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うらはら?

2029

女装趣味、女形、ただの中性的。

ヘンテコデザインセンス故のヘンテコキャラデザとはうらはらに、
設定はスタンダードが主です。
なので見返してみるとガッツリオカマなキャラは今まで描いておらぬようです。
キャラとしてのオカマって好きですけど、
好きゆえになんだかそれだけでキャラ付けできてしまう感じがちょっとイヤのようです。

2027

弓って和洋で若干違うみたいで、矢を番える際に、
右側に来るのが和、左側に来るのが洋って感じのようです。
弓を立てずに寝かせた場合に矢を上に番えられるのが
洋弓って感じらしい。実際にどうかは知らない。持ったこともないし。
アーチェリーと弓道に関してはずいぶん競技性が違うみたいで
一概には比べられるものではもはやないようだ。
持ってる知識はそれくらい。

だもんで、よく分からないから描いて見た。

続・背景

2026

雑い背景その2。
絵を練習しだした際に、箱やら○やらばっかり描けと言う
実に無味乾燥な事を言われることがあると思う。
コレは実際に実に理にかなってて、町並みはもとより、
自然物、人間だって全部箱で簡略化して描く事が可能なのだ。
理には適ってるけど、勉強や機械物と同じで、
まず説明書、まず文法から、ルールをまず把握しましょうと言うのは
向き不向きが存在いたします。
その人の特性にあって、完全実践型なら遠回りでもそっちに進んだ方が良いし、
辛抱強い人や合理的な人はそういった先達の知恵に預かれば良いのです。

人も建物もルールは同じだ。対象物への近さ遠さがあるから
ちょっと違って見えるだけのようだ。
はっきり言って全部パース線で描いてしまうのが結局は一番な気はするけれど、
そうしない場合は、目に見える基本ルールを適用するのが一番か。
画面内に地平線があれば目の前にある建物は屋上が見えるけど、
地平線に行くにつれだんだん屋上が見えなくなっていく感じ。

背景

2025

何も考えず適当に風景練習。

時間短縮の為に背景は一発描きに近い感じでやりたいものですが、
さほどスキルを持ってないので、風景メインのコマの場合は
大体こんな感じにざっくばらんに描き込んでからちゃんとします。

キャラもそうなのですが、風景画も実物を見ながら描いたとなると、
義務教育までさかのぼらないと出てこない程度に経験値が無いので、
スキル不足なのも致し方が無いと言い訳するのです。
幸いなことにノウハウが存在するためにオコボレに預かりながら、
そうした『実務経験』の無さをごまかすのです。

将来的に時間が出来たら旅をしながら風景画を描いて
スキルを高める、なんて人生が訪れたら素敵ですね(ららら三段)。

さかさま

2024

たまには上下逆に描いてみるのも良いかなと思って
ぱっと浮かんだ絵がこんなの。
浮かんだ絵は眼帯は黒で髪はショートでオデコは標準だったのですが、
せっかくなので、もっさもさの毛でも描くかと思ったのと狭いオデコもよかろと思って、
描くときに変えました。
もっさもさにしたアオリで眼帯を薄めにって感じ。
自分で描いておいてなんですが、見てると目がシパシパしてきますね。
上下さかさまにしても顔に見えるヤツみたいに普通に正面向いてる風に見えてくる。

他者の目からはちゃんと逆さまに見えると良いのですが。

決めあぐねているのかい?

2023

夏は暑くてエネルギーを消費するためか、
食欲が増す。
沢山食べたら、その分だけ消化にエネルギーを取られるので、
コレは面白くない。
物足りない状態で食事を終えるのは心地よいものではないけれど、
腹七分目くらいが私にとっては具合が良いようだ。

でっかいババァ

2022

テレビ買ぉてくれへんか~

後は野となれ山となれ

2021

結構良い言葉ですよね、野となれ山となれ。
やけっぱちって感じが本来でしょうけど、
人の力が及ぶのは今ばかりって感じの言葉が好ましいですね。

白め

2020

デカ目メイクは中々威力のある化け方でありまして、
その効果のほどは皆々様もあるいは実感されているかもしれません。
僅かな枠線の強化によって目的が為される場合は、
中々自然な物で正直細工が施されていないという錯覚すら伴うほど。
しかし物事には限度がありまして、
理想のラインを得るために多少の無茶を許容せざるを得ない場合は
ちょっと不幸なのかもしれない。
そう、「白目ないやん」とか少しも思ってはダメなのである。

