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ReM/H (32)

1847

緊張感のないかん口令など形だけのもののようです。
みーんなここだけの話。

本日無銘6

1846

ベタなプロローグがやりたかったからやった。

整理整頓

1845

本一つ取ってみても大雑把度合いによって整理の仕方は分化します。

最初の秩序は『本』と言うカテゴライズでありましょう。
本棚に収まってさえ居ればOKなのであります。

次に生まれるのは『色』『形』。
雑誌や文庫本、ハードカバー等で区分して整えて並べます。
部屋の景観を重視する場合には欠かせない素養でしょう。

本そのものへの意識がある人にとっては最早常識となる感覚として、
『作家』『作品』『巻数』ごとにちゃんと並べる事があるでしょう。
本を小まめに見返す人にとっても必要な資質ですが、
景観においても『揃っている』という所に美を感じる人は
少なからず居ることでありましょう。

ここまでくると後は几帳面フィールドに入る領域がありましょう。
本そのものへの保管状態への意識や、ピチーっと真っ直ぐに揃えて並べたり。

私の本棚はちゃんと作品ごとに巻数順に並んでおりますので、
比較的秩序を保っていると自分ではある程度満足しております。
ただし、私に取って本は『読むもの』でして、
扱いが酷いことには度々言及していることなのですが、
棚への入れ方も雑な面があるようで、
ちゃんと並んでれば斜めってたり
カバーがずれてたり奥まで入ってなかったりといったところには
あまり意識はいってないようです。
几帳面さを持つ客人の私の本棚へのアクションに対する反応を見るに
どうやら我が雑さは目に見えるレベルのようです。

ラグ

1844

詳しい人などは違うよなどとおっしゃろうけれど、
民主主義などと言うものは言わば多数決でありまして、
その為に皆々の意見をくみ上げる必要性がございます。
でありますので、母体が大きくなればなるほどに、
決定速度が下がるのはこれは道理であります。

お話は何も政治に限らず、経営においてもそのようでございまして、
小さな会社ではスピード感を持って挑める変革も、
大きな会社になりますとコレが中々同じようにはいかない。

熱の伝わり方と同じようなものでございましょう、
小さなものほど簡単に変わりやすいものなのでございます。

ちょっと前に中国で日本企業が討ち入りにあった、などというニュースを
耳にした記憶があります。
それと話は前後いたしますが、これは十年ほど前の記憶でございましょうか。
私が今よりも尚世間知らずであった頃のことでございます。
個人で経営をしているという人の話を伺う機会があったのでありますが、
その方のお話では、中国と言う国は文化の違いからか、
個人的に付き合う分には違いを尊重すれば友好を結ぶのに難しくはないのだが、
こと仕事となると難しいものがあると言うお話でありました。
丁度その頃、世界の工場としての中国と言うイメージが
広まってる感じを受けておりましたので、
これも言わばタイムラグのお話でございましょう。
最も、リスク云々言うのは容易いでしょうが、
現実問題としてこのグローバル社会において世界総人口の二割近い数を保有する国が
発展段階にある以上、儲け話も同じ数だけあるのでありましょうから、
恐らくはそういったリスクとリターンを天秤にかけて
世の大経営者達は様々な行動をおこなっているのでしょう。

話が多少それましたので戻しますと、
タイムラグという存在はとても興味深い存在です。
究極的に言ってしまえば、私達の存在全てはどうやらタイムラグの産物であるようです。
そこまで言ってしまえば、頭のいい人の大好きな分野である観念的なお話になりがちで、
私はあまり趣味ではありませんのでもう少しロマンチックな話にシフトいたしますと、
よく語られるのは夜空の星でしょうか。
望遠鏡を良いのにすればするほど遠くが見えます。
とても遠くを見られる望遠鏡を使って、100億光年彼方を見るとまで言います。
まるでこの言葉だけ聞くと、こちらが遠くの世界まで覗きに行けるように
感じてしまいますが、やはりそれは勘違いに過ぎず、
遠路はるばるやってきた光をキャッチしているというお話のようです。

1841

余程山深い所は別なのかもしれないけれど、
普通大抵の田舎では木は人の管理が介入する。
成長中の木は大抵ほったらかしじゃなくって、
添え木がしてあるものだ。

私は植物は生物ほど興味がないので、
今までほったらかしにしているジャンルの一つ。

なので大体の木の絵は適当に描くので、
ちゃんとした知識の人が見ると変に見られるのだろうなぁと思いながら描いてる。

へんだなぁはともかくも、
プロアマ問わず人の絵の中にある樹木をみてて、自分と違う表現法だなってのを
感じる事がままある。
それは物凄く太くて真っ直ぐな幹とわずかな枝葉で構成される木の形。
私が樹木に興味がない所為かもしれないけれど、
自分の中にこうした形が存在しないのでなんのイメージだろうと思ってみてる。
いろんな人の絵に登場するってことは
何らかの”共通の映像”がそこにあるんじゃないかって思ってるけど、
何のイメージの結果なのだろう?
意図と意識は必ずしも同時に存在するわけではないので聞くわけにもいかぬし。

