FC2ブログ

かんがえる

1340

掃除、
掃除は時に人を哲学的な思考へと誘う。

汚れる。掃除する。汚れる。掃除する。
死ぬ、生きる、死ぬ、生きる。

目薬

1339

絵を描いたり、描きながらキャラを考えるときは、
色んなことを考えながら描いてるのですが、
そうしたイメージのワンシーンを切り取って
漫画にしてみるとこんな感じ。


漫画にせよ、小説にせよ、
とにかく私が創作をする上で念頭に置いているのが、
『引き算』です。
しばしば長文化する傾向にある私のブログ記事からも見て取れますが、
基本的に私の発想は足し算で、一つの饅頭がポコポコ分裂して、
倍々ゲーム。
放っておくとくもの糸はぷつりと切れてしまいます。
勿論中には辞典みたいな物量が売りになる場合もありますが、
基本的には決められた枠に収めなければならないものなのです。
とり合えず右も左もわからない今は、
まず引いてみて、そして見返してという繰り返しでやってます。
とり合えず思いつくさま勢いで描いた今回の絵を見返すと、
2コマ目と4コマ目の後ろに一拍のイメージがあるのですが、
それを表現する為に、コマを増やすのか、絵を変えるのか、
コマの形でやるのか色んなやりようがきっとあって、
多分それが漫画の技術の一つなんだという想像がつきます。

人のネームとか見ると何かいかにも手だれといった感じで、
その慣れに嫉妬の念が無いでもないですが、
一枚絵だってこうして千枚も描けばある程度上達はするのだから、
漫画もそうだろうという楽観でとり合えず
数をこなしていくます。


私は乾燥肌でありますが、
目もそうであるのか、よく乾く。
そのため目薬は割と多用している。
今現在手持ちにあるのが、以前紹介した、
涙腺を通って喉まで貫通してくる自己主張の強い目薬と、
「目に合わないので使うならあげますよ~」
つーので
「いらんなら貰う」と貰った目薬の二つ。
もらい物の目薬、指すと視界がしばらくぼやけるので
要らないということで貰ったのだが、
確かにしばらくぼやける。
保湿成分なのか知らないけれど少なくとも運転中ちょっと刺したら
割と危険なレベル。
目薬なんてすーっとするあのメンソレータムなやつとか
ドローリとかそんなの要らなくて、
特にひんやりもせず無難なもので良いのですが、
どうも恵まれません。

---返信-------
ちょっと私信(基本的に我がブログの大体の中身は個人的ですが)。
アクション云々なお話で、
情けないお話ですが、漫画製作同様いろんなことに疎いので、
ガンガン行きたいのは山々ではあるのですが、
特に視界が開けないため、
だらりだらりと腕を磨いているという感じなのであります。
そして二重に情けないのですが、
そうしたくすぶりが目に見えないフラストレーションとなって、
尚、くすぶりを生んでいるようなこのもどかしさは
見ておられる人が感じるのと同様私も感じてたりするのです。

GARYU

1338

基本的に任せられる事は人に任せたいという、
何でも自分でやらないと気がすまないタイプとは
少し違う位置にいるわたくしでござますが、
それはやり方においても同じで、
出来うるなら先達の足跡を辿れるところは辿りたいと
思っております。

では、こうしたタイプが従順な人柄であるかと
言うと必ずしもそうではなく、
少なくとも私の上記例を取るに、
人にやってもらえる領域以外は、
やはり自分の主張というのが出て参ります。

余談はこれくらいにして、
今回のpictureは私の4コマの製作模様。
本当に4コマのいろはを知らないので、
作り方も完全に自己流で取り敢えずやってますの図。
正確には4コマで構成されると言うことは
薄々に知っておりますので、いろはのい位は
知っているといえるのやもしれませぬが、
必要があれば3コマであったり、5コマであっても
構わないと考えている以上、
やはり何もわかっちゃいないとするべきでしょう。

写真の解像度はサイズ問題だけではなく、
荒れた字を見られたくないという心の現れでしょう。
基本的に私の考えは、字も絵も同じものであると
言うものですので、絵心のある人は
きれいな字をかく傾向にあると思ってます。
普段の私の省略文字は味があって悪くないと言うのが
自己評価ですが(あくまで味の話で見映え等は考慮されない)
特にこうした自分の意見をoutputする際は、
まるで鮮度が命というべきか、
はたまた急がねば消えてしまうという強迫観念にとらわれているのか、
とにかくも、荒いのです、字が。

