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名作劇場

2135

色んな大人になりたいと思って生きてるけれど、
一つに子どもとの約束を守る大人になろうというのがあります。
私にとって最も身近な子どもは子ども時代の自分となりまして、
それ故に、子供のころに大きくなったらああしようこうしようと思ったことは、
大人としてかなえてやろうと思って色々やってます。

その中の一つに大人になったらアニメの世界名作劇場を見ようというものがあります。
そんなわけで成人したあたりからコツコツ見るようにしておりまして、今回はそのお話。

世界名作劇場とは特定の曜日の夜7:30にやってるアニメ群の総称でありまして、
大体一年ペースで作られていたようです。
私がちょうど子どもの頃見かけたのはシャチが出てくる物で
残念ながらちゃんと通して見られず、それ以外の作品は
中身すら知らない感じでありましたので、
どうして将来ちゃんと見ようと思ったかはよく覚えておりません。
子どもなりに何か理由はあったのでしょうが、さてなんだったでしょう。

とにかくそろそろ半分くらいは見れてるんじゃないかなぁとふと思ったので、
ちょっと思い返す形を取りたくて、と言った具合のわけなのです。

今まで見た作品は、

・ペリーヌ物語
・赤毛のアン
・トムソーヤの冒険
・不思議な島のフローネ
・南の虹のルーシー
・私のアンネット
・牧場のカトリ
・愛少女ポリアンナ物語(途中)
・トラップ一家物語
・七つの海のティコ


と言ったラインナップ。

細かく述べてしまうと長文に過ぎてしまうので、一言ずつの感想でいくと、

ペリーヌ物語はかなり古い作品で絵柄も話の作られ方もちょっと時代を感じる作品で
一見万人向けとは言えない感じがします。
ただしそういった小事がきにならないならば実にすばらしい作品で、
中でも特に演出が素晴らしくメロドラマ耐性に劣る私の涙腺などは
終盤の展開で完全に破壊されてしまう感じです。
脚本と言うよりは演出で泣かされる感じ。

赤毛のアンはかなり好きな作品。
セリフ回しやキャラの心情へのアプローチがすばらしい。
さすがは知名度のある古典作品原作って感じ。
ただしアンのキャラが濃いせいで合わないって人もいるそうな。
ストーリーで泣かせてくるので見て欲しいなぁって人に言いたくなる作品。

トムソーヤはおはずかしながら、ながら作業で時間作って無理やり見たので
話の流れは把握してるけど絵とかはあんまり見れてなかったり。
ただしこれも古典の有名なお話のアニメ化でありますので、内容はちゃんと面白い。
私の家にも古臭くでっかい本がありましたよ。

フローネは漂流記モノ。無人島に一家が流れ着いてって言う
ロビンソンクルーソーのスイス版って感じ。
漂流記モノってだけで無条件降伏な私の趣向から来るひいき目を
あえて晒しますと、安心して見られて安定して面白い作品。

ルーシーはオーストラリア移民のお話。
実を言うと上記のフローネもオーストラリア移民の最中に遭難って言うお話で
移民時代のお話が続いたと言う感じでしょうか。
お話のつくり自体は普通でしたが、何だか話の流れ自体は一本道っていうよりは
目的地が合ったけど打ち切りが決まっちゃって流れが変になっちゃった
見たいな印象を受けました。
枠決まってるはずので打ち切りとかじゃないはずで、単なる私の印象かもしれません。
取りあえず見終えてすっきりって感じの作品ではありませんでした。

アンネットは話のつくりは安心して見られる感じで
油断してたところにおもっ苦しいテーマが盛り込まれててあれれって感じの作品でした。
とにかくテーマが重いw
倫理観って言うか人の心へ切り込むっていうかキリスト教的というか。
話のつくりは安心童話系なのでそれほどドキドキさせられませんが、
子どもの頃に見たら登場人物に感情移入しちゃって色々思ったろうなーって話。

カトリは安心して見られるお話。舞台は北欧。
話のつくりも安心して見られるつくりな上に、
主人公の少女カトリが容姿端麗頭脳明晰な子供の上に、
実に働き者であると言う愛され系な上にラッキーマンで
一話一話切り取って見るといろいろあったりしますが、
全体を通して不幸にならないだろうなぁっていう安心感があり、
実に人の不幸話が苦手な私にとって有難いお話でありました。

