け入れられるのが年のせいであるならば、
とうの昔に数えるのを止めた年齢にも感謝しなくてはならない。

「このゆっくりとした時間が私の、我々の最期なのだとしたら」
そうこの慈悲にも、ただただ静かに感謝しなくてはならない。

自分でお茶をいれるようになってどのくらいたったのだろう。
まだ幾日も経ってない気がするし、
しかしずいぶん手馴れたようにも感じる。
実際今日の出来栄えは以前当たり前のように飲めていたそれに
とても酷似していたのではないか?
「ふふ、うまくなったものだろ」
そうだ、君が居た時と何も変わらないんだ。

さぁて、次はもっと上手くやれるかな?
ボクもちょっとしたものだろう?
「ふふっ」って笑う君の顔が目に浮かぶ。

「楽しみだ」

そして小さな息をひとつ残し、
まるで最初からそうであったかのように目を閉じ、静かに眠った。
深く。

深く。

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海は広大だ。
呑まれ溺れる事を恐れ私はただ浜辺をそろりと歩いている。

[文]雨・誘惑のヘニーデ2

ぷつん、ぷつん。
無音、でも確かにそこにある音。
泡沫の夢であったかのように静かに消え行くしゃぼん。
人が確かに存在したという価値は
人にのみ有効である物のようで、
見送る私の感情も包まれ消えていくのだ。
笑顔。
安らか。
本当ににぎやか、そして静か。

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―主よ、もし貴方が本当にいるのならばこの静けさこそが
貴方の慈悲なのですか―

[文]雨・誘惑のヘニーデ1

ダイブ。
ベッドはいつだって私を受け止めてくれる。
脱力。
ため息とともに魂が抜け、私は宙を舞う。
そんな幻想とともに、目はその日の仕事の終わりを知り、
そっと帳を下ろす。
鼓動。
生きているという実感をもたらす、この音は嫌い。
生は必ず死という終わりがくるから。

寂しい。怖い。

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それは静かな終わり。
静かな始まりだった。

[文]えび2

チャイムが鳴り響き、それから二分ほど経って担任が入ってくる。
普段はここで静まるのだが、今日はやはりそうはいかないようだ。
クラスの半分ほどは窓際にへばりついたままだ。
外に立っている奴について、さまざまな憶測が飛び交っている。
彼は宇宙からの使者である。
突然変異種に違いない。
いやいや生体実験を受けて改造人間になってしまった哀れな被害者に違いない、等々。
そう、僕は校庭に現れたそれを『エビ』と表現したがもう少し加えるならばエビ人間だ。
2m近いであろう大きさは3階からの眺めでも
やや威圧感を持っていたが顔は真っ赤なエビそのものだ。ザリガニかもしれない。
まぁ、どうせ着ぐるみを着ているんだろう。理由は色々考えられそうだけど考える気はしない。
「今日は君たちに新しい友達を紹介します―」
うちの担任はいつも唐突にしゃべりだすし、声も決して大きくない。
だから必然的に僕らのほうが静かに聴くようになった。
が、今日はみな興奮していてとても静まりそうになく先生の声は半分程度しか聞こえない。
一瞬外のエビ男(性別は不明だが)が新しい友達なのかと思ったけど、
先週、週明けつまり今日に転校生がやってくるという話があったことを思い出す。
どう考えてもそちらの方が重要に思えるけど、
皆の関心は外に向かったままだ。ちょっと異様なほどに。
「彼は哀れな犠牲者なんだよ!」
「馬鹿だなぁ。着ぐるみに決まってるじゃないか」
「・・・さん、自己紹・・・・・・くだ・・・い」
「いや、あの看板の文字を見てみろよ。とても知ってる文字じゃないぜ?」
「え?でも…はい、では・・・(すぅ)はじめまして!」
「おい、外の奴どう思う?俺はやっぱり気ぐるみだと思うんだけどさぁ」
ひじをつついて、マルガリが話しかけてくる。
僕はというと周りの声に耳を傾けながら心は昨夜のロープレの続きを考えていた。
レベル上げをする必要性がある、雑魚が急に強くなった。
「さぁね。まぁ着ぐるみだろうかな」
レベル上げをシミュレートしながら適当に答える。
「OBかな?学校にでも文句があるんかねぇ。
 しかし見たか?微動だにしてなかったぜ。置物なんかもなぁ」
「・・・す!あの・・・皆さんよろ・・・くお願いし・・・・・・」
「はい、あり・・・・・・君たち仲良・・・・・・ょうね。
 あ、一番後・・・・・・いてる席に座っ・・・・・・・・・。
 ・・・外の方についてですが、警・・・・・・・ので近寄・・・・・・・・・・」
「俺気にしたこと無かったけどうちの学校に警備員とか常時いるんかな?
 取り合えず強引に追い出しちまえば良いのにさ」
「ふぅ」
ゲームの脳内シミュレーションはとうに終え、数日前に読んだ時代小説に出てきた
忍者の忍び足について考察も周囲の喧騒の静けさとともに終息させ坊主頭に目をやり、
これまた適当に言葉を発する。
「ま、色々難しいんじゃないのかな」