まぁいいや、今日の絵のお勉強はここまで。
ネーム作ろう。

1839

技巧解説とかではないので適当な絵の羅列ですが、
一番言いたい感じのは左上あたりの絵。

瞳孔=目の真ん中にある黒いののお話。

ヒトの絵を見ていて、上手だなーなどと感心することは
風の如しなんですが、当然ただ口を開けて喜んでも仕方ない。
何故ならば絵を描く側にまわりたいからだ。
なので気になることも当然出てくる。
その一つのお話をまずしよう。
構図や小物や背景色々なところをどう見ても上手と言うか
明らかに美術を勉強した事あるじゃんってレベルの画力の持ち主の
キャラにイマイチピンとこないってことがある。
勿論好みの問題もあろうけれど、それで済ますのは
口を開けてうまいなーって思うのと変わらないので話を進める。
一つ気づくのは目だ。
キャラは目が命、なんていわれると思わず反発したくなっちゃうけど、
現実世界においても目は容姿、コミュニケート共に重要であるので
二次元であっても同様なのは当然のお話だ。
目が何か自分と違う感覚で描かれてるのかなぁと感じる絵と
上手だし絵柄も古いわけでもないのにピンとこないなぁって絵は
不思議と被ることが多い。

目。。

個人的には目の構造くらいは一応勉強したけど、
そこまでこだわりがないのできっちり研究した事がないので、
現状の私の状態は意識は配っているけど~っていう段階だ。

十数年前にまだ絵とかちゃんと描いてなかった時期に
図書館でマンガの描き方みたいな本を読んだことがある、興味本位で。
その中の一節、目の描き方において、
キャラの視線の配り方で向けたい方向に瞳孔を合わせるというのがあった。
虹彩―白目と黒目の間の色が付いたところ―の中で
比較的自由に黒目を動かしてキャラの表情をつけるといったものだった。
コレも一つのやり方だというのは絵を描くようになった今でも思う。

最近の絵の流行の一つはやはり立体との融合がある。
一昔前の立体との合流といえば写実的な絵柄がメインだったけれど、
ゲームやアニメ、フィギュア等で
十分二次元的な三次元体が表現できるようになったからだろうか?
写実的じゃなくてかなりデフォルメの利いた絵柄においても
立体の理屈が導入された絵が増えてきているように勝手に私は思ってる。

その中の一つの方法が左上の絵だ。
何が正しいかは知らないけど目は大体球体と円で構成されてるので、
視線が合う=キャラがこっち向いているときは虹彩は円に見えて、
その真ん中に黒目が存在する形になると思う。
ところが斜めに向いてこっちに向いてる才に敢えて虹彩を奥行きがある方向に
ずらすやり方を取るヒトが居るようだ。
この方法も中々魅力的で目が立体的であるって言う主張が伝わってくる。

大きく分けて三つの黒目の二次元絵の表現方法について触れてみたけれど、
普通のヒトはそんな細かいトコなんてまったく気にしないので、
視線が合うって言う風に描ければ後は趣味と絵柄の範疇のお話になってくる。

はぁ、話が長くなって仕方ないけれど、
ピンとこない絵における目についてもう少しだけ触れておこう。
結論を述べておくと、私はそれについて答えを出してない。
人様の絵を見てあれこれ断じたくないからってだけだけど。
なのでボンヤリ思考が続く。
力の入れ具合はどうか?違う気がする。
意図的に目に注視していくつかキャラを描いて見る。
私は別に絵柄自由自在なコミックマスターJじゃないので各絵柄ごとの出来不出来は
当然あろうけれど、そこには目を瞑ってみると、やっぱり
別に単純な線で構成されようとも眉毛バリバリしようとも関係なさそう。
となると絵柄との融和=デフォルメ法にある可能性がある。

私の場合はデフォルメなどは適当なのだけれど、
実感としてはっきり持ってるものを申し上げさせていただくと、
デフォルメに法則は存在すると思うってこと。
色々解析したら普通に絵柄自由自在なソフトが出来ると思う。
コンピューターにアニメ絵を描かせられるというお話だ。
ゲームのモンタージュで絵柄固定で顔を自由に変えられるのと同様に、
絵柄のモンタージュみたいなのが出来うるということ。
私自身がヒトが特別だって思想が嫌いなため、
芸術作品なども普通にコンピューターが計算して作れる存在だって
一貫して思ってるけれど、そういう思想云々ではない実感がある。