ポリアンナ物語は途中までしかまだ見れてません。
話の内容は不幸に見舞われながらも健気な少女ポリアンナが
「良かった探し」をしながらポジティブに生きていくって言う感じ。
コンセプト自体は素晴らしく、キャラクターも良いと思うのですが、
お話の展開がなんていうかまぁあえて恣意的に乱暴な言葉を使って
主観を述べさせていただくならば「クソみたいな展開」でありまして、
この後こういう話の展開にしたいから事件が起こるみたいな
話の作り手の見え見えな感じで唐突にあれこれ不幸が降ってきまして
途中で見るのがやになっちゃったのでまだ途中までしか見れてません。

トラップ一家は何か有名なミュージカル映画で同じ題材のがあるはず。
サウンドオブミュージックだったかな?見たことないので適当言ったかもしれません。
お話としては安定してて好きな作品の一つ。
登場人物が割りと多いけれどスポットライトの当て方がいいなぁって感じる。

ティコはこれが私が小さい頃テレビで見かけたシャチが出てくるお話。
お話の流れとしてははっきり言うと他人にお勧めできませんが、
ファーストコンタクト作品と言うこともあって好きな作品。
話が正直言って面白いとは言い切れないけれど好きな作品ってのは
私の中では割とあって、ハリーポッターなんかもそんな感じ。
面白いのは好きだけど、好きな物が面白いとは限らない。
中学校の数学ですね。

順不同、ある程度適当にランダムで見ていってますが、
小公女セーラという作品だけは意図的に避けてます。
何かイジメを取り扱った所謂世界名作劇場と言われて
連想できそうな話の一つって感じではあるのですが、
私は人の不幸話が実にダメなのでできれば見たくないなぁと思って避けてます。

話の種としてこういった話を人とすることはありますが、
名作劇場の話をふって同年代の人から進められるのは「ロミオの青い空」です。
同級生なんかも見てたらしく、どうやら世代的には割りとタイムリーなお話らしいので
近いうちに見たいなぁと思うのが何年か続いてる感じ。いずれ見ます。

取りあえず今まで見た中で総括的な感想としては、
カトリ、トラップ、フローネは漫画描きながらBGM的に流したい感じな作品。
赤毛のアンとペリーヌ物語は名作劇場というカテゴライズを飛び越えて、
私が生きてきた中で触れてきた物語の中でも特に好きな作品になるって感じ。

さて何でも話し出すと止まらないタイプなので
きりのいいここいらで感想はおしまいということにいたします。

マイナス

2134
別に掃除好きではないけれど、
終えて綺麗になった様を見ると達成感はある。
あるけれど、それ目当てで掃除をすることが無いのが好き嫌いってことなんだろう。
綺麗にしたいから掃除をするのではない。汚れるから掃除するのだ。
考えて見ると割とあるきがする。
プラスに感じて実際はマイナスをゼロに戻してるだけの操作。

腕自慢

2133

田舎の農家、と言ってもよほど出ない限りは大抵は兼業農家であろう。
そのため年がら年中農作業に従事していると言うわけでもなく、
言うほどに農夫さながらの想像される棍棒のような腕と言うものは
そうそう見られず、むしろ米俵を担げると言う話よりは余程腕は細く見える。

最も、農作業に見られる重いものを担げると言った話は、
純粋な腕力だけでなくコツがあるらしく、若さに任せて力だけでやると
腰をすぐ壊してしまうそうな。

勿論程度の問題であり、本当に何もしてない都会の人と比べると
十分ずんぐりしている人が多いのは事実であるが、
スポーツ等でバリバリ鍛えている太さを想像すると意外と裏切られる感じがする。
しかし足の太さは驚くことが多い。
腕などはおじいちゃんになると細いなって思うことも多いのだけれど、
足は本当に太い物をお持ちの方が多い。
田舎に行くほどに車社会である現代日本であるけれど、
車社会何のその、皆さん足腰は実に達者であると感じることが多い。

私の爺さま婆さまの年代になると戦中世代となってくるので、
さらにちょっと違うなってことも多く感じる。
足の話題で思いつくならば、足の指の強さ器用さだろうか。
私も小さい頃などは婆さまによく足の指でつねられたものだ。
足の指が動くと言うだけなら、はだし生活の関係があるきもするけれど、
つねると言うことは親指と人差し指なのだろうから、
きっと鼻緒とかそういう関係があるのだろうと思う。

