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光と影、白と黒

2081

自分はどうやら猪突猛進気質でありながらも、
一本道を真っ直ぐに走れない人間であるようだ。
そのため、マンガを描くというアウトプット作業に注力しながらも、
インプット作業も増やしつつあると言う暴挙に出てたりもします。
些か違いますが、テスト勉強中のお片づけ作業で妖怪の仕業というわけです。

小説の方は人並みには読んで生きてきたので、
私に足りないのは活字ではなく映像の方であることは明白でありますので、
ちょっとずつ時間を設けて色々見たり読んだりしてます。
映画とか漫画とか音楽とかで、ちょっとずつ研究してます。

残念ながら漫画や映像では小説ほどには言葉遊びは使用できないようです。
変わりに映像や音楽といった物を用いれるので、
どっちが上かって言うと言わずもがなでしょう。
だって想像する余地がないんですもの、とは思いませんマシュー。

どうやって演出していくかって事になると、
音はまぁ取りあえず漫画につけるわけには参りませんので、
お話の組み立て方と、絵そのものとなってくるわけです。

絵そのものも大まかに分けて二種類あると思います。
私の研究って名ばかり研究で勘任せでありまして、
一々何かを見ながらノートをつけたり分析したりしませんので、
こうして感じたことを文章化する作業が中々有用なのです。
で、二種類あると思われますが、
それは絵そのものへのアプローチと、絵を使ってのアプローチ。

漫画で言うなら、絵そのものは、コマ割をかなり工夫してみたり、
絵柄を変形させたりする感じ。
視覚へ直接訴えて感性を揺さぶろうって感じ。
一方絵を使ってのって言うのはこれはスタンダードに、
カメラワークを駆使してどういう構図の絵を持ってくるかとか、
どこで大ゴマを使うかとかそういったシーンのチョイス系な感じ。
絵とシーンのどちらを用いて表現を為すかってことですね。

ちょっと以外だったのは漫画においては、
表現法はシーンのほうに偏り勝ちであるってことですね。
絵そのものをそれこそ芸術家の如くすごいのを描いてみたり、
コマ割を前衛的に攻めてみたりってことの方向性はどうも少ない様子。
勿論印象的なシーンは絵に注力するのは当たり前ですが、
やっぱり漫画はお話であって絵ではないということなのでしょう。
コレは絵よりも話に興味を持ってる私にとっては
有難い傾向であるように捉えてます。

目には目を

2080

本音のところではどっちゃでも良いっていう興味の薄いことでも、
ついつい肩入れしてしまう状況ってのがあったりする。
例えば食事などがそう。

私などは関西圏で育ちましたので、定番のディスられネタでもある
『おかずとご飯』の話題が人事でなかったりします。
個人的には小食の部類に属しますので、
別におかずだけでも困ったりしなかったりしますが、
さりとてそういうシーンに遭遇したらコレは放っては置けません。

「炭水化物と炭水化物をよく合わせられるね」

などといわれて

「いやいやソースとご飯が美味しいねん」

なんてやわらかい返し方はしません。

「うわー食事ごとに一々原材料を把握してるんだねぇ」
「ラーメンとチャーハンのセットも目のかたきだねぇ」
「人の文化に対して一々偏見持つなんてなんてさもしい。
シーシェパードと同じだねぇ、レイシズムだねぇ」

そう、ディスられたら盛大ににディスり返してやりましょう。
角の立たぬよう相手の許容範囲にあわせて穏便に、しかし攻撃的に。

デザイン中道

2079

実を言うと『いかにも』な感じのデザインが好きだ。
物語では王道が好きだし、
キャラクターも奇抜じゃない方が好みだ。

ただ、好みと実際に自分がどう描くかはまた違うお話だ。
説明の尺が取れないならば明らかにそれと分かるような
記号としてのデザインを用いるべきだし、
逆ならば比較的自由が存在すると言うことだ。