それはともかくとして、人様の練習段階の絵を見て、
惜しいなって思うのはデッサン以外ではそういうデフォルメ比率がある。
萌え系の顔なのに身体がリアル、って絵なら誰だって違和感を覚えると思うけれど
そういう話と同じでこういう絵柄なのに妙に手足が長すぎるとかそういった感じで
要するにアンバランスさを生んでしまっているのだ。
ひょっとしたらそういうミスマッチが生じているのかもしれない。
多少気になるのはミスマッチはピンとこないと言う感覚というよりは
違和感と言う形で訪れるというところだろうか。

だめだ、延々しゃべったり考えたり出来る故障人間なので
適当なところで毎回ぶったぎらなければならないという使命感が私にはある。

本日無銘3

1838

あ、目について語りたくなったけど
流石に自分で描いてみてからのほうが良いから
マンガ後回しにしてちょっと描いてみよう。

本日無銘1-2

1836
1837

コレくらいのクヲリティだと一枚三十分くらいで済む。

1835

このブログにあげられている習作漫画は好き勝手に長いので
短編もこしらえないとバランスが取れない気がする。
なんにしようかな、シュールなのかナンセンス物が良いな。
ちゃんとしたのはどうせちゃんとしないといけないし。
ちゃんとと言うと一番注力してせっせと作ってるお話は
ややミステリー要素(ディテクティヴな意味合いで)が介入しました。
迎合主義です。

手間

1834

今のやり方にはロスが多い。

まず大体三十ページくらいに収まる程度にプロットを勢いで書く。

アイディアを文章で起こすので
その後今記事の絵のようにイメージボード的な落書きを挟んで
大体絵がどの程度要りそうであるかをぼんやり測る。

ようやくネームに取り掛かる。

といった流れ。
漫画勘が養われるまではこれまた必要経費だと諦めてます。

哺乳類を見てみて、一般的に小さな動物ほど寿命が短い。
そして小さな動物ほど心拍数が多く、合わせて呼吸の数も多い。
小動物と大型の動物のそれ=一生涯の心拍数を比較してみると
あまりかわらないんだとか。生物学のお話。

鼓動の数≒心臓の耐用年数が決まってるとはいっても、
長生きしたいのは生物の当然の願い。
激しく動くと身体のいろんなところが痛むし、
それだけ激しく呼吸をするほど、酸化も増えて錆びてしまう。
じゃあじっとしてよう?
中々そうはいかない。
じっとしていると、身体はなまりになまって早死にしてしまうそうだ。
健康には適度な運動が要るけど、動くほどに寿命は縮まる。
ジレンマ、健康のお話。

漫画の一ページ当たりのコマの数には目安が存在する。
コマを増やしすぎると読みづらいどころか読んでもらえなくなる。
しかし全体のページ数も決まっている事が多いので、
ただ大ゴマ連発とやると話が進まない。

聞いた話だけれど、何かを開発する際にはクライアントの欲求が存在する。
お金をこれだけ出しますので、
これこれの期日までにこれこれを作ってくださいってやつだ。
この欲求というのが頭を悩ませる物だったりする。
単に難解という感じではなく、
あちらを立てればこちらが立たずなお話であるケースがあるそうな。
前回の記事に登場した日本刀も実はそういったジレンマの塊。
基本的に刃物というのは切れ味をあげるほどに脆くなります。
そして物質自身も硬いほど脆くなります。
切れなくては困るし、硬さも無いと相手にダメージを与えられないが、
切れ味をあげすぎて刃先が簡単に欠けても困るし、
何かにぶつけた拍子に簡単に折れてもらっても困る。
丁度良い具合という折り合いを付けるのも十分労力が払われている
分野なのですねぇ。

剣道

1833

現代でも武道として残る「剣道」。
元々は剣術として、日本刀と言う剣を使った有効な戦闘方法の
研究が為されるジャンルで、
剣術家がご飯を食べるため、あるいは純粋な啓蒙かは知りませんが、
道場を開いて大衆に稽古をつけていった結果、浸透していったもののようです。

現代こそ竹刀を使うのが基本ですが、出発点は「日本刀である」という所に、
どうやら最大の特徴が隠されていそうです。

more...

Be Bone

1832

真理は日常に潜む。
真理は家事に潜む。
何でも小まめにやりましょう。
小事も積もれば大事と成り果てます。
小さな汚れはすぐ取れますが、
例えば風呂一面にカビが生えてしまっては、
もう蓋をして封印したくなってしまうことでしょう。
一度許容してしまえば慣れが妥協を住まわせます。
意思の強い人を横目で羨みながら、
我々意志薄弱人間組は常に自戒せねばならぬのです。

