FC2ブログ

そして伝説へ…

954

自信は確信に変ることなく、疑心になりました。

さて、実際の絵のほうですが、
鳥の翼というヤツは、我々で言う、手が進化したものなので、
当然、右翼左翼の区別があります。

どう区別するかっていうと、翼は表と裏で形が違うので
(人間の手の区別と同じですね)
それで書き分ければよいのですが、
この絵は意図的に偏っています。

考えているお話のテーマに沿ってそうしてるのですが、
まだざっくりとしか考えていないので、
実際そうするかはまだわかりません。

翼 鳥

953

翼、だけでぐぐってもちょっとノイズが多かったので、
翼 鳥、でぐぐって適当なのをチョイスして描いて見ました。

こうして見て描いて見ると、
やはり純粋に描きなれてないことがわかりますね。

ただし客観的な私はそう判断するのですが、
お調子者の私はその声を無視して、
あれ、いけるんじゃね?と考えて再びキャラ絵に。

952

そんなバカなということで、
羽だけせっせと描いて見る。

うーん描けてる様な描けてない様な。

渋々ちゃんと資料を見て書いてみることに。

二枚羽の〇〇(仮)

951

ともかく綺麗さ重視は一応達成したので気を取り直して、
最近考えてる物を絵に描く。


有翼人と言うヤツはどうやら考えたほうが良い
ジャンルの一つの気がしたので、
ちょっと考えてます。

と思ったけど、
あれ…?何か翼ごちゃごちゃってない?
おかしい、荒っぽいだけじゃない気がする。
羽、かけないんちゃうん?
ばんなそかな。

950

間が空いたら毎度のこととはいえ、
ラフの出来がひどいので、綺麗さ重視で描く。
動きがなければ楽なのは当たり前なのかも

宇宙の真理

私は狂った厨二なので、
宇宙の真理について思いをはせない日は無いといっても
過言じゃない。

ウルモアたっぷりの湯に首まで使って
(半身浴なんてくそっくらえ)
マンガの設定について考えていたら、
ふと濁った水面に文様が見えた。
その形は私に宇宙の真理を垣間見せ、
この湯船は今宇宙の真理の中にあると直観力が語りかけます。
見る見る引き込まれた私はそのまま
静かな圧迫感と仄暗い水の底へと意識が吸い込まれ、
私はやがてのぼせましたとさ。

しかし面白い文に感心し、
そうじゃない文で絶望する。
そんなただ一喜一憂を繰り返しててもつまらないので、
どこに理由があるのか少し考えてみた。

私は多くの人と同じようにアンフェアなことが嫌いだ。
文章においてアンフェアってなんだろう?

うーん例えば例として、昨年の初夏くらいに一度会話に上った、
枝野さんが言ったのかな?
低レベル放射線について、ある特定の数値のものについて、
「直ちに健康被害は出ない」
みたいなお話だったはず。

この文、ただちにってのは、すぐに、あるいは短期間のうちに
つまり今日明日、一年後二年後とかですぐにえらいことにはなりませんよーって
意味の文章だ。

ではこの言葉についてうがった見方をすると言うのはどういうことか。
それは簡単で、ただちじゃなければ?となる。
中長期的にみてどないやねん、ってこと。

何の知識がなくても、
その答えはそんなに複雑じゃなくて、

①長期的には不健康になるおそれあり。
②長期的にはちょっとよくわからない
③言葉のあやだよ、長期的に見ても大丈夫だ、問題ない

①において恐れがちょっとあるのかかなりあるのかで分かれるけれど、
大体この程度でしょう。
④長期的にみて梅ゴマフリカケが流行する
みたいな突拍子もないことは答えになりませんからね。

つまり、今は危なくない。
では将来は?という問に対して、

ダメ、OK、わからんの三通りしかないのは当然なわけです。

で、うっかりさんが、可能性を見落として、
すぐには?じゃあ将来はあかんのか(`へ´#)
って感じにお怒りになるのはこれはしょうがない。
もし世の中にうっかりさんがいないなら、学校のテストとかで
差はでない。