大正世代はまだギリギリ話を聞けるレベルだけど、
明治世代となると少なくとも私の周囲では聞かれることがなくなってしまった。
時間は移ろう物とはいっても、やっぱり流れ行くものを思うとき
浮かぶ感情は寂しさと表現せざるを得ない。

一時間半経過の図

2131
1355b

筆が遅い?そうかなぁ。
全部埋まってないじゃん。そうだね、そうかもしれない。

背景の廃墟は秩序が存在する物。
それも人の手が離れたにも関わらず、
あたかもその影響下に居続けたであるような。

自分で描いといてなんだけど気持ち悪い。
(セリフ・コンセプトが、じゃないよ!)
大人しく普通に無秩序化させるべきだったかも。

秩序酔いして気分が悪い。
あまりに気持ち悪くなったので酔い止めもかねて、
ついついはぐれ木を生やしてしまったのだった。

長すぎるのは良くないです

2130
ストーリーが少し埋まったのでマイナーチェンジが幾つか生じた。
舞台が若干北よりのためにコートを薄手生地からやや厚手に。
ティーンネイジャー属性は変わらないけれどチビ属性が付加された。

変更前の絵はこれ。
1355a

前回の絵に下絵、ペンいれと存在するので、
せっかくなのでめんどっちいけど今回のも綺麗にします。

CPU強化ちゅ

2173

脳表面に形成する方式の利点は
施術が比較的簡便に済むということがまず上げられる。
初期には有機素材を用いて直接回路を埋め込む方式であったが、
今では脳表面上に張った膜に光で回路を焼きこむ方式が取られる。

利点の多い脳表面への回路形成術であるが、
簡易であるが故の性能の限界値の低さにネックがある。
ただし、一般的な用途においては十分過ぎる程のポテンシャルを有しており、
危険の伴う脳内部への干渉は普通行われることはなく、
医療行為においてのみ行われるのが普通である。

永年成長期

2171

加湿器は実にすばらしい物だ。
寝起きはもとより、平時においても室内での冬季の快適性を約束してくれる。
大きく表情を変えて唇が割れることもないし、
乾燥肌から来る痒さなんかもかなり緩和される。

大きく表情を変えるといえば、
私は割りとエコノミー症候群とは無縁なんじゃないかなぁって思ってる。
じっと座って絵を描いてると実に体に悪そうだけど、
生来の落ち着きのなさが発揮されて突然踊りだしたりするからだ。

落ち着きのなさといえば貧乏ゆすり。
あまり良いクセではないと捉えられているこのクセ。
でもあれって一応運動になってるんじゃないかなぁって
貧乏ゆすり癖の人をフォローするときに言ったりしてる。
運動不足の私はむしろ無理やり貧乏ゆすりを癖付けた方が
良いのかもしれないなぁ。

2168
1年と10ヶ月前の絵を再び描いた。

↓前の絵
1359

絵柄を固定化してるわけじゃないので、
バッチリ違ったほうが面白いかと思って
特段似せるつもりなくポーズも変えて描いた割には
一応同じ系統になってるのかなぁという自己評価。
まぁそれ以上の変化や画力に関しては見てくれた人に委ねるとして、
内部的に同じ丁寧下書き段階を比べて、変わったところは何かを考える。

ぱっと見て思うところは勿論昔のヤツ色分けしてるなぁってことじゃなくって、
手の抜き方の問題。
かかった時間が多分結構違うと思う。
この分野に関してはまだまだ未熟なので、
のびしろが期待できるとは感じてるところ。

2167

コミスタにすっかり慣れたおかげで、
同じラフ絵でもこうして水色で保存すると
下書き用の絵に見える不思議。

バッ

2166

翼はねーでかいほうがいいねー。
でも付け根とかは細い方がいいねー。
リアリティなんてものは炉にくべてしまえばよろしいのです。

翼あり

2165

天使とか天馬とか既存のに適当に翼が付いてる
虚構生物が実はあまり得意じゃない。
構造がよく分からないからだ。
別に描いてる最中に手足翼で六本も生えてたら昆虫だなぁとか
そういった雑念はないけれど、
一応肩甲骨の位置に描くよりは、比較的隙間のありそうな
背中と腰の間くらいに描く程度には構造がやはり気にかかってる。

ちゃんと描きたい欲求も、生物学的な学識も全くないので、
今のところ骨格やら筋肉やらを一から考えようとは思ってないけれど、
仮にそうなったらどうするだろう?
今ぱっと思いつくなら、2パターン。