壊れた連想ゲーム

1831

連想とか大好きなんですけど、
きっと誰にも理解されないので諦めて封印してます。

デッサン

1829

言われるじゃないですか、漫画絵とかでも。
絵を描きたいな、でもどうしたら描けるのかな、ってときに。
今の時代なんてきっとそういうお絵かき初心者用サイトなんて
沢山あるでしょう。
Q、うまくなりたですけどどうしたらいいですか?
A1描きまくりましょう
A2線とか丸とか一杯描きましょう
A3箱とか真横からとか上からとか色んな角度から描いてみたら?
A4影とかつけちゃおうぜ
A5やっぱ実際のものを見て沢山形を捉える練習必要だよ
後は何でしょうね楽しみましょうとかあるんですかね。
人によってはなりふり構うなってのもあるかもしれませんね?
漫画絵ならそのまま好きな人の絵をまず真似ましょうとかもありでしょう。

球技ならボールを何度もその場で上下させて扱いを覚えたり、
道具を使うものなら素振りとかをやって基礎を身につけます。
絵もそういった体育会系とあんま変わらなくて、
最初に基礎固めをするってことなんすね。
語学だと文法っていうルールをまず学ぶみたいな。

先生なり先輩なりに師事するんならともかくとして、
なーんか猫も杓子もデッサンデッサンって言われると
逆な事したくなる人っているじゃないですか?
えぇえぇ、私です。

そんなわけだけってわけでもないけど、
取りあえず敢えて自己流でやってしまった実体験から述べますと、
やっぱ基礎を固めるのが一番なのは間違いないってことですなぁ。
上達するしない早い遅いは、双子並べて比較か、
不特定多数を集めて集計するなりしないとわかりませんが、
少なくとも私は基礎を知らないのは少なからずコンプレックスとして
心の中に存在するものとなりました。

83

1828

漫画を除いてブログ用絵は今年83枚目。
えーと417だから概算で107日くらいかな。
本命の漫画製作に差し障らないでかつ、
ブログ用絵も漫画も一日一つくらいなペースが出来たら素敵なのになぁ。

ないない

1827

テレビ持ってないとか
漫画も読んでる人ほど読んでないとか
アニメもあまり見てないとか
映画もゲームも言う程だとなったらじゃあ何も無いのかと言われると、
活字の本は読んでる人なりには読んでると言えるかもしれない。

ピークは多分高校時代で、高校時代の記憶が微妙に薄いので、
なんでかなーと思ったら本を読んでるからっぽいのだ。
読んでる、と言っても余程の読書家で無い限り、
人一人の読める冊数など割と限られてる。
自分の場合は確か学校の図書室で年100冊くらいと、
後は市の図書館とか購入とか貰うとか。
お堅いのとか観念的、哲学的なのもたしなむ程度には読んだけれど、
面白くも何とも無く、やっぱり小説とかそういう娯楽本ばっか読んだ。
教科書に名前が載りそうな本は読まなかった。
ヘミングウェイみたいな何か読んでる人が偉ぶってそうな
(大変な失礼wでもまぁ思春期なんてのは誰だって少なからずとんがるものでしょう?)
そういった感じのはあまりと言った感じ。

ラノベとかも結構読んだ。友人にラノベマニアが居て、
次から次へと貸してくれるので(実際には読みなに近いイメージもあったけど)
結構読んだ気がする。結構、と言っても多分200~300くらい?
富士見ファンタジアが多かったと記憶している。
こんなゲーム的と言うかアニメ的と言うか楽しいジャンルの本があるのかと
感激して結構読んだ。
感激と言えば、高校の頃半年か一年くらい赤川次郎を知って氏の本を
沢山読んだ。沢山読んだら飽きて読まなくなっちゃったけど、
三姉妹探偵団とかああいうメジャーなのも読んだなぁ。面白かった。
ラノベの前身っぽいジュブナイル小説とかも結構読んだ。
「時をかける少女」とかも多分そこに区分される感じのジャンル。
ミステリーSF恋愛ファンタジー私小説ジャンルはあまり拘らずに読んだ。
好みは古い本だった。
貸出票に記録が無いような本を割りと好んでた気がする。
(探してたわけじゃなくて借りるときに気づく程度であるけれど)

漫画も色々知って読むようになったのも丁度高校くらいからだ。
同じく漫画マニアな友人があれこれ買っては貸してくれたので
(これまた読めよって感じで)
漫画に関しても読む人に比べて読まないレベルなので知識に歯抜けが多いけれど、
知ってる範囲ではしゃべれる程度には色々語れるレベルになったのはありがたいと思ってる。

本は沢山読んだけど、本ばっかじゃなくて普通に部活も交友関係も
あれやこれやもあったのにも関わらず、逆算するとちょっと時間が足りなくなりそうな
本の量になる気がするけど、何のことは無くって授業中とかを読書タイムに当ててたのでした。

本の何が面白いかって聞かれると、別に本に限る必要性は無いと答えると思います。
面白いと感じてみればわかると思いますが、同じジャンル(例えば冒険活劇)で考えると、
本も映画もアニメも漫画もゲームも別に変わらないと思います。
媒体と必要時間に若干の違いがある程度で、どれも娯楽であるには違いないからです。