声を大にしてしゃべっている十分賢いはずの人たちも
このような論法をすることがある。

「政府は欺瞞を働いている。
直には被害はない。
じゃあ将来はどうなのか?
何故そんな言い方をするのか?
それは科学的に根拠がないからである。
科学的に長期的についての明白な答えがないのだ。
ほにゃらら」

科学的根拠についてまでは割とほんとのところのようでして、
直ちには被害がないというのも中々科学的根拠を基にしていて、
今の世の中で適当な人間を沢山集めて、
色んなレベルの放射線を色んな期間浴びせ続けたり、
長期間の経過を観察したりするのは勿論ごちゃな話でして、
事故とか条件がアヤフヤなものを頼らざるを得ないジャンルなので、
中々こうだ!とはいかないようです。

そして政府が欺瞞を働いているってのも勿論そりゃあそうでしょうね。
そういう機関なのですから。

ホントを混ぜつつ、誘導するのがお話し上手の頭のいい人たちの手口のようで、
例えばほにゃららについて、
多分意図的に、他の可能性に言及せずに、
あえて危険性だけを声高らかに発するのです。

これってアンフェアですよね。
色んな場合が存在するのに意図的に言わないってのはアンフェア。
自分はこういうことが言いたいから、
そういうことが起こる条件のパーツだけ切り取って引用する。
だってこういうことが言いたいんだからあたりまえじゃん?
って感じなんでしょうか。

効果あるんでしょうか、あるんでしょうね、あるからやるんでしょうから。
私は多分ひねくれてるので、
例え自分と意見が違ってても大変説得力があって感心する意見があっても、
こういうアンフェアな部分があると一気にがっかりしちゃいますね。

うーむ、わかったからといってどうしょうもなさそうな気がする。
こういった類の意図するしないに関わらないアンフェアって
結構多いですもんね。

絶望した。

最近人の書いた意見を読むのが辛い。
それは、自分と意見が違うからってわけではなく、
読んでて感心する事より、
絶望先生よろしく、絶望する事がおおいからだ。

物事を測る上で、年齢などは絶対的なステータスでない
ことは当然だと思ってるけど、
同年代、二十代後半の文を読んでは、
書き物のプロの物書きでこの底の浅さ、
プロでない自分なら尚更酷かろうと絶望し、
年上のを見ては、年齢を経てもこの程度のものなのかと
絶望する。
とても、いつまでたっても人間のびしろあるんだね
ヒャッホウとは思えようも
ない。
伸びたって程度が知れてては虚しいのも、
当然じゃあありませんかね。

くそ、公共に考えたれながすのに、
生の感情むき出しでいいのかよぉ。
こんなん、賛同もまた感情にすぎないじゃん。
個々が感情で動くのは当たり前やけど
集団が感情で動いたらどれだけ怖いかってのは
誰だって知ってるだろうに…

あー絶望した。

昨日の夜から予期せぬ能力の拡張に苛まれている。

元々私の頭は少し壊れていて、暴走すること(予期せぬ行い)
は珍しいことではなかったけれど、
そういうのは大抵若いころで、
年を食うにつれて、大体想定内の働きしかしないやつだったのだ。



具体的にどの辺の働きかって言うと、
脳内における映像関連のお話だ。

『写真のように記憶している』
「必要なときはそれを読むだけ」

私などはもっぱら音声で記憶してる口だし、
私の人生でこういうスキルについて自己申告なさる方が、
人並みあるいはそれ以下の記憶力である私と比較して、
そんなに優れたポテンシャルを持っているとは思えない感じばかりだったので、
残念ながらいまだ半信半疑ではありますが、
世の中の半分以上の人は私よりずっと覚えがよいだろうし、
中には多分頭の中にコピーするくらい詳しく焼き付けられる人もいるんでしょう。
ただ想像に難くないのは、その能力も進むほどに、一般人とかけ離れていったり、
あるいは何かが欠けてしまうという可能性でしょうか。

