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骨と肉はわかる。腱って覚えなあかんのかね

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絵のレベルを引き上げる必要が生じたので、
4月はレベル上げをしてます。
絵柄を考えたり、デッサンしたり。
ブログを立ち上げてからあえて避けてきた
いわゆる絵の正攻法の練習をしております。

昨日今日は筋肉について学びました。

この二日の成果。
所詮付け焼刃のため現在は何も見ずに描いたらこの程度。

ただ、服のしわと髪の毛の表現法を増やせばキャラ絵は大分形になりそうかなー。

まぁ見ててください。

三時間睡眠、寝起きでもしゃべれますこのとおり

職に貴賎があるか無いか。

結論から言ってしまえばある。

これはどういうことかというと、
あるのか無いのか論議が存在する時点で、
その両方の意見が既に存在しているということであり、
そういう意味で、現実問題として
そういう意見が世の中にあるという意味だ。

では実際問題どうなんだろう。

アプローチとしては、そもそも貴賎とは何か、
という所から入るのが解決にはもっともよい道だと思う。

が、取り合えず今は、そもそもどうしてそう感じるのか、
ということについて想像をめぐらせて見よう。

なぜ職に貴賎を感じるのか。
ひとつは教育だ。
教育とは狭い意味では学校教育をさすけど、
今の場合は生きていて学習する環境として言っている。
そう、周りの環境だ。

私が昔飼っていた犬の話をしよう。
犬におしっこうんこの綺麗汚いは無い。
勿論好きでもないので、好んでおしっこの上で寝転んだり、
ウンコの上で遊んだりはしないだろう。
しかし汚いという感覚も無いため、
喜んで我を忘れてはしゃぐと、下におしっこがあろうが
ウンコがあろうがお構いナシにふみちゃんこだ。

飼い主側としては汚いので困る。
私はどうしたか?
おしっことウンコを汚いと表情、仕草、声に出して言いながら処理をした。
するとどうなったかというと、
犬自身も嫌がるようになったのだ。
勿論私は学者先生では無いので、その嫌がるようになったのを、
犬がそう感じれるのか、それともご主人様が嫌がることを避けたいだけなのか、
そういった区別はわからない。
言える事はそういった区別は小さな問題で、
その感情の起源に差異は無いということだろうか。

人間の綺麗汚いという感情だって同じだ。
小さな子供に綺麗汚いは無い。
地べただろうがなんだろうがお構いなしなのは周知のことだろう。
親から、そして周りの反応等で学んでいく分野の感情なのだ。

言及するつもりは無かったけれど、話の流れ上貴賎そのものにたどり着いてしまった。
貴賎とは何か?
少なくとも私たち日本人にとっての貴賎は綺麗汚いだ。
言葉を変えるなら、汚らわしいか汚らわしくないか。

言及するつもりは無いのでこの言葉で取り合えずおこう。
置いておくとしてでは何故職に対して貴賎を感じるのか。
どうして上下を感じるのだろうか。
感じる場合それはなぜか。
職がアイデンティティを構成する上で重要な要素となっているからだ。
では働くって何だ。
何故人は働くのか、働かなくてはならないのか。
高度に細分化された現代社会では見えにくいかもしれないけれど、
その理由は生きるためだ。

人の行動で理解及ばずわからないときは他の動物を見てみると良い。

生きるとは?
私は最近それに対する一つの回答を得かけている。
がそれに関しては別の機会に譲るとして、
生きるために生き物はどうしてるか。
動物で考えよう。

生きるための環境づくりをしている。
あるものは巣をつくり、
またあるものは良い環境を探して移動を続ける。

生きるために食べている。
目に見える生命活動とは化学反応であると言ってしまえば
多分それまでだ。栄養を取ってエネルギーに変えてカスを排出する。

後は割愛するとして、人が働かなくてはならない理由はここだ。

よく聴く言葉で言うなら衣食住のためだ。

漂流記は色々あるが、文明社会から漂流してしまった際、
漂流者たちは何をするか?
ねぐらを確保し、飲み水を確保し、食べ物を確保する。

人間社会は発展しているため、ほぼすべての事柄が分担制となっている。
役割分担し、効率化をなし、それによりさらに発展していく。
そのため役割の中には衣食住に直接かかわらなそうな職はある。
いやむしろそっちのほうがはるかに多いだろう。
直接戦う戦士のみが兵士で、傷の手当や補給担当は兵士っぽくないけど、
どれも必要だし(多分戦争に詳しい人ならむしろ後者こそ重要だと語るんだろう)
皆兵士である。

人間社会における個の存在意義とはすなわち社会の歯車になることに相違ない。

さて、平等主義の教育を受ける現代っ子である我々は
その道徳観として何事にも貴賎を感じてはいけないと思うようになっている。

しかしだからと言って短絡的に働き方がアイデンティティに結びつく者を
そうでない側から否定することは容易くない。

直接上等の肉を狩りとって仲間たち良い思いをさせて、満足感を得、
仲間たちの感謝によって優越感を得る事はそんなに恥ずかしい事だろうか?

こういった動物的な自然な感情と日本文化にある特有の宗教観から
職の貴賎に対する感情は確実に存在しうるものであるといえる。

貴賎とは何かとの問いもまた、ここに帰結するだろう。
貴賎は優劣と同等視されがちだが、能力の差ではなく、
感情から来る差であるということだ。

感情である以上、それを人間が解決するのは非常に難しい。
何故ならば、人って言う程利口ではないからだ。

異なる感情同士の共存をはかれる術を持たないからだ。
いや、共に存在するだけならできるだろう。
どちらか、あるいは両方が我慢することで可能だ。
意見を変えるか我慢するか、
方法として我々ヒトはその二つしか所詮は持ちえていないのだ。

頭の良いインテリな方々は夢想する。
頭の良い方々は勿論平均より頭がいいため、
平均より多く考えることができる。
そのため夢想する。
人の英知に夢を見る。

現実世界の仕組み枠組みを仮にインテリが作ったとして、
しかしその中に生きる大多数はインテリではないのだ。
俗っぽいのだ。
中身が俗っぽければ当然入れ物だって俗っぽくなるものだ。

それが自然。
そう、自然。

だから俗っぽい=本能的(動物の本姓に近いほど人はそれを野蛮に感じる)
感情が存在するとして、
人は神経の瘤を発達させた動物である以上、
感情もまた、細胞が起こす現象であり
それの伝達連携を主として行なうモノが神経であるなら、
その反応は当然であり、
いやむしろ他の動物より強化しているがゆえに、
なおさら感情には抗いがたく、
そうであるがゆえに解決もまた難しいのである。


余談ではあるが、しばしば分けて語られることの多い
理性と感情であるが、どちらも同じもの、
いやもっと言ってしまえば理性もまた感情の一部に過ぎないと
私は思っているが、
そのことについては、生命起源に対する考察と合わせて、
またの機会に譲ることといたしましょう。

ヒリツ

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良い感じの絵柄を考えるのは中々めんどうそ
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