2019

繋がってそうでバラバラ。

見聞き

2018

一から十まで見たり聞いたり言ったりしたことを覚えていられれば
それは理想かもしれないけれど、中々そうは行かない。
一度見たら忘れない、とか一度聞いたことがあるから、
といった風に何でもかんでも引っ張り出せなくても、
10の内いくつかはそういったものがあったりするもの。
そうしたものの数が増えればそれはうれしいことだ。

[文]雨・誘惑のヘニーデ4後

「しかし当時の私にはそのような余裕はありませんでした。必死でした。
家族にはずいぶん当り散らしたものです。申し訳ないことをしたと思います。
だがその時の私にそのような冷静さは無く、それどころか、家族の呪縛こそが
私を縛る最たる物であると、新月の夜の闇の中、家族らの眠る床に立つ私の脳裏に
そのような邪悪な心が一瞬、本当にほんの一瞬ですが擡げる事さえあったのです」
「・・・・」
「私は焦燥感に苛まれ狂っていくような感覚と平行して、
常に冷静であれという心を持っていました。
それはひょっとしたら常に素面であったことも助けになったかもしれません。
そう、私は決して酒におぼれることだけはすまいと誓っておりました」
「何故ならば私の父が酒に溺れ、妻子に手を上げる存在であったからなのです」
「ああそうです、私は父のようにだけはなりたくなかった!」
「―いえ、すいません少々興奮してしまいました。
ある日です。その日は描けなくなった日と同じく唐突に訪れました」
「私はある日突然再び絵が描けるようになったのです」
「本当に唐突でした。まるで堰がされていた川の水の如く、
溜まったものが溢れ出てくるかのように私の腕は動き続けました。
そこには再び描けるようになった喜びはありませんでした。
いえ、それどころか今にして思えば何の感情も無かったように思えます」
「描ける様になれば再び生活は元に戻ると信じておりましたが、
事はそううまくは運びませんでした。再び描き出した私が生み出す絵は
どこか以前と違ったものになってしまったようなのであります」
「自分で言うのもなんですが、出来上がったものは以前にも増して出来栄えのほうでは
誇れる物がありました。作風が極端に変わったわけでもないのです」
「私の絵は全く売れませんでした。以前と遜色ないものであるはずなのに」
「ただただ私は夢中に描き続けました。一週間描き続けては倒れ、
しばらくして起き上がっては再び描き続けるといった
常軌を逸したものであったと記憶しております。
私の体は睡眠も食事も必要なくなったようでした」
「そのような生活はあっという間に私の姿をやつれさせました。
古い馴染みが私を心配して筆を止めるように言ってくれました。
しかしそのときの私にはその言葉の意味が理解できる物ではありませんでした。
絵を描き続ければ再び元の生活に戻るはずだと信じていた私にとって、
再び自身の意思で筆を止めるという行為は全く考えの及ぶ物ではありませんでした。
馴染みは私が取り付かれているといいました」
「狂気に・・・いや、死に」
「そして絵もまたそれに取り付かれておりそれ故に買い手が付かなくなったのだと」
それからどうしたのですか?
どうしたんだったっけ。私はそれからどうしたのだったっけ。
恐らく私は自身を見失ってここに懺悔に来たのだと思います。
「私は救われた」
生きることはつらいですか?いえ私にとって生は光です。
私は私と家族の為にも生き続けたいと心から願っています。
「私は救われた」
そうだ、ひとつ思い出しました。
静けさです。とても静かだったんです。今と同じくらい。
とっても静か。そう、死ではない。勘違いです。
私も、私の絵も静けさが内包されていただけなのです。
「私は救われた」
皆最後には分かってくれました。皆静かで穏やか。
ああそうか、私は初めから許されていたのか。そうなんですね?

雪の如く真っ白な砂浜。
真っ白なキャンバスに黒い影が点ひとつ。
規則正しく訪れる波のリズムは重厚。
やがて波は点を飲み込み、後には静けさ、波の音だけ。

ズァーン、ドォ、ザサーン。

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月明かりに照らされた海面は黒く、
日中の内海さながらの青緑の姿とはうって変わり、
俺の心をざわつかせる。

