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しかる小柄お姉さん

2476

反省を生かしてラフはセクシーバディにしたはずなのに、
気づいたら二次元としては凡庸になってしまった。
いけませんねぇ。

暑さに弱く、寒さにも弱いタイプ!

2475

そして大人の女性キャラをチョイスするとこうなる体たらく。
勿論絵自体は前回記事の文章を書く前に描いております。
流石にそこまでボンクラであったりわざとらしいことはやらないのであります。

縁側は割りと好きなスペースの一つ。
昨今では見られなくなりつつあるのかもしれませんけど、
今風で言うなら一階にあって庭にそのまま連結してるベランダみたいな感じ。
だからベランダのスリッパの如く縁側にも履物が置いてあったりします。
ただそれは古い家の感じで私の実家なんかは
構造的に縁側やら床の間やら何やらはありましたが、
そこから出入りするなんて使われ方はされていませんでした。

見られなくなってる構造と言えば、土間なんかはなくなったものなのでしょうか。
田舎の家なども改築改装はバシバシやられますが
土間なんかは多分真っ先に取っ払われるものかもしれません。
昔は炊事場もかねてたらしく、使われなくなったカマドの後なんかを
見た記憶がうっすらありますが、うっすら具合からして物心付く前な感じで、
基本的に私が物心付いて本家等に訪れた際には土間を見たことはありません。
キッチンが別に拵えられると土間なんてものは場所をとるだけの
ただのどでかい玄関になっちゃいますから、
そりゃあそこを潰してほかの部屋の面積を大きくとろうというのは
ごく自然な流れなのでしょう。

ミス

2474

よし、たまには季節柄を交えて描いてやろうと思い立ち、
さらばと、水着でセクシー成分を増そうと言う試みはまずは良かったように思う。
しかしどうやら私はキャラ選択を失敗したらしい。
折角のセクシーであるならば当然大人の女性をチョイスすべきであったのに
ついついティーンネイジャーを選択してしまった。
前回絵、今回絵ともにのお話。
成長期の貧相な体ではセクシーには程遠い。
男性の方は立派に大人キャラ。ビシっと水着もピッチリ系にしようかとも思ったけど、
女性のセクシー度に合わせて控えめに無難なのにすることにした。
お陰で立派に保護者と保護されし者の図だ。

初期と今

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漫画用に絵をやりだした初期の頃と今。
左が13年の2月くらいで、右が15年の7月現在。
折角なので退化した部分をあげると、
マネキン立ちが完全に出来なくなってるくさいこと。
元々完全な棒立ちってすごい苦手なんですが
当時頑張ってやれてたことが今頑張っても無理っぽい。
更にものすごい労力や工夫を凝らせば出来るけど、
それって違いますよね。
後はこれはいつもどおりだけど、こうして並べて描くと
意識をするのは当然だけど(その為に並べているのだから)
その意識に引っ張られてどうも自然に今の絵というわけには行かなくなってしまうこと。
修行が足りぬと申さばそれまででしょうが、いやはや。

誰しもが自分とこのコが一番可愛いと思ってる

2470

元々がイラストよりの絵だったために、
まだまだ漫画的になっていくと感じます。
中央が一応二年前の今頃に大体カスタマイズが一段落した
自分の絵を漫画用にした感じの絵柄の系譜で、
左が最近自分の絵で増えつつある感じの絵。

オフェロ

2469

オフェロだかイガリだか知りませぬがいや嘘です内容は知ってますが、
世の中色んな名詞があるものです。
名詞を覚えるのが苦手な私にとっては困ったものですが、
名づけたいと言う欲求は理解できないわけではありません。
冒頭の話にもどりますと、
血色が良く見えるように上手に紅をさしてあれば素敵だと思うんですけど
何か漫然と目のしたが赤かったりほっぺがピンクだったりしても
不気味だったり良くて風呂上りにしか見えない気はしますがどうなのでしょう。
私は別におしゃれじゃないのでお洒落さんにとっては違うのかもしれませんね。

大阪

2468

久々に大阪に行きました。
懐かしいという感情は私には存在しないので(中二的)、
特に感慨は無く、人ごみに酔い、電車に酔い、
そして地上も地下もラビリンスと言う地形に酔いながら、
大阪の景色をボンヤリと眺めながら歩きました。
目的地も案内人もいた為に安心してボンヤリと歩くことができたのですが、
単独行であった場合には私と言う異邦の者は或いは弾き出されるか、
或いは飲み込まれるかしてしまったでしょう。