む、こうして思い出してみると、本を読んでるといっても
一番読んでたティーンネイジャー時代を思い出しても古いのを好んでるし、
ラノベだって買ってる友人も微妙に作家買いして過去に遡ってたりしてたうえに、
高校上がってからは地理的に離れたから借りなくなったしで、
私のラノベへの知識も古い。
微妙に知識がどれも古い感じですねぇ。

大体の作品と言うのは世代が存在しておりまして、
どうでしょう雑にしゃべるなら20歳ほど上の人の影響を受ける感じで
これまたよく知らぬことを恥じずにしゃべるなら
歌しか知りませんがアニメの宇宙戦艦ヤマトが1970年代くらいだとして
それに影響を受けた子供が成長して1990年代くらいの作品を作る見たいな。
この例はあまり適当であるとは言いがたいですけど、
新しいものへのリサーチは興味の有無に関わらず
やっとかなくちゃならないんじゃないかなぁってことで、
そういう意味では漫画を描こうとか言っておきながら、
最近のものを良く知らないと言うのはちょっとネックなのかもしれないということ。

そしてこれまた恐れずに言うなら、
ネット時代の今は本時代より確実に良い世界だ。
作家先生やどこぞの大学のお偉い教授様が書いた本だからといって
そこにはその人個人の思想が入り込むし、
情報の更新は当然新しい本を出さない限り為されない。
個人の思想とかは、ある程度読書量が増えれば判別できるようになると思いますけど、
それでもうっかり鵜呑みにしちゃうことだってある。
それに比べれば、いろんな人の思想がごちゃ混ぜに出来る今のほうが
間違いなく良い時代だと思います。

しかしざっと今回の記事に目をやると、
自分ではちょっと自分がどういう媒体に触れてきてるかって軽い紹介なのにも関わらず、
少なくとも自分が他の絵ブログに訪れた際にこの量だと絶対読まずに絵だけ見て去るって
レベルの文章量に簡単に到達してしまっている。
本当、以心伝心があれば良いのにとこういうときは思う。

未知、既知。

1826

知らないとあれこれ考えられないけれど、
知る事によって制限が生じてしまうのも事実。
そんなわけで知らない間は比較的フリーな空想を楽しむ事にしています。

例えば未来技術。
例えば映像技術。
私は3D映像肯定派です。
だから反対派の人の話を聞くのは楽しい。自分と違うから。
必要ないからと言う意見が最も私の感性にあう。
所謂保守派の考えだ。
電波で音声を飛ばしだしたときには、
きっとそんなラジオや電話じゃあ文字ほどには心が通じないみたいな
人がいたって思えちゃうし、
テレビも同様で、ラジオで十分だからテレビなんて要らないって人もいたでしょうし、
白黒からカラーに移る時も、同様の人はいたんじゃないでしょうか。
保守的な思考、あるいは発言をする人は
社会に必須ですのでこの意見が一番しっくりくる。

ならば私は新技術飛びつき型なのかというと別にそうでもなくって
単に貪欲なだけかと思われます。
だって我々が普段見てる景色こそが最終系と言うか、
これをベースにしてさらに非現実が成されてこそだと思ってますので、
2Dで満足とはとても思えません。
かといってちょっとずれたらダメとか、
これ(メガネ的なあれ)をつけなくちゃダメみたいなのも
不自由でイヤですね。

じゃあどうしよう。
古くより3D映像と言えばホログラム。
空想未来技術ではそこらへんの空間に表示したり、
それっぽい装置の上に表示したりなあれ。
現実問題としては光って何かに反射しないとこっちに来てくれないので、
反射するための媒体が必要なんじゃないかな。
だから霧状の何かがあったらそこに投影できるけど、
霧状のものは透明度が低いので映像自体がぼけてしまうんだと思う。

じゃあどうしよう。
ものを見るってのは目か脳みそで見るもの。
脳みその話になるとマトリクスになっちゃうので、
目にしぼって考えるべき。
わざわざ実際の空間に表示しなくても、
目に直接映像光線みたいなのをビーってやれればどうだろう。
見る人間に絞るので、不特定多数に発する必要性も無くエコです。
説得もできます。やったね。

筐体からの解放。
これって私はすごく重要に感じるけどどうなんだろう。
パソコンの前に座らないとパソコンが使えない。
テレビの前に、ゲーム機の前に、本の前に、人の前に。
最後のは些か不安要素を孕むのでジョーク。
スマホはどうだろう?スマホってすごく未来的で、
一昔前のSFに登場してたポータブルパソコンに匹敵してると思ってます。
でもポッケやらに入れて持ち運んで、実際に手で持たなくちゃならない。
これって結局制約されてるって感じてしまう。
だから未来はそういったのから解放されてて欲しいって願望が入るけれど、
それじゃあ自由な空想じゃなくて、単なる都合の良い妄想じゃないかってなるけど
願望が入らなくて何の空想かとも思うので、いいのです。