荒れたものを衆目にさらすのは忍びないですよね。

せってー

1337

今の電子メール全盛時代では考えられないことなのかもしれないけれど、
少なくとも二十年前程度までの生活環境では、
活字に慣れている人間と慣れてない人間がはっきりと分かれて存在していました。

最も、今の誰もが文字でやり取りを頻繁にするような時代においても
(ただしメールより電話のほうが
手っ取りばやいと考える人間は少なからずいる)
漫画の文字を読むのもしんどいという言葉を
私よりずっと若い者が言うこともあるので、
実際は今も昔も変わらないのかもしれないのですが、
それは捨て置きましょう。

私は本に囲まれて育った為に、活字に慣れている側の人間なのですが、
その所為か、はたまた生まれつきの想像力の欠如なのかは知りませんが、
小説とかを読んでいて、映像が浮かぶことは殆どありません。
例えば「キムタク似のイケメン」という言葉が文中に書かれているときに、
頭の中に浮かぶのはキムタクの映像ではなく、
「キムタク似のイケメン」という文章です。

自分の創作の場合、登場人物を羅列する場合、
ざっと文章で書きだしておりますが、
上記の私の性質上、文の設定はあくまで文でありまして、
たとえ頭の中にイメージがあったとしても、
具体化してるのは文サイドの私だけですので、
イメージサイドの私はこのとき具体的に考えていないのであります。

そのため、自分の中ではっきりと二度手間なのですが、
再度文サイドの私の設定を元にイメージサイドの私で
具体化するということをせねばなりません。

さて、ようやく本題というか今回の絵の趣旨に入るわけですが、
絵で描いたものはそれで完結しておりまして、
こういう風な細かい設定を文で書き込むことはありません。
わざわざ文で描かなくても絵に描いてるというのが
イメージサイドの私の意見なのでしょう。
確かに人の名前は覚えにくく、
人の顔は忘れないと言う
ごくごく平凡な私の記憶の性質と照らし合わせてみても、
納得が行く気はします。

最も、どちらでもない中立の私から言わせて貰えば、
どうせ読み返さないメモ魔であることには変わらないのだから
書こうが書くまいが、わかるならどっちゃでも良いと思うのですが、
キャラクターとかの設定資料とか何かその存在がかっこいいし、
何より他人が描いたのを見るのは好きなので
出来れば描いていきたいものです。

怠惰とタイヤード

1336

例えば適当につけた呼び名だとしても、
それがハマってしまえば、
その呪縛から逃れることは非常に厳しい。

そんなわけで名前を考えるのは苦手ではないのだけれど、
仮名がはまり過ぎてていい感じの正式名称が浮かばない。

困った困った。

ノック式消しゴム

1334

角ケシ、なんて物があるくらい場合によっては細かいところを
ピンポイントで消したいのに、
四隅があるのは最初だけ、というのが消しゴムというものです。
角ケシは人によっては良いのかも知れませんが、
私の周囲の使用感はあまり芳しいものではありませんでしたので、
私自身は使ったことはありません。

たまに文具屋巡りをするのは楽しいものですが、
新商品っぽいノック式消しゴムがおいてあったので思わず購入してしまいました。
この形状そのものは昔からあるもので、
真新しさ以上のものはなくって、友達が使ってるのを見て
さわらせてーで満足してしまう程度の一品に過ぎないものでした。
時を経て登場したノック式は極力ピンポイントで消すニーズを満たす為に
作られているくさく、形状そのものが細い。
どれくらい細いかというと、持つところすら細いシャーペンより細い。
これだけ細いものを作るのだから、
多分使用に耐えうるだけの耐久性を備えているのだろうという期待の元
使ってみてますが、今のところボロリと折れることも無く、
ペンの持ち方で消せる普通の消しゴム、って感じですな。

フラクタルフラストレィション

1333

いわゆる”感覚”の分野を理屈で、言い換えれば”数値化”して
考えるのはとても大変なことだ。
例えば一言に何が面白いのかについて考えるといっても、
人それぞれ面白いと感じるツボが違うというのは
明瞭であるけれども、
実際問題それがどうして生じているかを語ることは難しい。
逆を言えば、語れるようになれば、
SFにでてくるように感情を持った”人工知能”が作れるということになる。
逆説的なお話だけれど、未だそれを私たちの科学力では成しえない事であるので
やっぱり大変難しい問題だということなのです。

