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トキ

1712

ソバを食べる時間になってしまったのでトーン取りあえず置いただけでおしまい。

ちよこれいと

1711

ベルギーの白いのが大変おいしい。

1710

でもアキレス腱はもっともっと好きです

1709

脇が好きです

真似事

1706

色々と絵の勉強になる事があったので記す。

シーンとしては
ほぼパソコン、完全デジタルで絵を描いている私が、
太いマッキーで標準サイズの画用紙に、
二十人あまりの人の顔を、
飲み屋で描いていく、
といった感じ。

結果として似顔絵としては、五十点くらいでお世辞にも上出来とは言えず。
似顔絵は似て初めて似顔絵であるので、最低限全員似ることは満たさないといけない。


出来映えはどうでも良い話題であるのでここまでにして感じた事は、
デジタルとアナログの実際の差、
つまるところ例えば普通のペンタブは手元を見ずに
画面を見て絵を描くわけだが、
それと実際手元を見ながら絵を描く事の差異というものはあまり無い。

デジタル作画の強みの一つであるアンドゥ、たった今引いた線が気に入らない場合
即座にやり直しが出来るシステムがアナログの油性ペンでは当然使えない。
これに関しては、純粋に出来栄えに直結すると感じた。
描いてる最中に失敗したな、似てないなって感じる部分は
全てアンドゥである程度直せてしまう領域なのだ。
ただ、無いからといってどうしようも無い絵になるとかは無かった。

太いマッキーの利点はタダタダ塗りつぶすのが楽な事があるくらい。
小さな絵に向いているとはお世辞にもいえない。
マッキーでちょんと点を打ったその点が今回は大体目の玉の大きさであったので、
普通に線で二重とかを描けるものではなかった。
こうした場合、開き直って太い線でやれるだけやれば意外とそれなりになる事が分かった。

幼稚園くらい?覚えて無い程度ぶりにクレヨンを使う機会も今回少しだけあった。
クレヨンは油性らしい、食べても無害だそうだ。
子供が使うものってそういうものなんだろうなぁと改めて感心した。
実際の使い勝手はと言うと、
油性クレヨンはクーピー?そんな感じに近い感触だ。
鉛筆、ペン、色鉛筆、チョークとは違うヌメリがある。
画用紙の相性の性か、色の出方は色鉛筆のそれに近い。
その為色の置き方は色鉛筆と同じく、感覚のままに色を使えると感じた。
人の肌を塗る際に青色や緑色といった色も混ぜて使えるという意味だ。

また黒が青みがかって見える

1705

自分が思ってる以上に画力に固執してるなぁと感じたのは
実はつい最近の話。
画力厨ってマイナス面も結構あろうかと思うけれど、
良い所だって勿論ある。
例えば上手な絵を見るとテンションがあがるといった具合に。

自身を知ろうとしていると言ってる割には
大体があまり反省したり分析したりする方ではないので、
そうする機会もこのブログの意義であったりするのです。

大体といえば大体型だと言われたことがあります。
人が実際にどう考えているかなどと言うことは
深く気にしてもしようがないので実際の所は知りませんが、
漏れ出る評価を鑑みてみるに、どうも周囲の私に対する評価は
繊細であるというよりは大体であると思われてる様に感じます。

真実がどうであるかは私の絵が語ってくれると思ってますけれど。

1704

絵柄、画力はともかくとして、漫画用にカスタマイズしすぎたと
最近感じたのは、下書き→ペン入れ、ラフ→下書きといった具合に
あたりを入れてから描く事が完全に当たり前になっているなあと言うところ。

漫画を描くならそのスキルが必要だと思うし、
また十分なものだと信じているけれど、ならばそれで良いのかと言われると
そうだと断じられないのは、
私が私の絵の才能を限って以来言わば『画力厨』とも言うべき
重い病にかかってしまっているからなのだ。

そんなわけで最近の酷く乱雑な絵の集合は
何もネームに時間を取られているとかネーム用の画力が欲しいといった
直接的な理由だけでなく、そういったさもしい情念が絡んでいる所でもあるのだ。