少々話しがそれました。
別に私が映像記憶に目覚めたという話ではないのです。
その辺の能力に関して私の中でのカテゴライズは
速読とかその辺の類の引き出しにしまわれております。
そりゃあ、写真のように頭の中に焼き付けてそれを正確に出力できるんなら、
絵を描くのなんかお茶の子さいさいだろうし、
本だってすごい速さで読めたら、
私の人生はそれだけ余裕ができちゃうしね。
でも少なくとも自分にはそういう特殊な力はなさそうだし、
そういうスキルをお持ち(と思って読んでみたらお持ちというより
それについて解説してるだけで、別に筆者についての能力に言及されている
本はありませんでしたね、そこがまたなんともはや)
の本についていくつか読んでみましたが、
なんていうか、そう、今ならいい言葉を覚えましたので正確に表現できますが、
とてもスピリチュアルなんです。

ここで言及しておきますが、私は本当の意味(?)でのスピリチュアルな
事柄について嫌いではないですし寧ろ好ましく思っているほうであります。
この世界はあまりに広大すぎて、高々百年生きられない人間が
そのすべてを解釈に収めるというのは確かにおこがましい。
だから理屈でわかりかねる部分はただ感じれば良いと思います。

ところが、人はやっぱり理解したがる生き物のようでして、
私が目にする広まろうとするスピリチュアルは
説明がついてるんです。
スピリチュアルだけど科学、みたいな。
個人的に理科は好きなので、本当の意味でのスピリチュアル科学とかあるんなら
大変結構なんですが、
残念ながらどうもスピリチュアルを科学してるんじゃあなくて、
既存の科学の貼り絵なんですね。
元の形を知ってると、あれ?何でそうなるのかな、って思ってしまいますが、
確かにもとの紙を知らなければ、その貼り絵こそが元の紙となるわけですか。


また話がそれている気がしますね。

何でしたっけ、私の頭が少し壊れている話だったかな。
私の記憶力には致命的な欠陥がいくつかあって、
まずひとつは意味記憶しかまともに働いてない事でしょう。
意味があれば覚えられるんだけど、意味のないものが入ってこない。
これはどういうことかといいますと、例えば英単語が覚えられないわけです。
Congratulation,祝福する、なーんてあの日めくりカレンダーの
出来損ない見たいなリングに収まってる暗記装置の一枚があるとして。
コングラッチュレーションは祝福するって意味がちゃんとあるじゃないかと
言われますと真そのとおりでございますが、
日本語しか知らない時点の私にとって英語の世界は知らないわけですから、
コングラッチュレーションが祝福する意味は持たないわけです。
というより、そもそも言葉って意味なんて持たないんですよね。
おめでとう~って言葉がおめでとうである必要がないのは、
英語では言い方が違うのを見ればわかるとおりであります。
それと同じことが例えば人の名前などでもあげられるでしょう。
例えば、まさお君が目の前に居るとして、確かにその人はまさお君本人でありますが、
名前がまさお君である意味、必然というのはないのであります。
必然があるならそもそもニックネームとかで呼ばないしね。
だから私は人の名前を覚えるのがあまり得意ではないし、
これに関しては私だけではないようだし多分理由もこの辺のところからくるんでしょう。

故障しているところはまだまだありますが、記憶関連といたしましては、
時系列がダメということがあります。
Whenに弱いのです。
弱い側から言わせて頂ければ、どうして皆あんなにいつどうこうしたって
覚えられるんでしょうね?
私にとっちゃあアボリジニーな気分っすよ。
1、2、3、たくさんみたいな。
未来に関しての記憶はないし、今は確かに厳然とした今だ。
でも昨日は?一昨日は?半年前は?
曖昧なんですよ。
確かに覚えてる、どこで何してたか鮮明に、でもこれっていつのシーンだ?
って感じ。
だから時々一年前の会話の続きとかが口から漏れ出てしまう事がありますが、
人間の会話って便利なもので、
世の中には聞き流すという手法がございまして、
話が飛んでも通じる人は通じるので遠慮なく言えるし、
通じない人は大抵カチムシしはるのでこれまた遠慮があまり要らない。