ひとつは手足が六本ある生物が昔から別に存在するパターン。
こうすれば馬だって猿だって皆に平等に翼が生える。
四足族と六足族が共存して今のような姿になるかは知らない。

もうひとつは
別に手が進化した物が翼だと言う事に拘る必要性がないと言うところから。
こうすれば先天的後天的自在だし、手足が六つなくても
適当ににょきにょき生えてくれば良いだけな気がする。

フェアーアンフェアー

2156

そろそろ頃合かと思って、一年くらい前の適当な絵を再度描いて見ました。
ちなみにその絵を並べて見ると、

16632156

こうなる。
サムネイルサイズちっさwって感想がまず出てしまう・・・w
背景に関しては意図的にコンセプトを変えて見たので比較は出来ぬ。

おかしいなぁ、誰からも愛されるような簡潔な絵柄を目指してるのに
ドンドンずれていってる気がする。

ちなみに一年前の絵の頃にちょうどGIF動画で絵の流れを見ようと、
昔描いたARIAって言うアニメの絵をこれまた再度描いたのを
GIFで連結したところ、画像サイズが500kを軽く超えてしまったために、
ああせっかく作ったのにブログに上げれないじゃないかと
ガッカリした覚えがあります。
ブログを始めた当初画像サイズ制限が500KBまでだったのです。
ところが今では制限が緩和されてまして、最大2MBまでいけるようになってるので、
時は今、ついでに上げて見ようかと思ったというわけです。
ただひょっとしたら当時に既にそうであった可能性は否定できないし、
当時の自分がそれに気づきアップしてたら重複になるけど
記憶にないので知らぬ存ぜぬです。

2157
↑クリックしたら動く多分

人のを流れで見たら面白いだろうなぁと思う。
自分のを見ても自分のやったことなので面白くない。
一応流れを見て感想を述べると、
デジタルで描くといってもペンの変わりにパソコン使ってるだけな感じで~
と言いつつも色塗りなんかモロデジタル彩色前提の色の置き方をしてるのが
いかにも自分らしい。
細かいことは良いのです。
一応どういうことかと言うと、色のコンセプトは昔描いた時は
元キャラの肩書きを尊重してオレンジ色を主体に色塗ってて、
今回は自分趣味の黄昏チックに黄色で行こうって決めてて、
最初から後で黄色を上から薄くかぶせる前提で色塗ってると言うわけです。
下書きの段階では棒切れ(オール)を持ってるのに、
清書段階で消してるのも自分らしい。
昔の絵ではキャラのアイコン的要素として強引に描いたに過ぎないため、
リメイクなのに要らないからと平気で取っ払ってしまうところも
まぁ自分らしいといえるかもしれない。

さて、Gifついでに今回の絵に関連したのも作って見たので上げる。

2158
↑(全略)

元々絵的に最初からスライドをイメージしてたので、GIFでパラパラ流してみると
大体は思ったとおりのフィットしてるかなぁって感じる。
そういうのを動画じゃなく静止画で表現ってできるんでしょうか…?
そういう世界があるのかもしれません。高みを目指すと言っても
見えないところを目指せるのかどうか。

漫画と言うか動画的には尺が足りないと言うか、
実際に作品にする場合は最後から二つ目の漫画的なところの前後に
幾つか足して余韻を作ると思います。
この前にGIF動画が容量制限であげれないと思い込んでいたために、
ブログにアップする前提で流れを端折ったので最後がブツ切りになってるのです。

しかしこうして見返してみると、一年はどうやら無駄にしてなかったようだなぁと
若干ほっとする気もするし、もう少し駆け足でも良いとも思う。

ちなみにこの絵群は全体的な話の仮想総合終幕のイメージで
このお話はポイントポイントの着地点を予め決めて
間を埋めていく流れで考えてます。
最初から最後まで考えるやり方や、発想任せ風任せや、
こうしたポイントポイントで締めるやり方等、
色んなやり方を試してます。
引き出しを増やすって言葉はあまり好きじゃないので
やってることがそうなのだとは申しませぬが、
ゆくゆくは100~200程度は物語を綴りたいと考えてるので、
ワンパターンで何読んでも一緒って言われないように、
自分の中にテンプレートを作ってしまわぬよう、
あるいは作っても幾つかパターンを設けられるように、
多少面倒ですけど色々試していってる次第です。