1702

ナンバリングも1700を超えてくると、途端西暦に見えてくる。

1698

九月末に痛めた背中も最近は、起きて一番にピリッとする程度に
治ってきたことは幸いだ。

昔のあのイヤらしい切り取り線と違って
最近のどこからでも切れますなあれは本当にすごい発明だ。
すごい発明といえば、AMAZONとかで買い物して
届くダンボールの宛名シールもすごいと思ってます。
ちゃんとダンボールに張り付いてるのにはがしたらそれっきりなアレはすごい。

はざま

1695

風呂入れてる間だけ、ってやって
気づくと冷めてしまっているのはよくあること。

よみのくにより

1694

下書きからの感覚も
一発描きの感覚も戻ってきたぞ。

せっかく過去の記憶をさらったので、
アニメ関連の古い記憶を拾ってみようかと思ったけれど、
ろくに出てこなかった。
アニメはずっと好きだと思って生きてきてるけれど、
どうやらあまり見てきてないようだ。
漫画もアニメもある程度バリエィションに富んでくるのは高校以降のようだ。

それでも小学校の記憶を探してみると、
夜の番組でアニメのダイジェストシーン?かなにかを集めた映像で
ナディアのジャン君が落とされて死ぬシーンが思い出される。
残念ながらリアルタイムにナディアは見てないので、
その落とされたショッキング映像だけが長らく残っていたものだ。

うっかり降臨

1693

新しく入手したアルバムがバッチリで
聞いてるだけでテンションが上がる。

1692

記念すべき1692枚目のブログ更新絵を
こうした絵柄振り返りで迎えられた事を嬉しく思います。

more...

カン

1691

前回の絵の右上の過去絵柄シリーズが
存外にかわいかったので初期の絵柄を思い出し
習って描いてみる。
絵のよしあしは勘が戻るまでお預けであるとして、
絵柄そのものは言うほど陳腐化してないように感じるのは
多分あまり特徴的な絵柄でもなく、
また時流に沿った絵柄を特別に取り入れているわけでもないからでしょうか。
興が乗ったので次も絵柄を振り返ってみようと思います。
多分次の絵で多少は手の震えも止まることでしょう。
実際に震えているわけではないですが。

絵において日々消失していく感覚の中で
最も大きいものはどうやら『スケール勘』のようです。

特別な才能を持つ人は別なんでしょうけど、
そうでない人々で絵を描くタイプ(私はそれに含まれる)は
基本的にはスケール感を頼りに絵を描いていくと思われます。
右目がここにあるならば、左目はこの当たりに存在するし、
目がこうなら鼻は当然・・・といった具合に
何かを頼りに次々と描き進めていくのです。

顔に限らず、頭がこうなら身体はこうであるし、
ならば手足の長さはこのようなものだし、
人の関節の稼動域はこのくらいだから~と言った感じで
(顔から描いた場合)全身像も描きあがります。
背景も同様です。

こういう感覚は普通大抵一々定規で測るわけではなく、
感覚に頼ります。
この勘は少なくとも私は、
割とコンスタントに絵を描かない限り流出してしまう感覚のようでして
一週間も描かないとぼけてくるようです。

経験上大体、連続して適当に三枚ほど絵を描けば、
三枚目に至るころには感覚はある程度戻る傾向にあるようです。

余談ですが、
人に見せる前提で絵を描く場合に、
最も重要視すべきはスケールだと思ってます。
さらに比率よりも純粋に長さをそろえる事こそが
人に違和感をもたれない近道であるようです。
多少崩れていようとも、ちゃんと10cmのものはそれくらいに見えるように
描いておけば良いのです。
この場合の見えるようにとは、比較の問題ですから、
10cm程度のもの同士が同じくらいの位置にある場合に
同じ程度であれば良いということなのであります。

1690

アハハハハハ。
絵描くの楽しい。
三枚目、感覚が戻ってまいりました。

1689

まずは手癖を取り戻さなければ
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