どちらにせよ、私が言いたいことは私は自分の頭の中の映像関連や
記憶関連について私を信頼していないということなのであります。
致命的に足りてなくて困るとか、
戦力的にあまりに不足しているとかがなく、
現有でやりくりできるので特に悲観もしておりませんが、
変化が見られているのもこの辺のことってようやく冒頭の問題。

異様に頭の中で勝手に映像が再生されるのです。
何がされてるかっていうと筋肉です。
よーしマッスルマスターになっちゃうぞー
(絵ですよ絵、自分がマッチョになるわけじゃあありません)
なんて昨日一昨日くらいに
思いまして、少々解剖図なんかを紐解いてみてたわけなのです。
勿論自分の記憶力に何の期待もしておらず、
そう、私は自分の記憶力に何の期待もしてないので、
何かを覚えないといけないときは、体育会系でやってるのです。
つまりごり押し、物量作戦、体で覚える。
そしてそういうのは時間経過が必要なので、
十分に時間がない場合はそれに合わせて考えるのは当然でして、
今回の場合も、まぁ細かく覚えなくても大体でよかろ。
今現在自分の理想とするマッスルマスターを100とすれば
現状は30~40。大体今の倍程度まで理解が及べば
十分使用に耐えうるだろうし、それは大体でも十分到達可能に思えたわけでして。

ところが睡眠不足でバタンキューとベッドで死んでると、
何の気まぐれか勝手に脳みそが昼間の映像を流し始めたのです。
おかげで覚える気がさらさらなかった細かい筋肉まで
そりゃあもう入念にグリグリ回転させながら入念に見せられたおかげで、
覚えてしまい、なおかつ実際の人間と照らし合わせるために、
色んな人の前腕とかふくらはぎやらが再生されて、
それも中学時代からとか三年前くらいからとか
適当にピックアップされてて、こういうとき時系列がいい加減なのが
いいのか悪いのかわからないものだと思いながら渋々観察してたわけです。

意識が幻想に過ぎない以上、今の私にとって
脳の予期せぬ暴走などもはや取るに足らないものではありますが、
仮に目覚めたのだとしたら、その幸運を生かさない手はないでしょうが、
ただの気まぐれかもしれないので
(私が自己認識している私は十分気まぐれであるので、
認識していない私が気まぐれでもそれは驚くに値しない)
あまり期待はせずにしばらく様子を伺いたいと思います。

946

寝不足のはずなのにやたら日中元気が持つので、
ご機嫌だったけど、夜まで持たないのだった。

帯電質なほうだ。
人と接触してバチリとやって「痛ぁ」などと
恨みがましい眼をされるのも割と日常。

電気については、高校でオームなにがしとかで、
余裕で嫌になった口なのでよくしらないけど、
流れるのは電気的高低差があるからだったはず。

その理屈でいくなら、ドアノブとか人などで
バチバチなるのはわからないでもありません。
しかし、イヤホンでなるのは納得いかないなぁ。
歩いてて不意に耳たぶにあれをやられるのは、
アンフェアだと思う。

人生の損

ほにゃららが出来なくて人生損してる。

例えば、
酒が飲めない?そりゃ人生の半分損しとるよ。

そう言われても、あまりそうだなぁ、言いたい事はわかるけどなぁ
と微妙な反応しかなかったりするのも当然だ。

何故ならばその人がお酒で楽しんでいる間、
別に電源オフになっているわけではないからだ。


945

色の置き方にはもう少し考慮が必要そう。

イメージ的にはキャラの大きさくらいの筆で
ぶちょっとざっと塗りたいんやけどねぇ。

保守的に細いので塗って見てるけどどうしようかな。

944

線画終わり。

描いてみてわかったけれど、集合写真的じゃあ
身長比較には向かないことがわかりました。
足そろえないといけません。
描いてて途中で気づきました。

次回以降への反省点としましょう。

今回は仕様がないので、皆さんには丈の低い靴を履いてもらうことで、
お茶を濁すことに。
後せっかくなので中央の方はけしからん格好をしてもらうことにしました。

どのキャラも実在の人物がモデルとなっているため、
キャラが確立しており、そういう意味で非常に描きやすいですね。
描きながら考えるのと、
確立したものを描くのとはやはり違うようです。