とある地下に噴水がありました。
円のふちに等間隔に設置された子供の姿をした天使達が持つ水瓶か何かから
水が中央に向かって噴射される形をしたものでした。
私はそれを見て、
「周囲に居る天子が小便小僧ならずっと面白い噴水だったろうにね」
と言ったら、返ってきた言葉は噴水は有名な心霊スポットで
なにやら赤い服を着た女性が現れるといったものでした。
そこがどういう場所であるかはともかくとして、
出来ることなら幽霊を見ないまま生涯を終えたいものですが、
幽霊が普遍的な存在であるならばそれはそれで良いことだとも思います。
死後の世界が保障されていると言うのは、
無に還るよりは幾分にロマンチックな世の中だと感じられるのですから。

投げる

2467

他の動物と比較して人間が優れてるなぁと感じる運動能力といえば、
投げる事と長距離を走ること。
特に投げる能力においては、筋力だけでなく体全体のしなりを使って
投げるのも特徴的といえそう。
ところがその特徴でもあるしなりと言うのが曲者のようで、
野球なんかでも目一杯しならせたために肘やら肩やらが壊れてしまう事もあるそう。
最も、優れてると言える走ることにおいても、
短距離で頑張りすぎて筋肉がちぎれたり、
長距離を走りすぎて骨が磨耗したりすることもあるそうだし、
人間の体は所詮消耗品ということなのかもしれません。

周囲に野球を好きな人がチョコチョコ存在して話を聞いたりすることもあって、
絵でも何度かボールを投げてるところを描いてたりします。
野球をやった事無いので特に何か訴えたいわけではないですが、
ボールを投げてる姿は機能美として中々良い感じだと思ってます。

はすかいに歩く人

2466

ひたすらに線を引いていく。
それは時を正しくする為か、牢獄より脱する為か。
しかし悲しいかなその線は斜め。
されども彼女は線を引き続けるのです。

15682465

たまには反省。
前回の絵はご覧のとおり二年前の絵を掘り返したもの。
見返してみると今回はあまりこの絵柄にはならなかったなぁと思って
本記事冒頭の絵は普通に描いたって感じ。
文字通りではなく一般的な意味で反省すると、
やっぱりかっこよさ重視の構図の方が良いということ。
例えば帽子のつばで目を奇抜にと言うかただ被さった感じで描いたら
あんましよくないなぁとは感じたわけですが、
並べてみるとよりそう感じますので以後気をつけます。

時空と言う言葉。
普通に生きてたら使う機会は無い感じ。
私たちが触れるとしたら、ゲームやSFといった創作で使われるものか、
普通に科学を学んで目にするかといった感じ。
言葉自体は特別な魔力は持ってなくてただの時間と空間を短縮した感じの言葉。
勿論ただの略語じゃなくってどうやら同列に扱うと言う意図がこめられているようですが、
見聞きするだけならば響きのかっこよさがどの程度かな感じでいい気がします。
もう少し理解を進めようとするならば?
時間と空間を同じにとはどういうこっちゃとなりますが、
生活の中では、時間は時計と記憶、空間は私たちが住んでる立体的な広がりって感じで
とても同じとは思えません。
実際のところ言葉は全部私たちの認識下の元でのみ形作られますので、
時間と空間もそういったもののようで、
どちらも”はかった”結果存在が認識できると言うモノです。
時間もストップウォッチなりではかって初めて何秒か分かるし、
空間を織成す距離だって物差しで測って初めてという感じ。
そう考えると-3cmとは?-3秒とは?実際の過去とは?と言う考えが
一つ進んでいくといった感じのようですね。
実際に学ぶ場合は色んな属性の違いに気を配らないと行けないようですが、
それは学ぶ人が気をつけることでしょう。