[文]雨・誘惑のヘニーデ4前

「私はこの三十年はずっと絵だけを描いてきました」
誰に、何に対する懺悔であろう。そうではないのか。
ただ私は半生を話さなくてはいけないと言う衝動に
動かされている。
「運に恵まれたのでしょう。無我夢中でやっているうちに、
十年足らずで私は個人で小さいながらも展示会が開ける程度には
やっていけるようになったのです」
「なるほど」
「ささやかであろうとも自身がやりたい事をやって生活の糧を得、
そして妻子にも恵まれ、私は私自身の人生に不満など何一つありはしなかったのです」
「素晴らしいことですね」
「はい、ありはしなかったのです。私は幸せでした」
「私は幸せだったのです」
「幸せでした」
「何も、何も無かったのです。私はある日線の一本すら引けなくなりました。
何の前触れもありませんでした。何も無かったのです」
「…どうなさったのですか」
「とても苦しかったです、それまでの人生でそういうことはありませんでしたし。
しかし生きている以上そういった事は起こりうることだと私は私自身に言い聞かせました。
乗り越えるため様々なことを試みました」
「・・・・」
「しかし何も奏功することはありませんでした。最初の数ヶ月は良かったのです。
私は絵描きです。絵描きが絵を描けなければ当然収入に響きます。
生活は次第に苦しくなり、一年もすれば忽ち妻の収入に頼らざるを得ない物となりました。
家族の目は容赦なく私を責め、それはますます私の腕をがんじがらめにしてしまうように
私は感じました。しかし今にして思えば、あれは苛みの目ではなく、ただ心配してくれていた
だけであったように思えます」

遭遇、モスキートゥ

2017

ペンの方が悪いのだってずっと思ってたけど最近
ひょっとしたら自分の方に原因があるのかも?と思い始めてきた。
ずっと昔のボールペンって何かどこか紫がかった感じの黒で
微妙だったけれど、最近のってちゃんと黒いし、何より出が良いのが多い。
しかしそういったペンを使ってるとインクダマリが出来てしまうのだ。
ボールの隅っこから時々大きなインクの塊がどばっと出てしまう。
好んで使っていたヴィクーニャなど常時駄々漏れで
ペン先どころか持つところも、当然指などもわりと汚れ放題。
同じ品種で違う個体の物を使ってもそうなので、
良い色なのに残念特性だなぁって思ってたのだけれど、
最近別のボールペンつかってても同じようなことが起こったので、
ゲルインクと何か相性的なものが存在するのかもしれないと疑い始めた。
筆圧は極端に高くも無く薄くもなく、ペンの角度もまぁ多分普通で
持ち方も教科書チック。何が悪いのでしょうね。

Curiosity killed the cat

2016

夏でしかも雨が降ると湿度は結構すばらしいことになる。
肌の摩擦係数が上がるのは些かに不便ではあるけれど、
乾燥肌の身としては冬の乾燥よりは余程に良いのである。

アオリ?フカン?

2015

実際のところ絵の技術はシンプルな制約に沿うところから始まります。
目標は勿論個人個人の設定によりますが、
基本的には目の前、あるいは脳内のビジョンを正確にあるいは良い感じに
表現したいという所にあり、それに向けてのやりようをあれこれ学んでくわけです。

ではシンプルなルールは何かって言うと、見え方に寄せるということです。
そして見え方もまた、シンプルなルールに沿っています。

それは、近くの物は大きく詳細に、遠くの物は小さく曖昧にうつるというものです。

目の前に人の顔があるとして、当然近いため目が合うくらい詳細に見ることが出来ます。
ところが百メートルも離れられると、目をあわせられない=目の位置が詳細につかめない、
更にもっと離れられると豆粒のように小さくなってしまいます。
この基本的な原理に上下左右前後と言う私たちの世界の広がり方を当てはめて
使える道具と言う形にされてるのが、絵をやり始めて通る道のひとつである
『パース』の概念となっているのです。
近いものは大きくきっちり、遠い物はあいまいかつ小さい、と言う原則は
何もこうした定規の話だけでなくって、焦点やカラーにおいても拡張できる概念です。

近いというのは普通見ている”目”からの距離をさしてますが、
最も手前側ではなく、画面上の適当な点に置いても良いのです。
そこに焦点があってる画面なんだっていうことにして。
焦点があってるところはくっきり、離れるほどぼんやり。

カラーの場合は?簡単な例を挙げますと、山と空。
山は木々生い茂る普通の緑、天候は晴れ。
山々は何処までも広がり、地平線の彼方まで。
目の前にある山はとってもグリーンその後ろに広がる青空。
地平線はどうでしょう。山と空の境界線は曖昧です。
実は遠くの山ほど空色がかって行くのです。
難しく考えれば光の放射やらなんやらで説明付くのでしょうが、
絵を描くならフィーリングで遠くに行くほど風景は空(背後のフィールド)と同化してくものだ
って感じで良いのです。最後は一本の地平線となって同化するんですからね。