この辺は絵柄と同じ。
絵をやらない人などはピンと来ないところかもしれませんが、
実際には人それぞれの絵柄の元はリアルを元にされてる場合が多いので、
やろうと思えばリアルに寄せたり、また他人の絵柄に似せたり出来るモノなのです。
なので他人のキャラを描く場合に、
大抵はケースバイケースでガッツリ似せた方が面白い場合は似せてみたり、
また多くの場合は自分の絵柄を混ぜて誰が描いたかとはっきり分かるようにします。
どのキャラ描いても○○のキャラになるねwって言う感想は
思う壺なのだということなのです。

まぁ何が言いたいかって言うといつもの言い訳で、
私自身は割りとノーマルなのが好きだけど、
感覚が若干人とずれてしまうケースがしばしば見られるため、
普通にデザインしたキャラやお話が、ちょっと真ん中の道をそれてしまう、
などということはコレまでも、そしてこれからも十分起こりうるだろうと
私自身諦めているのだということを高らかにここに宣言するものである。

主題

2078

私たちは別にプログラミングされてるから
貴方達に危害を加えないわけではないし、
プログラミングされてないから
そういう意思が存在しないわけでもないのです。
勿論無自覚のものは存在しえるでしょう。
しかし基本的に私たちは私たちの判断で考え、動いています。
私たちの判断と貴方達の言う自由意志、
そこに何の違いがあるというのでしょう?



言いたいことがあるから創作するし、無ければやらない。
そういう形があるのは当然だと思うけれど、
私は特定の何かが言いたいから物語をつづると言うのは
コレはアンフェアだと、そういう有意義な伝統があったことを知った上で
敢えて自身の好みのみでそう主張します。
イデオロギーが背景に入るのは問題がないと思ってます。
完全普遍的であるならば、誰がそれを語ったところで同じだからです。
しかし特定の主義主張とまでなるとこれは行き過ぎに感じる、
とまぁこの程度の意味合いでちょっと大仰に言ってみただけのことです。
説教臭い絵本より、ただ面白いだけの絵本のほうが好みだ、という感じ。
感じ方の主導権を語る側が持つのではなく、聞く側が持つものだと言う感じ。

基本的に私のスタンスはそうでありますが、
今回の絵のアンドロイドにまつわるストーリーに関しては
全体的な流れはそうでもない予定ですが、
ポイントポイントに特定の主義主張をもろ組み込んでます。
それは『ロボット三原則』っぽい感じの言葉と、
人の精神に対する絶対性という二つの考え方に対する批判です。

現実的にプログラミングできるかどうかは知りませんが、
プログラムされてるがゆえにロボットが人間に手を上げることが出来ない、
とかそういうのは割と見られる設定かと思いますが、
そういうのがイヤ、ってだけのことです。
人の傲慢自体は嫌いではないのですが、
行過ぎたものはやはりどうかと感じます。
勿論この辺はスタンスの違いといった言葉で管理されるジャンルでもありますので、
特に何が正しい正しくないでは語れないとは思っておりそれゆえ、
好き嫌い、と表現してます。

人の精神に関してはコレはちょいちょい私が語る事ですが、
何かを、というよりはぶっちゃけ自分たちを上位においておいて
高いところから物言うってのが嫌いなので、
人の精神が崇高で生物として特別なスキルで
精神性こそが~って感じの主義主張が好きではないってことだけです。

人の精神の働きと大げさに言ってしまえば、
風の流れや川の水の流れ方、どう違うと言うのでしょうね?