普段漠然と考えていることも、
とても高性能な何億、何十億と生命のリレーで培ってきた
脳というなの高性能なコンピューターが
実に複雑怪奇に計算しているので、
そういう意味で人の感情の奥はとても深いものだと感じるのでしょう。

基本的にそうした
(高性能な計算に任せる)=(考えるのではなく感じる)
行動が合理的であるのだけれど、
感じることには限度があるので、
天性のものや培ったものが足りなくなった場合は、
考えることによって補うのはとても人間らしい行動だと思うのです。

実を言うと私はこうした(考えること)というのを
あまりやらない性質でありますので、
絵の練習ブログと銘打ったこの場を利用して、
意識的に理屈をこねているのであります。

普段の会話を通じて人が何を面白いと感じるか、
自分と違うツボについて気づくことは面白いことだ。
自分では何気ないことでも、人が面白いと思う部分であるので、
引き出しに新しい物をしまうことができるのだから。

それと平行して、やはり”面白い”の根源へと続く思考の旅も面白い。
例えば私の面白いの起源へと目をやってみると、
一つ出てくるのは”いないいないばあ”だ。

疑問に思うことで、ぱっと思いつくことは、
”ものまね””パロディ”をどうして面白いと感じるか、かな。
便器に座ってお尻の感覚が定かでなくなるか、
シャワーをかぶり続けてガス水道のメーターをガンガン回すかすれば、
自分の答えを見つけられる予感はあるのですが。。



色々あったのだけれど、最後のトリガーは
日曜の日付が変わるまでに絵が出来上がるつもりで描いてたのに、
ペンタブがバグったおかげで間に合わなくなったことで、
語るカタルシスを敢行。
それゆえの長文。

塗りつぶす

1331

最近キャラ開拓というよりはキャラ補強に努めておりましたので
たまには拡張工事を施してみました。

最近の絵は全て下書きで、その下書き用のペンがほぼ均一な線だったので
若干往生してはいたのですが、均一な線から得られるものもあるだろうと
それ以上気にすることをやめてせっせこ描いてたのですが、
今回は若干変えてみました。
といってもあくまでデフォルト設定の範疇ではあるのですが、
若干線に強弱が出る感じで悪くはなさそうです。

そして下書き段階であるということで意図的に陰影とかも線を使ってますが、
そろそろ積極的に黒ベタ=塗りつぶしを使ってこうかとも思います。
下書き、ペン入れ段階に関わらずに。
元々志向的にはそちらのほうが好みですので、
あえて寄り道をしている感じです。

more...

zzz

1330

サブで使ってたパソコンモニターが、朝起きたら壊れてた。
おかげで領域設定とかが狂ってしまってソフトとか初期化したので、
細かい設定とかまたちょっといじらないとダメくさい。
ブログ用の絵の出力は前とあまり変わらない感じになったかしらん。

超特急したんに・・・

1329

たまには全く重要でない私事などを語ろう。

髪の毛を切ったら帽子がそのままかぶれなくなった。
特にキャスケットが大いなるダメージをこうむって、
服装から変えないと普通には装備できそうにない。

本当に寒い。
切った髪の分だけ寒い。
風に直接当たる皮膚の部分が取れてしまいそうなくらい冷たい風。

運動不足が深刻だ。
文字通りペンより重いものがもてない。
いずれ面白おかしく語るつもりではあるけれど、
ふた周りは上のおばちゃんに笑われた。
カモシカの脚ではなく小鹿ちゃんな脚だ。
一日街を歩くと小指の爪が変形した。
エトセトラエトセトラ。

今日のBGMはアメリカのカントリーミュージック。
結構好き。何時間でも聞いていられる。

Hima

1328

圧倒的な存在感、生々しく艶かしい茎。
威圧感さえ覚える花、花、花。
種の密集する様は嫌悪感につながり、
枯れる様はそれが死体であるという説得力がある。
そして種を取る快感はプチプチと同じ魔性がある。

ヒマワリは、遠くにありて おもうもの

自身の墓に花を添える

1327

今日は久々に映画を見る為に時間を使いました。

見た映画は『ダークナイトライジング』でございます。
バットマンはこの三部作しか知らないのだけれど、
大変面白かった。
バイオハザードシリーズのように毎回投げっ放しローリングなラストで
ドキドキバトンタッチシリーズもとても見ごたえあって面白いし、
この三部作のように、昔からある作品をリスペクトしつつ
三つで〆るという流れも面白い。