[文]3べん死んだ鉄太

人の死、などと言うものはただそれだけで悲しいものだし、
ましてやそれを語るとなると痛みを伴うこととなる。

私がこれから話す鉄太との物語、いや彼の死に対する物語も
私に痛みを与えることとなるのだが、それでも話さずにはいられない。
痛み以外にも、適切な言葉が当てはまらない説明の付かない感情が存在し、
そいつが私の口を開かせ、
そいつ生じさせる『いがらっぽさ』から解放されたいが為に
私の喉は言葉を発するのである。

第一の死の話は彼と私が出会ったその日が舞台となる。

[文]えび1

「ねえ」
「ん?」
「もしね、明日が緑色ならどうする?」
「そうだね、そんなの決まってるじゃないか」
何が決まっているのか自分でも分からない。
「学校サボって釣りをする」
「じゃあ、昨日が雨なら?」
「・・・学校サボって鉄を打つ」
「なんで?」
「決まってるだろ、熱いうちに打たなくちゃいけないからさ」
彼女は満足したかのか、席へと戻っていった。僕は空想を再開する。
「ねぇねぇ、ちょっと悪いんだけどさ・・・」
良いタイミングだ。悪い意味で。
「あん」
「これなんだけどさ・・・」
僕は視線を向けずにしばし待つ。
「・・・・・」
やっぱり視線をやらないといけないらしい。差し出しているものを見てみる。
案の定、今日までの宿題だ。
彼は非常にまじめで勤勉な男だが、頭はあまりよくない。
教えてやるとうんうんうなずき、席に戻っていった。
まぁ、最低後二回は来るであろうが、これも毎度のこと。
さて気を取り直して、と思うと今度は外が騒がしい。
「何かあったの?」
隣の席に座っている女子に聞いてみる。
「さあ」
そっけない。仕方なく窓の方に行く。
「何?」
「おお、う~ん、何やよぉわからへんけど、何や変なもんがおるらしいで」
窓から校庭を見下ろす。
「なるほど変だ」
「だろぉ」
外には、エビがいた。

[文] ジュブナイル的ベタな出だし

高二になってからの初めての中間テストの手ごたえはばっちりで気分はよかった。
昼食の弁当も好物が並んでたし、初夏さながらの陽気と心地よい風が、
それと意識しなくても体を軽くしてくれているようで、そう、つまり今日は良い日だった。
「ここがお前の部屋か。もう少し整頓した方が良いんじゃないか」
うれしいことに明日は土曜日だから二日間ノンビリと羽を伸ばせそうである。
「本ばかりだな」
テスト勉強はほとんどやらないタイプ、つまり所謂不真面目なタイプなんだけれど、
良い点数に拘っていなくとも、やはり終わるとほっとするものである。
今日からしばらくは完全フリーの身だ。さて何をしてやろう。
そういえば、今日のロードショーは面白いとか木塚さんが言ってたような。
テレビ欄チェックした方が良いな。
「目覚まし時計が見当たらないな、私は朝が苦手だぞ」
そういえば、読みかけの本、クライマックスが楽しみだ。寝る前読んでしまおう。
「メシはまだなのか、実を言うと非常に楽しみにしてるんだぞ」
そういえば、月曜までのプリントまだやってなかったっけか。テスト明けに期限とは。
「おい、聞いてるのか、メシはいつなんだ。お、絵なんか描くのか。
 本に絵、さてはネクラだな?」
そういえば、明日晴れるのかな。
「風景しか描かんのか?マンガは描かないのか?マンガ」
そういえば、
「実を言うと私は絵に関してはちょっと自信があるんだぞ」
そういえばそういえばそういえばソウイエバー
「何を黙り込んでる。自分の部屋だろ?もっとリラックスしろよ。
 しかし君は人の話を聴けない最近の若者ってやつかね」
バーバーバー
「全くいかんぞちゃんと人の話は聴かないとな。
 ん、ないとは思うけどまだショック状態から立ち直ってないとか?」
―立ち直ってるわけないだろ!
「まぁなってしまったものは仕方ないさ。
 未来がどうなるにせよ、しばらくはこの状況が続くわけだろう?」
どさりとベッドに寝転がり、
ベッド上につんである本をパラパラやりながら、のうのうと言ってくる。
「仲良くやろうぜ。あ、ひょっとしてやっぱりだんまり無口なネクラ君か?
 そうだな本がこんなにあるしな。本がお友達って奴か。
 そうかそうか、うんうん。ま、今日からは私がいるから安心したまえ」
ぽいとパラパラするのに満足した本を床の上に放り出しながら、好き勝手言ってくる。
なんだか体の中心辺りにずっしりとした重みを感じ始めてきた。
なんだろう。いや考えるまでもない、さすがに腹が立ってきたのである。
うーむ、怒りが活力とはなるほどこういうことを言うのだなと実感する。
とかっこよく考えると少し落ち着いてきた気がしないでもない。
更に落ち着くためにも少し起こったことについて整理してみるのも良いかも知れない。