勉強サイドで行くと、実際の時空とは4次元時空といった感じの言葉で習うようで
キーワードは次元。
この言葉その物はこれまた私たちが実生活で感じる”次元”という言葉ほどには
魔力は秘めていないようでありまして、もうちょっとシンプルと言うか
人間にとって都合の良い(簡単に)形に切り取られた視点のようです。
その為、そこらへんを調べても何かのセミナーで登場するらしい五次元人のような
超越的なモノが出てきたりはしないので面白みに欠けるかもしれません。
そうしたロマンチックさを我慢して本などを読み進めますと、
高次元が登場します。私たちの住む三次元空間+時間の世界は
どうやらそうとは見えないだけで4より
ずっと大きい次元で出来てるのではないかと言うお話。
どういうこっちゃとなりますが、これはそう考えたほうが矛盾が少ないと言う、
科学の世界などでよくある流れのひとつのようでありまして、
四次元としてみるよりも5,6いやそんなチマチマいかず、
10あるいは11次元くらいの世界だって考えた方が
ずっとスムーズに考えられるぜってお話らしい。
その辺の話になりますと、考え方は私たち三次元に済む住民からみて
二次元の住民を見る感じで高次元人にとって低次元人は見下ろせるのだとか言ってみたり、
じゃあ実際高次元はどこにあるんじゃいなってなるとちっさ過ぎて見えないんですって言う
科学のよくある流れのより細密に見ていくって流れになったりとちょっと難しい。
難しいと感じる大きな理由の一つには私がそれらを扱う数学を知らないということに
尽きると思います。
実際問題として科学、物理の分野は数学で成り立ってますので、
数学を知らずに科学をやるというのは、これは英語を知らずに英文学を学ぶに等しく、
理解が不十分なのは寧ろ当然と言えるのであるようです。
ただこれってこういう特定のお話じゃなくって、
世の中でもそういうのの誤解の連鎖があったりするので油断ならない。

伝染

2464

自分の絵のあくび(しかも奥のモブ猫の)が移って大あくび。

寝ようかな。

冷たいチョコレート

2463

冷たいチョコレートは好きじゃない。
何故なら硬いから。
じゃあ常温保存する?
駄目だ、今は夏。

今日はあいにくの空模様

2462

「変な話だけどさ…国会で決まったことって…(後略)」

妙な出だしで切り出された言葉も、この時期で国会と来れば
いかに政治に疎い私でも何の話かはピンと来るというものです。
一応関心を向けるようにはしているけれど(国民の義務感のみで)、
やはり私にとっては魅力的ではないため人づてにやってくる情報が多い。
あ、話は微妙にそれるけれども
興味と言うのはジャンルによって固定ではないようです。
例えば経済。
ほんの少し前まで私にとってはただの数字で魅力的に感じてませんでしたが
よくよく見てみるとそこには明確に人の意思が混入しており、
言うほどにモノのやり取りではないという、まぁ当たり前のことなのかもしれませんが
私にとってはなるほどと思ったことによって興味が少し出るようになりました。
閑話休題して話を戻しますと、どうやら数ヶ月に及ぶ国会の決議がなされたのでしょうか。
冒頭の会話の切り出し主曰く、なにやら90を越えたお偉い人やらが
現総理は歴史に名を残す為に強引にやってるとか言う話も出てるそうです。
それは総理大臣の人となりを知らぬ私でも些か感情論に過ぎると感じる意見だけど、
今回のお話は政治ではなくって人を判断すると言うお話。
人を断じるのってすごい怖いことだと私は思ってます。
なぜか。人を断じるには物差しが必要です。
その物差しはどこから出てくるのか?言わずもがな、断じる人の中からです。
そうです、人を断じるっていう行動はそのまま自分の内面を出さざるを得ないケースが
多々あると言う事なのです。
私はそれがとても怖ろしい事だと思ってますし、そう思っているが故か
人が何かを断じてるときはその矛先ではなく、手元をついつい注視してしまいます。

兄妹夏模様

2461

夜通し鳴く蝉。相も変わらず鳴り続ける風鈴。
増える食事量に比例して睡眠量も増え、
知らずに流れ落ちる汗を無意識に拭い、
私は夏にたゆたうのです。

準備体操第二

2460

準備体操は各漫画の絵柄キャラの為だけでなく、
純粋に漫画用の手の体操も私には必要だったりします。
毎度毎度体操してから描く訳じゃありませんが、
体(手)が重いなぁって時にやるのであります。