映画は割りと吹き替え版で見るほうだ。
ダークナイトのバットマンの吹き替えの声が好きだというのもあるけれど、
英語のヒアリング能力は中学生レベルな私は瞬間字幕に視点が行くだけ
画面本来の絵を見逃しそうでやはり日本語が安心です。

ダークナイトはただただジョーカーのパワーと映像美に見せられましたが、
今回は集大成という名目があるのか、作り手側の見せ方に気をとられました。
すごかったですねぇ。

1326

今日の絵ブログ巡回では裸体が散見されたので、
ならってグシャグシャと裸体を描いてみた。
暗黙の了解で芸術では裸体は何も悪くないことになってるようなので、
局部とかも詳細に描いて良いのだろうけれど、
同じくらい詳細に描く意味もなかったので雑なままおしまい。

1324

再三言ってる気もしますが、我が記憶には若干の欠点があって、

いつ、どこで、だれが云々な所謂5W1Hの中で、何時に弱い。
昨日の記憶と、三ヶ月前の記憶と一年前の記憶の区別が大きくない。
だから文字通り昨日のことのように感じますのが
昨年の冬に入る頃だったか、11年はかなり絵を描く頻度が減っており、
12年は増やせるであろうと言うことを去年の私が言いました。
ちょいとブログをさらってみると10月ごろに言ってました。
厳密な予定などあってないが如しな人間性ではありますが、
一応その予定は達成されておりますのでせっかくですから数字で確認してみます。

基本的に私はブログにアップする際に、マイピクチャフォルダに
年別にフォルダ分けをしておりますのでフォルダ数を見れば
大体のブログに乗っけた絵の数が分かるという寸法です。

最もこうした集計は今回が初めてというわけではなかったはずですが、
さて、実際のざっくりとした数字はと言いますと、
06年は140枚、07年280枚、08年345枚、09年100枚、10年70枚、11年50枚
ときて、12年は11月までで370枚程度となっており、
数字上でも予定通りというのが見て取れるといいますが、
一応過去をとってみても、一番描いていると言えますね。

絵ブログカテゴリに参画してからは、基本的に文字だけの更新はさけるとか、
そういった宣言してない自分ルールなどをある程度決めてやっておりますが、
中身の人間が好い加減でありますので、
少しは縛りを増やしたほうが良いのやも知れません。
年初めに宣言するのも芸がないし、
年終わりになんかしてみるか。

どうしようかな、師走ですね。
ブログをざっと見回しますと、時事ネタも多く含まれてますので
年末だと言う空気が漂ってまいりますね、慌しい空気の年末ってヤツは好きですよ。

何でもいいんだけど、、
よーし師走なので更新頻度を増やそうと思います。
クヲリティとクヲンティティの問題には目をつぶる可能性は大いにありますが。。

デフォルメ

1323

デフォルメされたもので印象深いものは?と聞かれてぱっと思いつくのは、
アクビちゃん、ティル、ドキンちゃんの三つ。
前回の絵がスピード重視下書きでありましたので、
今回は超絶丁寧下書き版でお送りいたします。

アクビちゃんは多分ハクション大魔王ってアニメのキャラ。
恐らくはハクション大魔王の妹か娘という設定でしょう。
あのアニメ自体は見たことないので分からないのが残念。
記事書きだして気づいたけどアクビちゃんのイヤリング描くの忘れてるw

ティルというのは、昔、NHKの天才テレビくんって番組の中で
アニメ枠があって、恐竜惑星、いや違ったな、
ジーンダイバーってアニメの登場キャラクター。
昔々でなおかつ子ども用娯楽番組のアニメでありますので、
全体的な絵柄はとても古臭いものですが、
このティルの出来栄えは今見てみても実にすばらしい(偉そう)。

ドキンちゃんは言わずもがなですね、個人的に好きなのが大きいですが、
クリーチャーぞろいのアンパンマンの良心だと思ってます。
クリーチャーと酷い言葉を使う私も
幼少からのアンパンマン刷り込み教育が済んでおりますゆえ、
本音のところはクリーチャーと感じることなく、
普通に違和感なく見ることができます。

この三つをぱっと思いついてざっと描いてみましたが、
それでは芸がないので少し紙から目を離して俯瞰してみましょう。
三つの共通点は『げっ歯目』的であることでしょうか。
ティルなどはモロげっ歯目が進化した設定のキャラなはずですが、
それはともかくも人間が可愛いと感じるポイントはあるわけで、
こうしたデフォルメも意図されるされない関わらず
含有されうるものなのかもしれませんね。


