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みかた

1891

してないからといって嫌いであったり興味が無いとは限らない。
私は人生でテレビドラマを片手で数えられるほどしか見たことが無いのだけれど、
ドラマは面白いと思ってたりする。

実写の物、映画とかドラマは役者さんが演じるわけだけれど、
当然内容によっては実に憎たらしい役など
見てて負の感情へ訴えかけさせる為に配置されたキャラが出てくる。
良い物語で、良い役者であるとこれがまた実に憎たらしく、
こちらもガンガン感情移入しているものだから、
当然むかーってさせられそうになるのだけれど、
そういうときに、「いや~素晴らしい演技だなぁ」って逃げを打ってしまうときは、
やはり自分はずるい人間であるなぁと反省するのである。

1890

Dear my soldier

-M・E・M・O-

1889

後ろ髪変更。
前アシンメトリー後ろ大体シンメトリーから両方アシンメトリー。
それに伴い上げたときに三つの触覚の向きを変えねばと思ったけれど、
ねじって上げたら最初思ったとおりだった。

do not feel. think...

1888

性根では感覚賛美者であるために、
それゆえ常に私は考え続けなければならない。

例えば素材選択。
古典SFが大好きであるのでいつかはやるけど、
今現状そういったものは受け入れられない世の中だ。
単なる流行廃りといってしまえばそれまでだけれどそれでは芸がない。
考える糸口はどうして作った人が作ろうと思ったかだ。
昔と今の違いは?ひとつあるのは今を生きる我々にはあまりぴんと来ない
宇宙競争時代があるかもしれない。
宇宙旅行宇宙旅行と耳にすることが多ければそれだけ夢広がりんぐだろうし、
今は冷戦も終わって資源枯渇枯渇といいつつも、
今までどおりの資源の使い方で宇宙からその資源を見つけてくるよりも
違う使い方をしたほうがお金がかからなそうとなってきてるんじゃあないかしらん。
後ちょっと前までは人口は増える一方だったけれど、
よくよく見てみると、先進国はすっかりどこもかしこも少子高齢化社会。
発展途上国だって先進国を目指しているのでそのままいけば
世界中で人口が延々右肩上がりではないかもしれないってなれば、
地球の外にフロンティアを求めなくてもよくなる。
環境問題だって、なんのかんの言いながら改善したりもされてるから
いずれ地球に住めなくなるんじゃないか?って恐怖も薄れた。
住めなくなるんじゃないか?って恐怖はもうひとつ核戦争があった。
特にちょっと前までは世紀末であり、世紀末は何となく終焉っぽいイメージがあるため
割とたくさん終末論が溢れてる次代だった。
映画とかでもしょっちゅう地球に隕石とか降ってきてたしね。
でも次の世紀にきちゃったのでそういうのもなくなってきて、
核戦争も起こりうるか否かはともかく、核爆弾が出来てからずいぶんたったけれど、
結局戦闘で用いられたのは日本の二発のみなので使われなければ
人は忘れてしまえる生き物なので恐怖もしなくなる。

こうして今適当にあれこれ理由付けっぽいのが出来るように、
考えようと思えば考えられるわけだから考えざるを得ないわけだ。

宇宙旅行を夢見る時代ではない。
でも時間旅行は何時の世も人の夢であるために、
題材としては普通に通用するんでしょう。
今の時代すっかり皆さんの知識量も増えて、時間と空間は同じ物と言う認識があるために
時空、つまりただ時間を行き来するんじゃなくって世界そのものに対するアプローチとかも
普通にやられるでしょう。
じゃあ時間旅行物を考える?
何度か言ってるけど実は話としてはもう考えてるが、
個人的には時間旅行物などはやっぱり古典に位置するのでそれ以上考えてない。

どんなネタが面白いだろう?
私ならやっぱりヴァーチャルリアリティかな。
世界を行き来するんじゃなくって世界が重なる方が私は面白いと考える。

1887

いずれ人体についてちゃんと勉強しなおさなきゃなぁと思ってます。
勉強、嫌ですねぇ。

寸法

1886

人って基本的には常に比較する生き物だ。
考え方だってそうだし、物をただ見る場合だってそうだ。
背の高さ、お金の稼ぎ、顔の造詣、賢さ、考え方等はもとより、
目の前に写真があって、その中の物体がどのような大きさかを知りたい場合、
その隣に誰にでもわかるような比較対象を一緒に写せばわかり易い。
自分より大きい!って伝えたければ身長160cmの人間ですって隣に並べて
自分より大きいネズミ発見しましたって見る人に伝えることが可能となる。