どこでも映像な時代になったらどこでも
パソコンの時代もありうるんじゃないでしょうか。
未来の入力装置がタイプライター時代の名残ってのもちょっと残念な気もしますけど、
とにかくどこでもキーボードでどこでもパソコンが使えれば、
少なくとも私個人はあの煩わしい携帯系の入力から解放されるのでとてもハッピーです。
さらに本音を言うとパソコンと言うよりはAIみたいなのを想像してますけど。
今ですらある程度までならググるより聞くほうが早いですからね。

小学六年生の頃、小論文の練習とかで
「二十年だか十年後の未来」みたいなのを書かされたのを思い出してます。
子供の発想はとても自由だ、なんて言葉をあわせて思い出しながら、
でも少なくとも自分の小学生の頃の発想なんて知らない事のほうが多すぎて、
全然つまらない内容だったよなって思います。

まぁ上の空想話が面白いかどうかはさておき、
幾らフリーダムといっても、ある程度のフレームがないと、
本当に曖昧模糊だったり貧相だったりしてしまうかもってお話。
少なくとも自分はそういった独創性の無い側の人間だと思ってます。
真に独創性のある人々はそうした曖昧模糊とした自分の世界を
素敵に紡げるんでしょうから。

そういうわけで、比較的自由な空想は空想であり、
実際に何かを考える際にはちゃんと色々調べたり
ウンザリするくらいあれこれ思考を巡らせ無いと
ダメだと思ってあれこれ考えてます。
最もこれって自身の楽観主義を踏まえてやってるので、
例えば私と似たような人でも悲観主義だったり心配性だったりすると、
また別のやりようがあるのかなぁって無駄な事も考えてしまう。

最近映像でものを考える事が多くて、
バランスを欲してかブログの文章量が増えてますが、
メインである映像モードの自分にとって文章が増えると疲れます。

眉毛

1823

「言われたとおり眉毛から描いて見た」
そういわれた瞬間私は間違いなく無表情であったに違いない。

「言われたと言うことは私が言ったと言うことであるのだから
普段からした会話は忘れないとか言ってる私が自分の言葉を
忘れていると言うのはこれは良くない事だからポカーンとする
分けにはいかぬがしかしはて何のことだったかいなと言うこの
疑問の表情もいや浮かべるわけにはいかぬ」

と言った思考があったかなかったかは定かではないが
とにかく私はポーカーフェイスに勤めた。
勿論正しいのは、ああなるほど良いですねぇと言う顔なのだろうけれど、
その様な状況でなかった以上せめてもの抵抗であったのだ。

最も相手は十二分に利口な人なので私のそうした失念葛藤は即バレであるに違いないので
次の私の言葉は全く観念した表情とともに紡がれたのである。

「ほおほおなるほどその様なことを言ったかも知れませんなぁ」

まぁこのような何とも無責任な発言をしたのでありますが、
そもそも何故”忘却の彼方の私”はそういう発言をしたのかを
推理しなくてはならぬ。

キャラの顔ってほぼ全ての絵柄において目、
正確には目の輪郭、眼窩と言い換えても良いかもしれないけど
これが基準となって出来てるようです。
その為オーバーな表情を表す際でも目が前に飛び出すことはあっても
絵柄の変更なく目が上下左右に動く事はあまりないと思われます。
そのあおりを受けたかどうかは知りませんが、
代わりとして眉毛やら口やらは目よりは自由に動いて表情の形成を成します。

元来の眉毛はざっくり言えば顔の骨において、
目の穴の上の出っ張り当たりに生えます。
ところが単に目の上にある眉毛と言った風に書いてしまうと
正面は良いのですが、よく描かれるような斜めの構図や
さらにそれに上下が加わってしまうと、適当に目の上に眉毛を描いても
変になってしまうことがあります。

そうした流れを踏まえて、骨を基準にキャラを見立てた場合に、
目を基準にすると見失い勝ちな眉をまず先に据えておくと言うのには
一理あるのではと思いどうやら”忘却”はそう語ったと思われます。

上で述べたのに実は今の考えが含まれてますが、
初期段階で眉毛から描く事には確かに理があるとは思いますけど、
少なくとも漫画絵において眉毛から描くのはあまり合理性を感じません。
目を基準として動くのだから、先に基準を描いた方が良いに決まってるからです。

そんなわけで眉毛から描いて見ました。

道程

1822

人それぞれ絵を描いてく上での着眼点と言うかドラクエで言う
『作戦』みたいなのをもって挑んでいると思いますけれど、
私が注意している点は”寸法”です。

パーフェクトな絵を描ければそれに越した事はないのですが、
少なくとも私などは中々そうも行かないので一応の着地地点を見据えています。
それは見る人に違和感を覚えさせなければよしと言う所です。
結局絵に必要なのは説得力ですので、
説得力を持たすにはプラスの力だけでなく、
違和感等マイナスをもたれない事もまた重要なのではと思ってるからです。