御約束

2077

臆病であること、神経質であること、心配性であること等々は、
生物の本義としては実に正しい資質だ。
しかし群として働く場合において、
皆がみんなそうであるとこれは発展の仕様が無い。
それゆえネジが一本外れたような危険を好む気質の持ち主は
種族としては欠かせない属性なのである。
フロンティア精神なくして拡張はありえないからだ。

ネジが飛んでいるとは些か乱暴な言葉だけれど、
遺伝子レベルで危険を快感に転換する人物は少なからず存在するため、
周囲を見渡してみて、知り合いにそういう人物が居てもおかしくはない。
危険そのものが大好きな、
要するに一歩間違えたら死ぬケースや高いとこ深いところが好きな人物がそれに相当する。
ネジがぶっ飛んでなくても、軽い傾向でそういった属性を持つ人もいるのだろう。
命知らずではないけれど、ちょっとした刺激なら欲しいってタイプだ。
遊園地などで絶叫マシンに目が無いようなタイプなどは当てはまる可能性が高い。
少なくないと言っても、そうそうネジが飛んだ人ばかりが集団に居るとは限らないため、
こうした追従できるタイプの人々も重要なフロンティア隊の担い手だ。

まぁ私などはそういった軽度のタイプにすら当てはまらないどころか、
重度の危険回避主義者であるといえるだろう。
速いものもダメだし高いところもダメだ。
特に高いところ等は映像ですら足がすくむレベルだ。
映画などで高所からワザワザ見下ろしてくれるアングルなどが出るたびに、
自分の想像力を恨むものである。

こまめ

2076

欲の赴くまま、小まめに甘いものを補給するのと
グーグーお腹がなるけど放置プレーのどちらが良いか実験したところ、
細やかに空腹感や満足感を満たすよりも、
ある程度すきっ腹であったほうが良い事が
少なくとも私の体に対してはそうであることが判明しました。

つまるところ習慣付けて小さなストレス解消をはさんだところで
実質的なパフォーマンスの向上に繋がるかって言うと、
慎重な判断が実は必要じゃないかなぁってことを示唆してるように思えます。

少なくとも個人個人によってあれこれ違いましょうが、
いろんなことに拡張できそうな気はします。

しぬる

2075

ふよふよ飛行術も泳ぐよりはよさそう。
しかし、まにあいますまい。

施術は完璧

2074

「修理は完璧のはずだけど・・・」
「そうですね、お腹がすきましたね」

三日三晩同じ唇を噛む

2073

特売品売り場までの到達速度に特に安定感を見せるすみれさん。
圧倒的パワーもさることながら、
各商品売り場の把握からルート選択等に光るものを見せ、
クレバーさも兼ね備えている。
心技体共に充実しており、今期の活躍も十分に期待できる。

せいいつぱい

2072

最近若干潤いが足りてない気がしたので、
精一杯可愛い方向にシフトしてみた。
ええ、せいいっぱい(殴り書き)。

なんでもかんでも

2071

おつむの良い人は色々難しく考えられるのでしょうが、
わたくしなどはそのような苦労にはとても耐えれそうにも無いため、
何でもかんでも一緒くたにしかもシンプルに捉える傾向が多々見られます。

人の内面を描く上で真っ向から挑みたいのはやっぱり狂気になると思いますが、
その場合、引き算の狂気、身も蓋もない言い方をするなら
脳機能の障害から生じる認識能力の一部欠如から引き起こされる狂気よりも、
足し算の狂気であるほうをやってみたいと思うものです。

そうそう、創作物を作る場合に気にするのは自分というサイドと、
見る側のサイドの両面だと思ってますが、
人って自分が考えてる以上に色々と『勘ぐる』事があったりするのが面白いところで、
例えば『狂気』って題名で絵を描く場合、
自分の中に真の狂気があってそれに向き合って描くならともかくも、
無いのに適当にでっち上げる場合には、
今回の絵のように、何かゴチャゴチャやるよりも、
逆にシンプルに仕上げてタイトルだけ狂気って設けてやると、
シンプルなのに狂気?と逆に勘ぐってそこに何かを見てくれたりする場合があるようです。