傾注傾注

2155

肺癌野郎とスモーキングマン。
音声はすっかり上書きされても、
名詞は後者の方が断然好みだなぁ。
他との釣り合いもあるしね。
描写も割りと好みなキャラだ。
ドラマの中核を担う抗争において、
主役側、敵側双方に正義があって~みたいな描写は
そんなに好きじゃない。
勧善懲悪か、
もしくはそもそもそういう葛藤を見る側に抱かせないほうが好き。
正義が色んなところにあるのは当たり前なのだから、
一々それにスポットを当てて欲しくないんだなぁ。
コレだけにっく敵にもこんな同情誘えるエピソードあって
だからねって何か創作者の意図がモロ見えな感じじゃん。
勝手に見る側が想像して入れ込む分には良いけど、
誘導があるって癪じゃない?
テレビ番組の効果音とか隅っこに出てくるスタジオビューみたいなもん。
あ、クライチェクも好きなキャラ。

何の話でしょう。

待ちぼうけ男子

2153

世の中には拘りドコロが存在する。
それが何時もいつでも正しく伝わるなら良いのだけれど、
説明を伴わないとダメってパターンが往々にしてあって、
それはすれ違いの元となったりして結構不幸。

例えば絵にリアリズムを求めたとして。
利き目って言葉があるとおりモノを見る際に焦点を合わしてるときに、
意外と片目さぼってブレブレしてるなぁって思ってそれを絵に反映させるとする。
忠実に片目は視点があってて片目はちょっとぶれた意図通りの絵が出来上がる。
それを人に見せてどう取られるか?
「まぁリアリズムなのね!」とはあまりいかない気がする。
「わかるよ、利き目ってのをデザインに取り入れたんだね。意図だね」
と全伝わりすることも完全には望めまい。
「片目のデッサンが甘いね。視線がずれてるよ」
「ちょっとへん?」「いやよく描けてるよ」
「ロンパ?」等々意図と違った解釈を持たれたりする事の方があり得るだろう。

物事に高尚な要素は必要だ。
でも相手があっての物が多い世の中、
果たして自身が求める高尚さが伝わらない際に、
相手を低俗とあざければ済むのだろうか?
それとも何時だって理解不足は伝える側のみが悪いと反省すべきだろうか?
はたまた伝わらなければ意味が無いと割り切り常に噛み砕くことに細心するのだろうか。

人は一人ひとり皆違う、だから人生楽しいんだね。
なんてことは私はあまり思って無い。
どう考えたって違うより皆同じな方が平和だから。
でも確かに一つの問いに対して色んな解法解答があるっていうのは
面白いことなのかもしれないなぁとは思う。

三つの感覚

2152

自分の場合の絵を描く際に使う感覚について。


第一は頭の中にあるイメージを描きだす場合。

メインとなる感覚は『フィーリング』成分と『理詰め』成分になる。
まずはフィーリング。
時々聞かれる頭にはっきりしたイメージがあって、
それをキャンパス上に投影してなぞるだけ~みたいな感覚は私には全く無く、
絵を描いてて見えるイメージはいつだって描いてる絵の延長線上にあって、
それに従って筆を動かしていくことになる。
次に理詰め。
これは色んな絵の講座みたいなのに書いてあるようなテクニック的なもので、
例えばキャラを描く場合に人の寸法や関節の可動域等の知識を使って、
それに現在描いてる絵柄のデフォルメ比率を掛け算して上げれば
正しくキャラを描けるし、それにモノの見え方を当てはめれば、
色んな構図に落とし込んで描くことができる、と言うわけ。
フィーリングで描いてて、あれコレわからないな?ってときに知識を動員するというのが
基本的な流れとなる。

これ以外に何があるかというと、『手に職』的なスキルが存在する。
所謂体育会系な体に覚えさせる的な物で、
数をこなせば自然と体が覚えてしまう要素であり、
時々目にする『手癖で書いた』みたいな言葉はこれのことだと思われる。
このスキルを率先して身につける方法は書で例えるなら習字になる。
お手本を参考にせっせと繰り返して形を覚えていく、
絵でいうなら模写とかそういう練習によって身につけられる要素だ。

ちなみに今回の絵がこの『手癖の絵』に相当する。
手癖の絵の良い所は、テンションモチベーションに左右されにくい骨子を持ち、
一々ちゃんとアタリやら下書きしなくてもそれっぽい絵を描けるというところにある。
欠点は経験任せであるために、ミスが混在してしまったり、
そもそも間違った経験値が入り込んでしまうことがあるところだろうか。