例えば奥行きのある絵を描く上で、
絵を描く人が沿う原則は遠くのものは小さく見えると言うものです。
一番手堅いのは人物含め全てパース線を入れてしまう事だとは思ってますけれど、
そこまでしない場合にせめて気をつけるべきなのが寸法となってくるのです。
この程度奥ならこのくらいのサイズかなーって感じで描いてくとして、
同じくらいの奥行きのを同時に描けば多分大丈夫ですが、
うっかり人物と背景を別々に描いちゃったとして、
その場合にうっかり160cmの人間の横に1mの椅子とかがあるように
描いちゃうと変だなとすぐばれてしまいます。
だからパース線を厳密に引かなくても、せめてお互いの尺さえ合わせられれば、
割と絵になってくれる模様です。

勿論自分自身にバランス感覚の欠如があるからこその意識付けではあるのですが、
このスケールに対する意識は割と悪いものではなかったと感じてます。
絵を描いていく際に「これならこのくらいだろう」って言う
勘が形成されていったからです。

「これならこのくらいだろう」と言う感覚があれば、
後は基準さえ設ければそれに併せてドンドン足し算で絵を描いていくことが出来るので、
中々助かります。
別に大層な話ではなくって、例えばキャラの顔を描きなれてるならば、
まず左目を描いて、左目ここなら右目はこのくらいにあって~っていう例のあれと同じで、
それをある程度実世界を元にした感覚に拡張すれば、
デッサン等ちゃんと絵の下積みを経なくても、
ある程度は人物や背景等描けるんじゃないかなぁと言う期待もあったというお話なのです。

絵と絵と絵

1821

アニメ、と言う言葉は十分市民権を得ている言葉だと感じる。
だから漫画を描くんです~と言ったときに、
テレビのあれかそれとも本のアレかと聞き返されるとびっくりするかもしれない。
と言うかされた。そしてちょっとびっくりした。
何だかんだ言ってアニメや漫画はサブカルチャーだし、
皆がみんな見てるわけじゃないのは変わらないし、
言葉としてテレビ漫画って言われてた時代もあったのだろうから、
混同する人がいる自体は別にそれほど驚くべきことじゃない。
何にびっくりしたかって言うと
やっぱり自分の常識に囚われているのだなぁって実感にたいして。
発する単語のチョイスは相手にどう捉えられるかを常に意識すべきであるにもかかわらず、
全く予想だにしてなかった事実に対してちょっとびっくりしたと言うわけ。

恥を恐れず白状するならば、私も十年前、まだ絵を描いてない時期のことだが、
従妹がイラストを描いているのを見、十分手間の割かれているそれを見て、
「漫画描くの?」と尋ねた経験がある。
絵を描く側じゃない人間にとっては『イラストを描く人』も『漫画を描く人』も
どっちも『絵を描く人』としかカテゴライズされない可能性があると言うことなのです。

イラスト、漫画、アニメ。
大きなカテゴライズではどれも確かに絵だ。
勿論その違いを説明する必要がもしあるならそれをすることは難しい事ではない。
例えばイラストと漫画を文字に置き換えてみるならば、
イラストは書道で字そのもので見せる感じで
漫画は字を使って物語をつづる小説のようなものだと言えば通じる事が多そうに感じる。

KIIRO

1820

その道に入れればその道の事はいずれ知れようので
それまではあくまで素人サイドの個人的な情報に終始します。

漫画を作る上での勉強して得た情報について。

発信するものはまず受信されなければ意味がありませんので、
そのための工夫が第一にあるようです。
所謂キャッチーなコピーやらなんやらなアレですね。
漫画や映画などは映像系ですので、映像美で訴えかけるのが
最もスタンダードだと思われます。
映像美ってのは観念的な言葉ですので、
実際の訴えかける方法は多岐に渡ってくるでしょう。
漫画なら純粋な絵の上手さ、絵柄、切り取るシーン、構図、等々。
私は雑誌を読みませんのであくまでシミュレーションで考えてみるなら、
ぱっと雑誌を手に取る。
パラパラパラっとめくってみてぱっと目に留まるかどうかって段階ですかね。

構成についてはどうでしょう?
どうやら最初のもっていきかたが一つ肝要のようです。
目に留まって読み出してもらっても、
退屈されてしまうと飛ばされて次にパラパラされてしまうでしょう。
お笑いなんかでも多分そうだと思いますが、
先ず最初に掴めるかどうかといった感じでしょうか。
つかみはOKってのが必要なわけですね。

この辺の物語の作り方は別に漫画に限ったことでもないので、
適当にしておいて、実際の漫画について。

漫画にも一応の共通規格のようなものが存在するようです。
コマ割りの約束事などはきっとメジャーでしょうから端折るとして、
先達達のを勉強させてもらうに、コマ割りはスタンダードが最もよろしいようです。
素人サイドから見ると、奇抜なコマ割りって素敵じゃない?って思っちゃいますが
そうじゃないようです。
まず奇抜ありきじゃなくって標準ありきで敢えてやるかどうかといった話のよう。