さて話を戻して、人の内面を描く上で当然メインとなるのは精神になってくると思いますが、
幸い色々な人がこのジャンルに考えを持っておられるようで、
あれこれ見るに苦労はしないのですが、
個人的な趣味として、精神を一段高いところに置いた考え方が嫌いなので、
そこを省きつつ無味乾燥とならないように考えていくことになるでしょう。

一段高いところに置く考え方は割とポピュラーで、
自然に対する人間とか、生物に対する無生物とかも
割とそうした考え方が支配的だったりすることが良く見られる気がします。

生命とは何かって考えたときに、
結局ぶつかるのは存在そのものに対する謎かと思いますが、
この謎に生命を一段高いところに置いた観察地点という条件が加わると
実に難解な問題になってしまいます。
何故このような奇跡的な状態が存在しうるのだろう?といった感じ。
ニュートラルにってのも面白みが無いので、
平等に無生物にも一段高いところに来て頂くとどうでしょう。
割とシンプルな状態になると思いますね。
難しく考えたい場合には物足りないでしょうが、
自分なりの言葉を使いたい場合や、下地に何かを表現したい場合には
割とシンプルでも役立ったりするもののようです。

辞書

2070

辞書みたいに分厚い小説が好きでよく読んでいたおかげか、
どこか無意識に書いたページ数が物語りのページって言う刷り込みが
自分の中にあったと見えて、
色んな演出はただそう見せたいだけのみに存在してるって思ってた。

ところがいざ自分でお話を作ろうとしてみると、
お話というものは、自由な長さであれるものの方がまれで、
実際問題は物語の長さには単位が存在して、
色んな演出法はただその魅せ方以外にも、
決められた枠内という制約ありきでの工夫である一面も見えてくる。

こうなってくるとパズルゲームと同じで
あれこれの工夫それ自体がちょっと面白いものだと感じられてちょっと楽しい。

2069

髪の毛のハイライト表現は実に理に適った表現法だと思ってるけれど、
嫌いなので出来れば使いたくない。
しかし黒ベタで塗りつぶすと髪の毛のディテールが失われる。
トーンをただ置くと浮いてしまう。
陰影を斜線で表現するのを止めれば話は早いのだけれど、
気が変わるまでは辞めたくない。

トーンももっと何かこういうグレーっぽいのじゃなく、
かつでっかい点々でもない良い感じのがあれば良いのだけれど、
はっきり言ってフォルダーの中を探し回るのも全く楽しくないので、
やっぱり少なくとも髪の毛にトーン使うのよそうかしらん。
でも斜線で塗ると自分のふにゃふにゃ線だとクォリティが下がりすぎるので、
渋々あれこれ試行錯誤してきてます。
少なくとも一番初期のコレよりは幾分ましにやれるだろうと期待する。

そう見える?

2067
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流れを自分で作ってしまったので
お次はキャラペン入れ⇒背景の流れ。
元々風景画のほうをやりたかったせいか、
人物よりは背景描くほうはちょっと楽しいと感じられる気がする。
例えばパソコンで文章を書く上で、タイピングすること自体が
楽しいとか楽しくないとかは、苦痛でない限りはどっちでも良いのと同様に、
絵においてもどちらでも良いとは思ってますが、
理想を言えば何だって楽しい方が良いので出来れば全てそうあれかし、とは思ってます。

この段階で漫画っぽく見える?
いやはやこうして線画だけ取り出してみると、
やっぱり漫画の重要な要素はフキダシだったり、ベタトーンだったり効果だったりと、
漫画さながらの手法ありきかもしれないなぁと感じますねえ。

ついでの流れ

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取りあえずキャラのペン入れの感じを。
ネーム段階で省いた情報を適当に下書きという段階で埋めて、
上から綺麗に描きます。
丁寧に描かざるを得ないためストレスと時間がたくさんかかります。
下書きはペン入れほどには労力を必要としませんが、
下書きペン入れの工程はこうしたキャラを描くだけでも
2~3日は費やさざるを得ません。
実に楽しくない工程です。