近いものほど鮮明。遠い物ほど曖昧、です。

ボッシュート

2014

あるいは人式投下爆弾。

アクロバティックの次はややアオリ気味。

聞いた話ですが、人の皮って結構頑丈らしくて、
飛び降り自殺をした際に、ある程度の高さでありますと、
地面との衝突の際に骨は砕け散っても皮は大丈夫であることがあるみたいで、
その場合地面にめり込んだように衝突部がペッタンコになってしまうそう。
日常生活で皮膚を破いてしまうシーンは時々ありますので、
皮膚も限度以上の力が加われば当然やぶけてしまうのは当然でしょう。
おそらく十分高い場所からの落下の場合は衝突時のエネルギーに耐え切れず、
弱いところから体内が出てしまうことでしょう。
それが口腔なのか皮膚の薄いところなのかあるいは末端部なのかは
分かりません。
描く側としては、スプラッター表現をやりたいわけでもないので、
今のところこれ以上考える必要性がないのは幸いです。

いずれにせよ落ちて死ぬ、と言う最後が訪れぬ人生であることが望ましいですね。

あくろバてぃっく(破裂音)

2013

うーむ、何か致命的な勘違いをしている可能性は否めない。

2012

そういえば意図的に構図を無難なラインにするようにしてから
ずいぶんたった気もする。
たまにはヘンテコなのとかアクロバティックなのにしてもいいきがする。
ガッツリあおりやフカンとか無重力感とか夕日とかの絵と同じで
それだけで何かいい感じに見えそうだしそういうのを多用するのもイヤらしい
と言うだけの理由で描かないのもそろそろアレな気もするし
次は適当に何か描いて見ようか知らん。

フルボッコ

2009

前回に習って圧縮版。
勢いのまま描いたらスペース足りんくなった。
前回と雑さはそう変わりないにもかかわらず
見づらさが大きいのはそれに因るものが大変大きいと思う。

ついでに四つ並べてそれっぽくしておしまいとしましょう。

more...

時間当たり

2008

前回の絵の反省から
単位時間当たりの情報量増加を心がけて見ました。
絵の状態としてはラフ以上下書き未満って感じのレベル。

記念撮影

2007

ラフいけど線が多い分普通に一時間はかかってしまった。
コレでは気晴らしに一枚、ってレベルではなくなってしまう。
もっと簡便にすべきだったというか早いところで気づいたけれど、
走り出した列車は止まらない。

お話にも枠内あたりの情報量に許容範囲があるのと同様に、
一枚絵においてもそれはあるようです。
この場合の情報量とは一般的には『線の量』や純粋に『書き込み量』
と言う言葉で言い表せられると思いますが、
ひとえにその言葉で表しても実情は少し違います。
画質方面の書き込みは許容量はかなり上の方にあるんじゃないかって感じます。
テレビ等の画質と同じ。
DVDやフルHDで十分きれいって思ってたけど、
ブルーレイや4kテレビ見てみるとやっぱり違うなぁって感じ。
じゃあ何を持って情報量と言うかって言うと、
『ウォーリーを探せ』方面になるかと思います。

見てみて、うおーすげーってなるのが画質方面で、
うおまぶしって感じで目がちかちかしちゃうのがウォーリー方面かなぁってところ。

みんないっしょ

2006

皆で堕ちれば怖くない。

この絵はスタンダードに黒ベタで仕上げれば完成。
トーン、斜線、黒ベタ三パターン吸血鬼。

ミイラとり

2005

氏曰く、動脈より静脈の方が好みらしいです。
私は飲み比べたことが無いので味の違いがわかりません。

ミニは自信の証

2004

男女間、年齢間で絵柄のデフォルメ比率をガッツリ変えるのも
アリだとは思いますが、好みとしては出来ればある程度統一したいもの。
しかしかっちり同じにしてしまうとツルツルのオジサンが出来上がったりも
絵柄によってはあり得ます。
それも好みではありませんのでさじ加減は行わざるを得ないと言えましょう。


個人的なキャラの加齢のやり方はあまり難しいものは取り入れてません。
皮膚のたるみ、頭骨の肥大、体毛の増減、頭髪の変化、って感じ?
後はそのキャラの経た人生によって脂肪と筋量の増減その他調整といった具合。

骨 竜 虫 人

2003

実力が上がればこういう殴り書きより若干丁寧程度の絵で
見せられるようになるんだろうなぁってずっと思う。
意図なんだよなあ。
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