キャラ絵なんかでも比較対象はさまざまだけど、
しばしば現実世界の人間を比較対象にし勝ちであるので
他の部位の比率よりもウッカリ手を長く描いてしまうと
色んな比率を変えてる漫画絵であるにも関わらず
手が長いっておもわれちゃうし、
背景とかでも同じレベルにあるはずなのに、
並べてみると空き缶と人間の腰が同じ高さにあったら、
その絵は明らかに変だって思われてしまうわけです。

つまるところ、比較対象となりうる部分を大事にしてけば
割と変じゃない絵になってくると思われるわけです。

コロンブスの卵、眼からうろこ。

1885

人を見て感心したり取り入れたりすることは結構たくさんある。
それはそのまま仕草だったり言葉だったり、思考方法だったり。
ここ最近で人の行動をみてはっと気づかされたことは
一年くらい前にティッシュを出した際に、周りのあのビニールから
残り全てのティッシュを解放して棚に戻す所を見たときだ。
なるほど毎度出すたびに破ったところから強引に引っ張り出さずとも
一度に出してしまうやりようもあるのだなぁと感心させられた。
こういった日常の何でも無いような事とかもあるし、
言葉などもしょっちゅうで方言や口癖等気に入れば割とすぐに導入してしまう方だ。

油断も隙もない

1883

現実世界から取り入れられたり、
逆に虚構世界から逆輸入されることもありましょうが、
物語の中のキャラクターはしばしば”二次元的”なファッションに身を包みます。
男性ファッションで現実でお眼にかからないのは裸にジャケットを合わせる感じのやつ。
ファンタジー世界の鍛えられた戦士達などはすっぐ腹筋とか見せてきますが、
実際には真夏の暑い日でも腹筋さらけ出してあるいてる姿を見たことがありません。

現実世界でマッチョマンが見せたがるといえば普通大抵二の腕となるのでしょうか?
Tシャツでなくタンクトップ装備で鍛え上げられた胸元や
ぶっとい腕をさらけ出してる姿は見かけることがあるかもしれません。

うーむなるほど思わず面白い話だったかもしれません。
シンボルとしての鍛えあげられた割れた腹筋は二次元ではお決まりの記号になってると
思ってますけど、実際の腹筋って多分二の腕の力こぶと一緒で
ある程度力まないとくっきりと出ないから、
普段からさらす分には太さがありありとわかる大胸筋とか腕とかになるのかもしれません。
腹筋見せるのがファッションになるなら男性用のスポーツブラみたいなのが
衣装として存在してもおかしくないですもんね。
でも腕やらと同じく太さが如実に表れる足をさらすってのは見かけませんね?
はてさて『太さを魅せる』は単なる考え違いなのかもしれません。
「この鍛え上げられた上半身を見たまえ」ってのは想像できても、
「俺の鍛え上げられた太ももすげーだろう?」ってのは見られない気がする。
現実でも虚構でも。
鍛えすぎてズボンが入らないという言葉はあっても、
鍛え上げられた足腰をさらしたいから
半ズボンにランニングで街中を闊歩しますってのは何で無いんでしょうね?

ファッションとしての肉体美はチラ見せ程度が良いからなのかもしれません。
確かに虚構世界の腹筋だってチラ見せスタイルだったりしますもんね。
ファンタジー世界の人たちもファッションには気を使ってるのでしょう。

パソコンとワープロ

1881

勿論教えてもらえるのならば喜んで請いますが、
基本的には我流で描くと決めてますので、人様のやりようを
ネットサーフィンしてあれこれ閲覧することをしておらず、
現状のお絵かき業界の技術がどのような物かの真なるところは
正直わかりかねますが、個人的な認識のもと(いつもそうだけれど)
お話をしたいと思います。

お絵かきの世界はパソコンを用いられるようになってきて
割と日がたったかと思います。
絵と字は関係性が見られまして、ちょうど具合よく置き換えることが出来ます。
それはペンと紙、パソコンにモニターキーボードとの間に”ワープロ”なる物が
存在することです。
ちょうど携帯電話やピッチの前にポケベルがあったのと同じように、
割と便利なツールとしてどうやら広まったと見えます。
ワープロが何かといわれると、どうやらタイプライターの強化バージョンで
要するに”清書”するための道具であるのです。