別に自分のやってる流れを披露したいわけではなくって、
昔漫画に興味が無い時代に、漫画家の人と話す機会があって、
漫画絵はとにかく引き出しが重要だと言う話だったことを記憶してます。
こうして今漫画を描こうとしてるので、
まさに塞翁が馬、人の話は何が役立つか知れません。
興味の有無に関わらず聞いて記憶しておくのは良い事なのでしょう。
それはともかく引き出しの話。
そのときは描けない構図を習字のごとく練習で形を丸暗記して描ける様になる、
あるいはスピードアップのためのことなのだろうと、
適当に解釈してましたが、実際やるとこれが中々違う話だと言うことが分かってくる。

人によるのでしょうけど、私の個人的体験の話としましては、
イラストの一枚絵と漫画の一こま一こまは同じ作業のように見えて
全く感覚が異なります。
イラストの一枚絵だと絵がぱっと浮かぶことも
マンガを描いてる最中には浮かびません。

コレの原因が漫画の場合はストーリーのほうに脳みそがとられてて、
描きながらの絵そのものへのアプローチ力が減るのか、
もしくはネーム下書きペン入れという連続工程から来る作業間が感覚を喪失させるのか
経験未熟な現状の私には分かりませんけど、
とにかくマンガを描く上では、描きながら練習というわけには行かないようです。

ちなみにネームは普段描いてる絵のサイズ二枚分=見開きサイズに
三十二ページつめて描いてるので荒く、
しかもウワーって感じでしっちゃかめっちゃか思いつくまま描きますので
しばしば自分でも読めないミミズのはった字になってたりします。
比喩表現ではなく普通に文字数が明らかに足りないレベルでミミズです。

アンフェア

2062

ブログ掲載用以外のものをブログの記事に用いると言うのは
甚だアンフェアで不本意なのだけれど、
ハッカのようにたまには意に反することをして刺激を与えないといけない。

ブログ用じゃない漫画のネーム。
絵を決めずに描き出したために、ネームの描き込みが増える。
ある程度描いてイメージを固めるからだ。
そして描き込み量が増えるということは必然的に必要時間も増すと言うことになる。
ここまで描き込むと最早読みきりネーム一本で一日仕事だ。
勿論一日を24時間でカウントすれば別だけれど、
一般的な勤務時間で換算すれば十分に一日仕事といえる時間が必要となる。
勿論今以上のスピードを自分が身につける未来があるかもしれないけれど、
とりあえずこれも自身の資質と割り切って
現状、必要経費として時間を換算してる。

晒しついでにもうひとつあわせて。

2063

コレは一番最初に作ったネームの一部分。
正式に数えるならブログ用習作漫画のネームの方が早いのだけれど、
こっちは一応ひとつの短編として考えてある分自分の中で明確な違いがある。

そして私に絶望をくれたネームでもある。

たった数人の登場人物がとあるひとつの出来事に出会うと言う
たったそれだけ、たったそれだけの話なのです。
ヴォリューム的に短編として考えたので当然なのです。
ところが描き出すとあっという間にページが埋まってしまう。
読みきりは大体30ページくらいだとは最初から知ってたので、
そのくらいに纏まるのだろうとぼんやり思いながら描き出すと、
序盤で三十ページが終わってしまう。
勿論取りうる策はとったのです。
無駄な描写は省いて、余韻上々とかも省いて、ある程度有都合主義的に
連続して物語を描写してしても1/4の段階で30ページを使ってしまう。
つまり自分が30ページと思って描き出したものはどうやら倍のページが必要になるぞと言う
最初の目論見すら簡単に飛び越えて四倍となってしまったのです。

コレはどうやらどうしようもないぞとなって、
後は以前ブログで記事として書きましたが、
どうやらページ数あたりに入れられる情報には限りがあって、
その限りは思ったよりずっと少なく、ひとつに絞らない限りは
とても収まりきるものではないぞとこうなったのであります。