そう、あれは――

[文]イメージへと還る1

規則的に感じる、振動、音。
流れうつろう景色。
本当は周りだけが高速で後ろに動いているのではないだろうかと錯覚してくる。
すべてが過去へ向かって加速し、私だけがその場にとりのこされているのではないか。
私はそこに居るだけで。周りが去って行くだけで。

ふと、景色が走るのをやめ始めた。
「…駅に着いたのか」しばらくぼうっとする。
深く息を吐き出し、ネットからペットボトルを取り出し、水を飲む。
それと同時に再び電車は動き始めた。

立ち上がった。用を足したくなった為だ。
長時間同じ体勢で居たためだろう。体が宙に浮いている感じがする。
頭を一振りし、便所へ向かう。幸い誰も使っていない。
小さな幸運への感謝は流した水とともに電車へと吸われ消えていく。
「ふぅ」人心地つく。洗面所で手を洗い、軽く伸びをする。
わずかに関節が音を立てる。
正面の鏡に映っている顔が気になった。
よく知った顔。
当然だ。自分なのだから。しかし何故だろう。
どこか嘘臭い。
どこか気だるい。
疲れている。
そのせいか、若干老けて見える。
まだ若かった気もするけれど…どこか曖昧。
頬を叩いて気合を入れようかと思ったけど、それこそ嘘臭いので止めて席に戻ることにする。

一瞬車両を間違えたのかと思った。列を間違えたのかとも思った。
前後ろを思わず振り返り確認してしまった。
無論間違えているはずもなく、困惑気味ではあるが、私はもう少し観察を進めることにした。
ネットにはペットボトル。荷物置きには貧相な黒のスポーツバッグ。
そして、本来座席にあるべき帽子の部分にはおっさんが居た。

しばらく真横に立ってみたが、雑誌を見やるおっさんはこちらに気を配る様子は無い。
どこか心の読めない糸の様に細くて黒い目。
それは横から見ているからと言うだけではない感じがした。
怖い。
しかし正義は我にある、はず。

「あのぅ、そこに帽子が置いてありませんでしたか?」
意を決しそして婉曲的に、一応愛想良く笑みを浮かべ話しかけて見た。

「…ん?…ああ」
おもむろに背中(本当はどう見てもお尻だったけれど)をごそごそやり始めるおっさん。

そして取り出される、ペチャンコに変わり果てた哀れな帽子。

「これ…おめえのか。ほれ」
無造作にこちらに放り投げると、
もう用は無いというばかりに再び雑誌に目を落とすおっさん。

「・・・・」
おお。あまりのことに思わず絶句してしまい、文句をつけるチャンスを逸してしまった。
ここは自由席。自由席だけど自由ってここまで自由であっていいものであったか?
それとも言い方が婉曲的過ぎたかな?
もっと直接的に帽子踏んづけてんじゃねーよって怒るべき?
違う、怒るべきは―

思考が途切れる。―そうか、戦いは既に終わっているのだ。
ここから更にギアを上げて怒れる人間で無い事は
当の私自身がよく知っていることだった。
せめてもの報復として帽子を派手にはたこうかと思ったけれど、
隣に眠っている見知らぬ兄ちゃんに悪い気もしたので、諦めバッグを引きずりおろす。
その際に、雑誌に軽く体が触れてしまい舌打ちされた気がするけど気のせい。
その瞬間の私の眩暈も気のせい。
そう、私が座れていたのもきっと気のせいなのだ―そんな自分への慰めを、
触らぬ神にたたりなしと言う格言と同時に思い浮かべながら、連結部へ移動することにした。

「そうだよ」
―優しい笑顔、うそのような優しさ。
「もうすぐ・・・」
―うそのように晴れ上がっている空。

「もうすぐ姉さんが生まれるんだ。」
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