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虎狼

2334

基本的には保守的な人間なので、
しばしば意図的に色々講じる必要性が生じる。
ここ最近雑な絵が続くけれど、
実はプロセスと言うよりはメソッド、ちょっと最初のやり様をいじったので
それからくるモノが理由の少しにあったりなかったり。
それに感けてばかりいたので、たまにはスピード重視で殴り書きと言うのが今回講じたもの。
文字と同じく左上からスタートして段々加速してます。

代車が喫煙車であった場合は鼻がやや敏感な人種にとっては不幸だ。
かといって帰路中窓全開というのも考え物だ。
いくら現状花粉症で悩まされていないとは言っても今の時期だ、
好んで「春うららかな陽気雅なり」とわざわざふかぶかと体内に入れることもあるまい。

そういえば前門の虎後門の狼とは言うけれど実際どういう意味なんだろう?
配置される虎と狼はどういった規模なんだろう?
一頭ずつなのかな?それだとウェイトが違いすぎはしないだろうか?
狼は群れが一単位と言う可能性もあるのかもしれない。
どちらにせよぱっとしたイメージで行くなら間違いなく虎のほうが強者だと
言えるんじゃなかろうか。
素人考えで考えを進めるなら、強いものを前方の配置するって事は
追い立てる必要性あってのことだろうから、
後門に配置された狼は威嚇ではなくまさに狩人的な配置なのだろうか。
なるほど城の中の人たちは前からヤバイのが来たから逃げたいなぁと
退路を確認してみたら退路も塞がれてそうでこれは困った、と言うことなのかな。
こうした状況をさすなら前門に虎後門にも虎っていう完全に力負けじゃなくって
力も配置もバッチリで抜かりなしって感じを表現してる言葉だってことか。

って感じの実に取り留めなくしょうもない考えで頭痛を紛らわせながら
ハンドルを握るのでありましたとさ。
(人間の思考って文字にするとちょっとボリューミーだけど時間にしてみると
ホンの少しだったりするもので、実際にはこうした考えの団子が何ダースも
存在した事は言うまでもないことでしょう)

二度寝

2333

睡眠時間が減ってるのに劇的に元気って時は
時間の許す限り早起きに被せて二度寝したりする。
どっちがいいのだろうね?
体に任せるか、勝手な意識で睡眠時間確保するか。

2328

左のヤツのアゴの先から描き出す。
すぐに出る違和感。
色が薄い。
透過?グレーで塗ったまま黒に戻すの忘れた?
カラー設定をすぐ見る。
黒。
なるほど周囲をよく見てみると黒色が全部若干薄い。
モニターの縁、コード類、手元を見ればペンタブレット。
他の色は変わりないように見える。
黒のみのシフト。
気づいてしまったが最後…と言った繊細さがあれば、
そもそももっと早くに気づくものなのかもしれぬ。

WB

2326
2327

ブログを管理する中にはカテゴリー管理もあり、
カテゴリーを管理するには必然的に過去絵に目を通さなければならないシーンが現れる。
ただいま現在の自分の過去絵を見た感想は複雑だ。
いや本当はシンプルなのだけれどそういわざるを得ない心境、と言った感じ。
どのようなものかって言うと、
不定期な2011以前はともかくとして、定期的に描きだした2012年以降の絵で
思ったより描けてるなぁと思うのと同時に全く持って発展途上だなぁと言う感想。
思ったより描けてるなぁサイドの思いは描けてるのに発展途上段階だし、
今もまだそうであるしと言った思いに繋がり、
全く持ってヘタクソだなぁはそう見られるって事は目も手もちゃんと伸びているって事だという
確認が取れると言うことに繋がる。
この感想が同時に浮かぶので若干に複雑と言う感じを自身で抱くだけで、
言葉にしてしまえば別に二つの思いが平行してるってだけでそういう意味でシンプル。
全体としては若干に憂鬱かな。
一番憂鬱なのは言うまでも無い事だけれど。

からの

2324

元気残ってて良いですねぇ、楽でって思われるほうが良い。
多少癪ではあるけれども。

面白き事

2323

これはちょっと面白い事だなぁと思ってるんだけれど、
同じ程度、段階なら荒っぽい絵も丁寧な絵も言うほどに
必要時間に違いが生じないと言う事。
これはゴール地点では大きく離れるウサギとカメも
スタートしたばかりの頃はそんなに差が生じないと言う事なのか、
荒っぽさ成分の中に迷い線があるために無駄があると言う事なのかは分からない。


さて理屈と感情論のお話。
本当のところでは人の理屈は人の感情の内だと言ってしまえるかもしれないけど、
そういう話はともかくとして一般論的なお話。
芸事において芸と人格は別だと言う言葉を聞くかもしれない。
これはなるほどそのとおりで、どんな監督が作ろうと
面白いと感じる映画は面白いわけだし、
美しい絵は美しいし良い音楽は良い音楽だしお笑いだろうとそうだし、
何もそういった技能にとどまらず、一般的な事柄にだって拡張できるお話だ。
『良い仕事と人格は関係ない』というお話。

ところが実情としてこれは理屈である。
実際には中々そういうわけには行かないものなのだ。
良いなって感じたモノを作った人物が鬼畜生だった場合は
普通大抵幻滅してしまうものだし、
逆に例えば精神を病んでいるだとか連続殺人犯が作ったモノだって言われると、
「そういう人物が作ったものはどういうものだろう?」
って視点がまず生まれるのは当然の話。