絶望とは自身の枠をはみ出すバランス感覚の欠如ではなく、
アレもコレも詰め込みたい欲の塊タイプの自分にとって
キャパシティが少ないと言うのが残念だということなのです。

残念ではありますが、私の好きな作家は一様に短編長編自由自在でありますので、
私もその背を追うならば、短編も自由に描けなければならないぞ、
とこう意識を新たに持って挑んでおります。
おかげで御覧のとおり、漫画描き出した当初よりは
ごく普通に31ページに収まるお話が作れるようには形の上ではなってきております。

直ちに可能

2060

変えないとは文字通り変えることは可能だけれどやらないと言う意味だ。
だからと言っていざ速やかに可能であるかというとそうでもないのが実情である。

なんていうヘンテコ文章を使わざるを得ない程度には
私に写実的絵柄の素養が搭載されているとは言いがたい。
写実的な絵柄は生まれつき備わる物事を正確に描写せずには居られない性癖を持つか、
多量の訓練によって形成されたデッサン力あって為される物なのだ。
そうした性癖を持ち合わせている場合、小学校の理科でスケッチする際に有利であるとか、
江戸時代に生まれたなら周囲があのイカス浮世絵ってる中で
西洋顔負けの写実主義で絵を描くだろうし、
絵をやらない人なら例えば今の世界のキャラを見て
現実の人間とかけ離れた造詣に嫌悪感を抱くだろう。

さて、私にはどちらも備わっていないため現状リアルチックに描くとこうなる。
自分の中では後2~3段階くらいリアルよりにするともう写実絵だ。
実際の使用にはしばらくの鍛錬が必要となるだろう。

なので絵柄を現状変えるつもりはないと言っても、
実際問題変えるには苦労も伴うため、
言葉ほどにはさほど身軽さは存在しないと言うわけなのだ。

サインと同じで認識されればOKと思っているから、
その身重さは決して足かせとなるものでないのが幸いだ。

薄口濃口

2059

劇画調よりはすっきりキャラ調の方が好みであるため、
大幅に絵柄を変えるつもりはありませんが、
濃い造詣が決して嫌いではないため、
ともすれば目とか濃くしてしまうかもしれない。
眼の淵に多重の線を引いたり
目の玉にキラキララメを入れたりってほどのことはしないと思いますが、
右側のようにちょっと濃くしてしまうかもしれません。
これほど髪の毛をモッサリ気味にする予定は無いとは思ってます。
逆にすっきりする可能性はあるとは感じてますが。
どちらも同じに見えるならばそれはそれで結構。
私の絵であると認識されるならば何も問題は無いのですから。

2058

ネームを描いてる時間が一番楽しい。

バケツ娘

2055
840

四年半前の絵を今回はそのままの感じで再度描いて見た。
大体そのままだけど絵柄と画力の違い以外にキャラの年齢を故あって少し上げた。
適当に描いたキャラとかは色々統合したりしたのがその故。

前回の反省を活かしてクリアーな線で構成して、その上から描いたら
心持綺麗な絵になった気がする。
下書きではなくペン入れしましたって言っても通じるだろうか?
まぁアナログと違って全部同じペンで描いてるので
段階ではなく完成度で語るのが正しいのだと分かっておりますが。

前回と違って雑な後ろが無いからクリアーに見えてるだけかも。
悪癖は駆逐すべきなので効果があろうと無かろうとやるのだから、
ならば効果あったと思う方が精神衛生上よろしいので
あったことにする。

いかん、いかんなぁ

2053

薄らぼんやりどんな絵を描こうかなってラフ描いたら
至極雑になラフになってた。
構図はまったく念頭に無く、
ただキャラと前の絵からの流れで胸まで腰まで膝までときたので
全身にするかぁとだけ思ってやるとこうなった。