この”ワープロ段階”が実は中々曲者のようでして、
今私たちが生きている社会ではパソコンが何処にでも転がってて、
触って当たり前の時代が来てずいぶんたった為、
IT時代も普通となったなぁと思われるかもしれませんが、
実際問題そうは問屋が卸してないようです。
何故ならば今のお偉いさん層はまだまだパソコンが普及してない時代から
バリバリやっておられる世代であります。
パソコンが進出する前のワープロと言う存在を実体験として
やっておられる世代であるとも言える存在のようで、
パソコンをワープロとして利用している事が実に多いのであります。
そのため、パソコンを導入することによって余計な手間が増えていることが
極めて多くなっているのが現代社会のひとつの姿であるように思えます。
本来のパソコンはそういった手間を代わってもらう為の道具でありますが、
これは実際のところはしょうがないことで、世代交代につれて
技術も革新しますのでそれを待つしかないという感じのようです。

勿論どの世界にだって最先端と最後尾が存在するわけで、
こうした話は実際のところ先端を走る人には未だFAXが存在する日本社会が
滑稽に映るのと同様に感じるかもしれませんし、
パソコンを導入しなくても旧来の業務形態を続けている所だって存在するでしょう。

さてさて絵も割りとこんな社会の構図を受け継いでおりまして、
現在のお絵かき世界はいわゆる”ワープロ”時代であると思ってます。
携帯電話で言うなら2000年代くらいだと思ってます。
携帯電話ってものすごい勢いで普及しましたので、
2010年代に生きる人にとって携帯電話を描くことに実体験を伴うことは
何の問題もないものですが、
ほんの10~20年くらい前の世紀末前後の時代ってドコモで言うならMOVAが多分
わーっと流行りだしてみんな持ち出した時期だったんじゃないかなぁと思いますが、
その頃って本当に流行の先端であって、持ってない人とかも普通に大勢いましたし、
特に創作活動をおこなう人などは創作活動に時間を割かれ勝ちであるようでして、
小説とか漫画とかで携帯を描ける人の方が少なくって、
2000年?くらいでも携帯電話を描くことができず、
苦肉の策で昭和後期チックな世界を描いた作品がとても多かったと思います。

それはともかくとして、何事にもタイムラグが存在する物のようだと言う事で、
私が期待しているのは現状のワープロとしてのCGじゃなくって、
パソコンとしてのCG的なお絵かきだったりします。
文字のワープロを実際に使ってた世代は私より上でしょうが、
私の絵は完全なワープロ的な絵でありまして、
上記と照らし合わせて見ると未来をどちらかと言うと他人様に
期待せざるを得ないかとも言えますが、自身がどうあれるかはともかくも、
ワープロ時代を乗り切って新しい技術世界が到来することを夢見てます。

1880

腕相撲やるんだろうがコラァ

人事を尽くして為すがまま

1879

最近は自分の絵を全く客観的に見ようともしてないので、
間違いなく黒歴史になるんじゃないかなーって思ってます。
後からみたら何だよこれはさすがに口がしたすぎるよアゴが無いじゃん
みたいに思うんじゃないかしらん。
実際のところ明日の自分は他人でありますので、
他人がどう思うかは正直コントロールを利かす所ではありませんし、
そこに興味は持てない物なのでどうでもよろしいところ。
どう思われようと次に絵のランクが上がるのは
漫画を描きまくれるようになって絵を描く絶対量が増えたときに
訪れてくれるんじゃないかなぁと期待しておりますますゆえ、それまでの材料と、
その後に訪れるであろう問題に対する種をのんべんだらりと
集めてると言う感じなのであります。

気温

1878

冬生まれゆえに寒いのは割りと嫌いじゃないんだけど、
暑いのも割りと嫌いじゃない。
体も動くからだろうか、気温の上昇とともに気力も上昇する感じ。

暑いので困るのは何でも冷蔵庫になること。室温保存がかなわない。
冷たすぎる飲み物にも困り者だけれど、
冷えたチョコレートはよりよろしくない。
妙に硬くなるからね。常温保存に限る。

生まれながらに皆平等

1877

加齢は皆に与えられた平等の権利。
願わくば加算でありつづけたいもので、
あの頃はよかった、などと思う未来が訪れないことを祈るばかりです。

でも
「最近の若いもんは」
「昔はな?」
って言う煩い老人にはなりたいです。
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