そういった事について偏見云々かんぬんと言ったお話も置いておくとして、
なぜ切っても切り離せないかってのに関しては、これはシンプルなお話だと思う。
なぜ絵を描くのか、なぜ曲を作り奏でるのか。
結局私たちは社会性の動物だと言う事に端を発するお話なのだ。
自分の中から外=他者へ向かっての矢印のお話なのだ。

こういう考え方をほかに使ってみると例えば音楽はラブソング。
虫だって鳥だってせっせとつむぐのだ。
我々人間が飽きずにずっと歌い続けるのも無理からぬお話なのである。

インストール

2321

自分の中に無かった考え方や行動を取り入れるのに
最も手っ取り早いのが他人のをインストールすること。
細かな口癖だったり思考パターンだったり反応だったり。
色んな顔を使い分けるタイプならこういうことは必要ないのだろうけれど、
あまり自分を変えられないタイプとしては中々有用だったり。

キロ

2319

朝よりやや重さを感じる足を動かし私は前進します。
体を包む疲労感は明らかに部活帰りの学生時代とは異質。
それでもふと軽やかな夜の闇に合わせて駆け出したくなるのは
まだまだそのときが訪れるには早いと言う事なのかもしれません。
駆け出したい衝動と同時に訪れるのは
板切れに乗って転がりたい欲求。そうスッパマンのようにです。
この腰部の疲労感を考慮するとうつぶせよりも仰向けが好ましいだろうな。
仰向けだと夜空は見られても進行方向は見られない。
でもたまにはそれも良いのかも知れません。
たまには曲がり角や分かれ道毎に自身の決定権を行使せず滑り行くのです。
ボブスレーのごとく直立不動で滑り落ちていくのも悪くない感じじゃないですか。

絶対指標仮説

2316

自身の絵の変化が小さくなって久しく、
自覚症状も薄く自省もあまりやらない為、
感覚としては当然そう変わってはいまいと言うものだったので、
いつもの通り強いてやってみた。

条件が完全に一致する事はまぁ無いのだけれど、
ざっと見た感じでは面白い事に変化が見られるものだ。
画力向上云々はさておくと、変化としては若干の面長化と
それに反比例して顔パーツ配置の中央集権化と言う感じ。
去年はじりじり鼻が目に近づき、口は顎に近づいてく傾向があったので
多少気にしてる部分があったのでその意識のせいかとも思う。
髪のボリュームも多少は変わってるのだけれどぱっと見はあまり変化は見られない。
面長化はこれは多分シンプルな理由で、
丸っこい方向が作った絵柄で元来がリアル調志向だってことから来るものだと思う。
ただ漫画絵としては丸っこい方が好みなのでその辺は変わるかもしれない。

さて、私は人に何かを伝えるとき…語弊の生じないよう敢えて傲慢な言い方をするなら、
人に何かを教えるときには、基本的に最初は簡単楽勝って風に伝える傾向がある。
これは生来の気質によるものでもあるけれど、
どうせ何かにぶつかるときはぶつかるのだしならば最初は
スムーズな方が楽しかろうと言うこともあったりする。
そんなわけで、別に最初から難しいなぁ方面を強調する事も出来ない事もないはずだ。

絵を描くのってこれが中々難しい。
目の前にあるものだってそのまま写し取る事は不可能だ。
多分どんなに才能ある写生マンでも写真に勝てないんじゃないかな。
見たものを完璧にそのまま描くことはまず無理。
脳の問題もあるけど手の問題だってある。
適当な紙に鉛筆でもって直線を引いてみると分かるけれど、
思ったとおりまっすぐなんて簡単に引けないものだ。
ただ描くだけでも難しいのに絵はただ描く事だけが目的じゃないから更に困り者。
…とここまで自分で言ってみて何だけど、これってだから不完全で当たり前って
普通に思える事だから枕詞として全くの素人さん相手なら
ちょっとは使えるのかもしれないけれどどうだろう。
実感として本当に難しいなぁって感じるのは『線』だと思う。
漫画の絵は基本的に線で構成されるけれど、その線がほんの髪の毛一本分ずれても
全く違ったものになってしまったりするから大変だ。
現実でも例えば人の目線を考えてみるとわかるけれど、
視線ってこっちの目を見てるようでもほんの少しずれるだけで
「あ、ずれてるな」って分かると思う。
人の目って必要な情報の場合はそういう小さな違いを見分けられるようにできてる。
そういう性能を発揮されて見られると実に大変だ。
ちょっとずれただけで気づかれてしまう。怖い話。

さて本題に入ろうかしらん。
タイトルのお話で、単なる思い付きなんだけれど、
特にリアル調から離れる絵柄であるほどに、目に入る『人間』が
『二次元(特に自分の)』>『三次元』にならないとだめになるんじゃないかって思った。
自身の絵柄が完成されれば話は別だろうけれど
(20年くらいのスパンで絵柄が全くぶれないみたいなレベル)
そうじゃない場合はどうしても目に入る情報にいろいろ引きずられる事もあるだろうから、
うっかり『リアル』に引っ張られると大変かもしれない。
特にキャラ絵なんて、色んな要素の集合体なのに、
そこにリアル要素が加味されてしまうと、
微妙な均衡で成り立つバランスが崩れてしまうかも知れない。

以上単なる思い付きなのでもし自身がそういう環境化になった場合は、
覚えてたら適当に観察してみよう。
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