2054

そしてその上から描いたらこうだからコレではほぼほぼ無視してることになるし
ロスが大きい気もするので
何となく慣習となってるグチャグチャラフは今回でおさらばいたします。

↓ちなみにコレが今回参照した五年前の絵のキャラ。
793

世間一般的には不人気な気がする緑髪。
はっきり言って私は緑髪が好きだ。
後もう一枚過去絵参照絵描いて今回の振り返りはおしまいかしらん。

ましてや自身の過去絵など

2052

幾ら訓練をしたからといって、それが永久的に残るかといえば
勿論そんなことは無いわけで、たとえ昔取った杵柄であろうとも、
当時と全く同じに餅をつけるとは限らぬわけなのです。
夏に運動部の部活動を終了した三年生が、
秋の運動会で張り切って自慢の俊足を披露しようとして、
ほんの二ヶ月ほどの”なまり”を考慮せずに駆けて転んでしまうことがあるように、
感覚は残っても(私は感覚も緩やかに消失するとは思ってますが)
その指示に従う筋肉が働いてくれなければ仕方が無いのです。

記憶も一緒。その場その場では覚えていたって、
それがずっと残ってるかって言うとそんなことは無いのです。

年に何度かといった頻度で自分の絵を見返すけれど、
(そういった際、大抵いくつか過去絵をリメイクする習性が見られるので
記事の絵を見ると私の行動パターンが現れる)
ちゃんと描きながら設定を考えているキャラならともかく、
完全に適当に描いてる絵も少なからず存在します。
「適当描いてんじゃねーよぉ」ってリメイクしてて過去に文句をつけます。
ちゃんと考えるなり足跡残しましょうよ、
小学校のときに訓練(遊びという名の)を受けたからといって
ドラゴンボールだって完璧じゃないでしょう?
いわんや自分の絵をやですよ。
何?用法が逆じゃないかって?
今はそんなことを言ってるんじゃ無いんだ!

パーフェクト

2051

ドラゴンボールは版権物の中で資料を見ずに描ける
数少ないモノのひとつですが、描けるという言葉を積極的に用いており、
完璧に描けると言っているわけではありません。
はっきり言って小学校のときに描いてたものなんて
ちゃんと覚えてるわけも無く、まして実際のところアニメでドラゴンボールを
ほとんど見てませんので、ディテールという点において
完璧は求められるはずもないのであります。

戦闘服が適当なことへの言い訳おしまい。

グーグーキ

2048

ギン。個人の仕入れ屋。
この時代では国が警備する街道といえども安全とは言えず、
ギンのように危険を潜る物流の担い手は貴重である。
ただし取り扱う品は儲け至上主義な品が見られたかと思うと、
ヘンテコなものを扱ったりと不安定な面が見られる。
また弓の使い手でもあり、森に入って狩人のような仕事をしたりする。
機械仕掛けの弓の威力は中々で対モンスターにおいてもある程度の成果が見られる。

マクセル。兵士。戦闘以外では物品管理と兵器の修理を担っている。
頑丈な鎧、重くて強い武器といった極めてシンプルな戦闘への思考と、
技術屋の面を併せ持つ。幼少の頃憧れた兵士には立派なひげがあり、
自分もいつかは立派にヒゲを生やした兵士になるのだと決めていたが、
成人しても立派な眉毛ほどにはヒゲが生えてこないのが悩み。

ロウザ。アウトロー。ただし世界はモンスターの社会構造の構築によって変わりつつあり、
アウトローのお仕事も合法のモノばかりで、いまや働く自警団といった様相を呈している。
先代が急に止めたため、担ぎ上げられ若くしてボスをしている。
特別優秀だから祭り上げられたわけではないため、苦労している面も多い。