943

やっぱり絵をがーって描いてると、
ご飯とか風呂とかトイレとか全部面倒くさくなってしまいます。

そういうダメ人間なので、
日々規則正しく生きているのであります。

規則正しく生きてかつ、絵をもっと進めるためには、
最初から清書で描けるようにならんといかんわけです。
どうせラフが雑なおかげで、清書の段階でいじりまくるので、
だったら最初からちゃあんと描けば手間も省けようものじゃないでしょうか。

お説ごもっともなきはするので、気をつけたいと思ふ。

942

頭を先に描いてしまったので、
順々に服を考えながら体を付け足していってます。

近いうちにこの作業段階でも顔と同程度には迷い線をなくしたいですね。

取り合えずそのレベルに達してないのは致し方ないので、
一通り体を付け足し終えたら、
その後清書して線描きは完了といったところでしょう。

941


来るべき日に備えて、身長設定を考慮してキャラの集合絵を描いてみます。

例によってまたまたツルツルペンタブの感覚を忘れてたり、
二年前に構築したキャラ達をすっかり忘れてしまってたりで、
まずテンションを高めるために顔から描いていってます。

こうすることによって、キャラの性格が自分の中に現れ始めたり、
何だよ描けんじゃねーか~って感じで自分で自分を鼓舞します。

元気を高めないと、服装を考えながら描くという平行作業が
困難なものになることでしょう。

しかし名前のアルファベット順に端からキャラに沿って描いただけなのに、
なぜか真ん中の人が挑戦的にセンター張ってる感じですね。
そのような意図はないはずなんですが、
これが世に言うキャラが勝手に動…いえつまらないことを言うのは
よしておきましょう。

私はよく道を訊ねられる。
がしかし、本音の所は雨などと同じで、
単なる勘違いあるいは確率の偏り、
いやいや知らないだけで、他の人も
同じように、日々訊ねられてるのかもと
そう思うておりました。

でも実はやっぱりその星のもとに生まれたのかもと
思い返す出来事が本日ひとつ。

ひたすら走っておりました。
仕方ないのだ、時間がないことと挨拶は別問題。
守衛さんに、内心のあせりを見せず
新年の挨拶をしてみせるのだって、
社会人のたしなみってもんだろう。

そう独り言を思い浮かべても、
電車はきいちゃくれない。
誰だって冬の装いで
駆けたくないにきまっている。
そう愚痴って見たところで、
電車はまっちゃくれないのだ。

そう、だから私は走っていた。

風が冷たい。
そんなときはいつだって、小学生の頃の、
冬の朝の長距離走を思い出す。
気管支が痛い。

陸橋の真ん中に差し掛かった頃、
ふと視界の端、位置で言えば陸橋のゴール付近に、
手を降るおじさん一人。
まさか、マラソンランナーと勘違いはされまい。
はて知り合いにあんなシルエットの人がいたか知らん?

仕方なく足を止め、イヤホンをとり、
言葉に耳を傾けてみると、
はてさて道を尋ねられているのでした。
人通りがない場所でもないのにも関わらず、
敢えて走る私に賭けるのだから、
よほど分がよく思えたのだろうか。

大体地図を覚えず、
空のないところでは方向を見失い、
固有名詞を適当でしか覚えない、
そんな私にベットするのは、
分が悪すぎると言わざるを得ない。
もっとも、偶々知ってる場所だったので、
彼は賭けには勝ったわけで、結果論的には
問題なし、なんでしょうかねえ。

ともかく、
やはり道を尋ねられやすい人間である可能性が
高まった、そんな元日でございましたとさ。
カレンダー
12 | 2012/01 | 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
プロフィール

でき

Author:でき
----------------------
マンガ準備中な社会人
----------------------

----------------------

カテゴリー
月別アーカイブ
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

漫画用アルバム一覧
最近の記事
最近のコメント
過去絵抜粋
リンク
ブログ内検索
フリーエリア
にほんブログ村 イラストブログへ
にほんブログ村 漫画ブログへ