デフォルメ、と続いたので空きスペースを使って適当な絵で埋めました。
何度か口にしたりしておりますのが、イラストでの目の描き方。
実際の顔を観察した場合、下瞼は上瞼程線が見えるとは言いがたいので、
下瞼を描かない絵柄は実に当を得ていると思ってます。
私は個人的な趣味で下瞼は線で表現することが多いです。
後、下瞼を描かない絵柄の若干の弱点を考えてみるならば、
線画とカラー絵のギャップでしょうか。
描いてる側は勿論意図して略しているため、
色を塗る際は白色と肌色の境界線をちゃんと描写します。
ところが見る人は普段線画のみを見慣れている場合、
急に境界線ができて違和感を覚える可能性があります。
…ただの慣れの問題なので何の弱点にもなりそうにないですね。

鼻ノの字描写。
最近は点で描写されることが多いと思います鼻。
ほんの数年前まではしっかり描く勢力が割かし多かった気がしますが、
その勢力からの発現の一つに、鼻をノで表現するのは理解できない。
出っ張ってる鼻をへっこんで描くなどということはナンセンスだ、
とこういった意見でありましたが、
当時鼻をある程度描くほうが好き派だった私も
これは残念ながら的外れであると言わざるを得ない意見でした。
つい先だって申し上げたと思いますが、
実際の世界に線はなく、線を決めるのは描く人でありますので、
どこを線にするかによって形は変わります。
鼻の隆起にそって線を入れれば当然凸になるし、
鼻の陰影を線で表現すれば凹となるわけです。

リアル調は多分メリットデメリットがはっきりしていると思います。
ぱっと思いつくものをそれぞれ二つずつあげるなら、
メリットの一つは
実際に近いため、デフォルメの手順を省けるということ。
二つ目はどうやら基本的に漫画系の絵を見る人は
デフォルメ←→リアルの天秤が合った場合、リアルよりであるほどに
上手であると感じる傾向にあるということです。
デメリットは、
リアルであるため見る人のデフォルメ翻訳フィルターをあまり介さないため、
デッサンがうっかり狂ってしまった場合モロバレであるということ。
そしてもう一つは漫画、イラストにリアル色が濃いと倦厭する人が割りといるということ。

基本的に絵を描く人は、そうした傾向を考えて絵柄を作るか、
自分の好きな絵柄を押し通している感じでしょうね。
私はと言いますと、考えてる風を装ってゴーイングマイウェイな感じです。

とかく

12120301.png

とにかくスピード重視でざっと描くとこうなる。
荒さをかもし出しているのは陰影の斜線で、
これらを整理すれば荒くても十分整った絵になる予感がある。

散文

1321

絵というのは面白いもので、基本的に増える一方なのです。
線を描いたら描いただけ増える、当たり前のことですね。

当たり前のように線で表現される漫画チックな絵。
しかしよくよく周囲を見てみますと、実際問題そんな線なんて
どこにもないことに気づきます。

実は数字の1と絵の線は同様の性質を持っていて、
勝手に区分けして、幻想を共有するためのツールとして用いられてます。

音楽は聴くオンリーの人間からすると、一曲はただの一曲ですが、
音楽を作るサイドでは、一曲の中の同じ楽器でもパートパートで
様々な工夫を凝らしたりしているそうです。
絵で言うなら、例えば顔の線は筆ペンで描いて髪の毛はボールペンで描く、
見たいな感じでしょうか。

絵の線は線半本分ずれただけで全く違う場所を縁取ってしまいます。
これが絵を描く上で難しい部分で、
絵を描き始めのころは、線の多いラフのほうが良いなんてことは
多分誰しもが通る道なのではないでしょうか。

基本的にラインが多くても良いと思ってますが、
私はとりあえずラフの段階でできる限り線を減らすよう努めてます。
線を描き足すことはできても線を描き減らすことはできないのだから。
カレンダー
11 | 2012/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
プロフィール

でき

Author:でき
----------------------
マンガ準備中な社会人
----------------------

----------------------

カテゴリー
月別アーカイブ
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

漫画用アルバム一覧
最近の記事
最近のコメント
過去絵抜粋
リンク
ブログ内検索
フリーエリア
にほんブログ村 イラストブログへ
にほんブログ村 漫画ブログへ