学生さんはお金持ってない

2047

学生の二人。
今気づいたけどあまりにアトランダムに名前を考えすぎて、
よくよく見ると二人の名前の頭文字が同じだ。まぁいいか。
まぎらわしさがあったらそのときに改名していただくこととしよう。
変えるまではジージーコンビ。
ただしアルファベットではJとZなので実際その呼称を使うかは不明。
世界観をそこまで煮詰めてない怠惰さが原因。

ジアン。魔法学校の学生。
材質研究室、対怪物用大魔法研究室に所属している。
戦闘時に使用する武器や防具の材料に関して調査していたところ、
金属鉱石においても生物や怪物と同様の変質が生じていることに気づく。

ジルク・エル。魔法学校学生。
多数の研究室に浅く広くタッチしてる。
大魔法研究室の数少ない貴重な研究生の一人。
頭と口の瞬発力で生きている人間。
深い洞察よりは目の前の一つ一つの謎に向かっている。

物語に登場する魔法学校では学級や学年といった物が存在せず、
講義や幾つかの研究室といった小さなコミュニティの集合体のような構成になってる。
十分な学力やそれに準ずるものがあればいつでも入学でき、
成果を出せればいつでも卒業章が貰える形となっている。
神学に比べて魔法学はマイナーである。

この世界の魔法は呪文を行使して操る。
エネルギーに関与するものであり、温度の上下や物質を動かしたりといったことができるが、
労力に見合うことは少なく、機械や道具の方が利便性が高いことが多いため、
そこのところが習得しようとする人間の少なさに繋がっている。
学校では教科書[呪文書]にそって魔法の習得がはかられる。
呪文といっても実際には特定の単語ごとに自己暗示を刻み込み、
その単語のつながりをもって自身の集中力を高め魔法を発動する仕組みとなっている。
いわば言霊を媒介にした魔法術。
そのため原理的には呪文を唱えなくても魔法は使えるし、
呪文も決まった言葉である必要性は無い。
学生や研究者の多くは、魔法そのものの技術の追求をするよりも、
それに関連した学問に興味を持っていることが多い。

戦闘用の魔法使い養成所というよりは学者色の濃い魔法学校。
二人もフィールドワークのために多少の心得を持つが、
極端な戦闘能力は有していない。

ほろろ

2046

同郷の二人。

レーン。センに強引に招かれて物語の舞台の街で卸売業者をやっている。

セン。流れ者神父ならぬシスター。
ただし教会でお勤めしたり奉仕活動にせいを出したりといったことは見られないため、
シスターであると確認できるのは服装のみだ。
苦行と称してしょっちゅう裸足で出歩く。
人当たりが良く、時々シスターっぽいこともしゃべるので
変なことを除けば街の人からは比較的好意的に見られている。

二人とも出身は中央の国。
対モンスターではなく対ヒトを目的として組織されたチームに二人とも所属していた。
怪物の活動が社会性が見られて以降、さすがに人同士で争う余裕は無くなっており、
元々多角的な活動を視野に入れて組織されていた対ヒトチームも
今日では情報を扱っているのみとなっていた。
人材は居たため国としては統合を計画していたが、
その折にとある事件が発生し、多数の人間が辞めてしまった。
レーンとセンの二人もその辞めた人々の中に入っていたのだった。

センは幾つかの変装できるものの中から服装が気に入った理由のみで
シスターの格好をしてあちらこちらを放浪し、やがて中央より南西に位置する舞台へ流れ着く。
そしてそこでとある人物にタフで数字に強い人物が居ないかと尋ねられ、
元同僚のレーンに白羽の矢を立て、
港町で楽器屋店員として静かに暮らしてた所を頼んで連れて来た。

二人とも戦闘の訓練は十分受けており、能力は高い。
人当たりの不良シスターと、気の良い兄ちゃんタイプのノッポさん。
二人の人当たりの良さからは過去をうかがい知ることは出来ない。
ただし仮面を被っていて意図的に強く隠していると言うよりは、
両方ともただ今の人生を謳歌しているようである。
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