第二として、今の話の目の前にある題材を描く場合のお話。

模写、写生って勿論奥をうっかり覗いてしまうとげんなりする深さがあるのだけれど、
はっきりいってぱっと見、あーうまいちゃんとそのまま描けてるって程度を描くのは
実はそんなに難しくない作業だ。
ところが例えば小学校の写生大会等に記憶を馳せて見ると、
皆が皆一定に風景をそのまま描いてるとはならず、色んな個性が存在してたことだろう。
コレは何故かっていうと、ありていに言ってしまえば人それぞれ見てる世界が違う
と言うことに帰結するし、それ故に人は絵を描くということになるのだけれど、
そういった言葉を使わなくても、幾つかのフェイズに分けて見てみればわかる話とできる。
模写を行う際にやることは、

目に情報が入ってくる→脳内に取り込む→咀嚼→手に伝達→紙に出力
→紙に描かれた絵を見て最初の情報と照らし合わせる→・・・

と言った感じの流れとなり、それぞれのフェイズにおいて個性が存在するために、
結果同じモノを見て描いても人それぞれの絵になるということになる。
ちゃんと物が見れてる?
見たものをどんな風に解釈してる?
手って完全に正確には動かないぞ、定規使わなきゃ直線すら描けないよ
今描いた絵をどれくらい客観的に見られてる?ちゃんと見比べられる?
こうした風に見てみれば自分がどういうタイプと言うのもわかってくるし、
どこがどうなってるかと言うのが分かれば対策も立てられると言うことなのだ。

例えば必ずしもちゃんと見たとおり描けないけど、
違うのが分かる目があるって言うタイプは
消しゴム片手に描いては消し描いては消しして理想像へ近づけてくタイプ。

出来上がりに良いものが出てくれば良いのだから、
肝心なのは自分がどういうタイプだからどういう経路を通らないといけないなぁって事を
知ることで、そのためにせっせこ練習すると言うことなのだ。

順調に話はそれて感覚論から技術論へとシフトしてしまってるので、
取りあえず自分の感覚についての記述はここまで。

上書き保存

2149

ここ最近、時間を設けて海外ドラマの『X-Files』を見た。
ここ最近、と言っても私のここ最近は実にいい加減でありまして
それがここ数日なのかここ一年の話なのかはたまたそれ以前なのか、
そうした曖昧さが内包されますが、そうしたことは今回の内容に
なんら寄与せぬ情報であるため、曖昧で全く問題ないモノなのである。

無理やり作った時間であるため、あまり画面を見てなかったりするのだけれど、
あらましは分かったのでまずはよしとしてる。

X-Filesといいますと、多分この日本語が正しいと思われますが、
結構前にやってた番組でありまして、
実際リアルタイムで目にしたのも私が小学生の頃だったはず。
(そして今回見返して分かったことだが、
どうやら見かけたのはSeason3の中盤ごろだったっぽいということだ)

見終えて最も驚いたことは、音声が上書き保存されてしまったこと。
何のことかって言うと自分の感覚の話。

テレビとDVDで声優が違うということが、割とあったりするのが吹き替えの常ですが、
X-Filesもそれに属するものでして、テレビとDVDで声が違うのです。
当然小さい頃の記憶の声とDVDから流れてくる声が違うので、
おや?と最初は思うわけです。音声記憶には多少の自信もありますからね。

さてX-Filesはシリーズモノで4~50分構成でワンシーズン20あまりで
9シーズンありまして、まぁ結構な大作だったりします。
で見終えた後、ちょちょいとネットで調べてたところ、
声の聞き比べみたいな動画に当たりまして、それを聞いてみたところ、
これがまた驚くべきことに、過去の声が完全に脳内から消去されてまして、
DVD版の声オンリーになってしまっており、
テレビ版の声を聞いても、だれじゃこれ状態になってしまったことです。

あまりこだわらない性質ですので、別に誰べえさんが良いとかないけど、
全く思い出せないと言う状況もこれまでになかったことなので、
すっかり驚いてしまったと言うお話。

小学校の感想文だと0点なのだろうか?
でも小学校の先生って頑張って良いとこ探ししてくれるから
0点ってことは無いのだろうなぁ。
年取ってきたのに、感想文が必ずしも内容に沿う必要が無いと思ってるのは、
これは年の取り方を失敗してるのかもしれないなぁ。


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