色々配慮する事があるようですが、基本的な大前提は映画だろうと
漫画だろうと小説だろうとどうやら違いはなさそうで、
それは見てもらうサイドの視点を意識することです。

きなこさんの研究室33 ~運動不足編(中毒性はございません)~

1819

似る似ないは技量の問題なのでともかくとして、
何かに似せる必要がないのはやはり楽なようです。

字と絵

1818

人の字を見るのは絵を見るのと同じくらい好き。
綺麗な字はただただ賞賛に値する。

字と絵は変わらない。
絵を描かない人でも字が綺麗な人はきっと描いたら綺麗な絵が描ける。
癖のある字の人は癖のある絵を描く。

何にだってコツはある。
綺麗なペン字を書くには?
基本的に字はペンをちゃんと持ってちゃんとした書き順で書くのが近道。
筆字はどうだろう?
習字は言うほど難しいものではない。
習字に必要なのは見る力。
お手本にどれだけ近づけるかってのが練習内容。
私の場合はお坊様にならってたので、ぼーさまのカッコいい字に
似るように書いてくと行った感じだった。
絵にも似たようなちょっとしたコツは色々あるようだ。

絵や字を実際やってる人にこんな事を言うと
気短な人などはその先が大変なんだと憤るかもしれないけど
その通り。
でもコツが要る段階ではその先の心配は存在しないのだ。

一段落

1817

ローカルで描いてる漫画が一段落したら
一度ある程度キャラをまとめた方が良い気がする。
大体型と言われるのもあれなので
一応キャラ毎に適当な固有のマークをいくつか設けているのだけれど、
それをはっきり言ってちゃんと覚えて無いので、
整理しとかないと大変そうだ。

たまにはゲームについて語ろう。
私が唯一ある程度定期的に購入してシリーズ物を追いかけているソフトに
『アトリエシリーズ』がある。

以前雪国に住んでいた頃に友人に勧められてやってみてはまったと言うありがちな感じ。

大まかにはRPGに属していると思われるゲームで、
決められた期限内に『錬金術』と言うその世界での約束事を使って
ある一定の成果を上げるのが主な目的のゲームだ。
色々な材料を調達しては混ぜ合わせて全く新しいものを作り出しては、
自身の評価や冒険の役に立ててゲーム毎に設けられた課題をクリアーしていくのは
多分シリーズを通して同じだと思う。
少なくとも私がやった『トトリ』『メルル』『アーシャ』『エスカ&ロジー』
に関してはそんな感じ。
どこかほんわかした世界観に浸るか、キャラに萌えるか調合を楽しむかと言ったのが
プレイヤー側としてはポイントな感じ。
私はあまりキャラに萌える事はないので、キャラに関しては特に言及はしないけれど、
あれこれ組み合わせてより楽になっていくって流れが楽しいので
すっかりはまって買ってはやっている。
アトリエシリーズとしては10作以上出てるっぽいけれど、
大体三作括りで3部構成、
三作同士では時系列ごとに前作キャラが登場したりと言うのがあり、
三作が終わると世界ごとがらっと変えるという手法のようだ。
個人的には今のシリーズが好き。
大体において終端物が大好物であるので
それを扱っている今シリーズは好きでないはずはないのだった。

でその紹介としては、
終末世界の話で、人口は激減しており、徐々に作物の収穫高も減っている世界で、
それでもどこかノンビリ牧歌的な雰囲気の中で錬金術師を操作して第一部では
行方不明の妹を探しながら疲弊した世界を知り、
第二部では偏狭の地の役人として錬金術を使ってお役目を果たしながら
さらに世界観を深めていくと言った感じの構成で、
多分今年に3部目が出る予定だったと思うので続きが楽しみ。
楽しみ、の前に『エスカ&ロジー』をちゃんとクリアしなくては。。。

もし自分ならどういう3部目にするだろう?
今までの流れで考えて、私なら魔法使いが錬金術師に弟子入りする話が見てみたい。
一作目、二作目ともに冒険の仲間に魔法使いと言うのが存在して、
錬金術という摩訶不思議な術とは
また別系統の不思議術として魔法が存在する設定の世界として
描かれており、世界の疲弊の原因が錬金術にあると言う流れできてるので、
魔法と錬金術の関係性みたいなのを副題にしたら面白そうと思う。

なるほど、こういうのが同人を作る人の思考か。
既存の物語に対して続きを自分ならどうするか。
そういうのもいずれはやってみたいと思わないでもないけれど、
やっぱり今は自分もお話を創る側になりたいと言う欲求が強いというのが
ゲーム話にかこつけて言いたかったこと。
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