2458

前回描いたリアル調チビキャラがバランス上手足が細かったかなと思ったので
チビキャラを連続して描いてみる。
リアル調というか簡略化しないチビキャラは今の言葉の話でもないけど、
うっかりすると顔がリアルで大人びてしまうかもしれない。
どちらか一方なら構わないのだけれど、両方揃ってしまうときっとだめだ。
20世紀少年になっちゃうね。

基本的に私は自分を考え事をするのに向いてないとは決して思ってない。
でも同時にあれこれ考察する性分が無いのも確かだ。
世の中にどれほどの割合で存在するかは定かではないけれど、
幸いな事に私の周囲にはいわゆる”考察好き”の人間が幾人か居た。
「~はどういうことだろう?」
「~はこういうことではないだろうか?」
なんて感じで問題提起をするのが大好き?な人種の事である。
独り言的に問題提起をして考え事を進めたかったのか、
一緒に考えよう的な意味合いだったのかは知る由もないけれど、
私は勝手に後者であると判断して、謎が定期されれば考え出すと言う流れがあった。
必要があれば疑問定期役をトレースして一人二役をやれば良いという事なのです。

お話の肝はこれではなくって、
割合は知れども世の中には考察するのが好きな人間が存在するという所です。
つまり創作物にもそうした『想像する余地』が必要だという事なのです。
勿論世の中に考察好きが少なからず居ればカラクリを仕掛ける甲斐もあろうから
ありがたいとは思いますが、
少なくとも私にとってはそうした自身への影響に報いるべく、
仮に割合が小さかろうともそうした余興は常に遊び心的なものでも置いておきたいと
思っているのでありました。

頭身デフォルメ研究

2457

前回の絵を描いてふと、
「そういえば言及する割りにはあまり具体的に頭身描き比べてないかも」
と思い、当ブログが属する一つである”練習”と言う属性にもマッチするかもしれないと
ちょっと描いてみて考えてみることにします。

まずは描いてみての感想。
数字は一応それを目指した頭身で、②の絵は2頭身を目指してるという寸法。
ただしアバウトなので大体そのくらいと言う自分の中での目安です。
大きく逸脱してないとは思いますがきっちりしてる人からは荒く見えるかもしれません。
そして普段自分が描いてる絵は
この数字にどうやら当てはまらないかも知れないと言うこと。
どの頭身もどこか作りながら描いてる感がありましたので、
チビキャラだろうと普段のキャラだろうと多分少しずれてるんだと思います。
6.5頭身とかいった具合にね。

次に各々に焦点を当ててみます。
2頭身以下の絵って実は割りと好きだったりするんですが、
自分ではほとんど描かないので今回の絵でも分かるとおり完成度に劣りがあると思います。
描く分には3頭身以降が好みですね。動かしやすいし実際動いてくれる感じ。
このキャラの身長は150センチ半ばですから
リアル頭身でいくなら6~7の間に収まるでしょう。
頭身にせよデフォルメにせよ、形作られてるのは描き手の好みによってです。
人の好みと言うのは持って生まれたものと生まれてから見てきたものに左右されます。
何が言いたいかと申しますと、絵柄を決定するのはそうした物であるというのと同時に、
決定するのは人の意思だけど、決定された物には法則性が存在すると言うこと。
数字に強い人はそうした物を数値化できるのかもしれませんが、
そうではない私は抽象化するか具体例を挙げるかしかできません。
具体的にいきましょう。
たとえば頭身を下げてチビキャラを描くときに、
なぜチビキャラを描くかとなると、
シーンに沿わせるためかカワイイ度を上げる為って感じでしょうか。
シーンに沿わせる際は大抵コメディタッチにする為ですので、
絵柄もそれに沿って簡略化されたものになってるんだと思います。
(多分それが世の中のチビキャラの多くが簡素化された絵柄である理由)
カワイイ度を上げるには?この場合には意図の有無に関わらず、
色々貪欲に多方面のカワイイ要素を取り込んでるように思えます。
チビキャラなら同じく小さい赤ん坊や幼子、動物と言ったものの構成要素であったり、
或いは具体的にいくなら人によっては小さいころの相棒のぬいぐるみや
見たキャラクター(ディズニーやらサンリオやらアンパンマンやらなんやら)であったり。
勿論今の話でいくなら、ぬいぐるみやキャラクターにもその元や構成要素があるでしょう。
そうした本能的に訴えかける要素の他に、経験則に訴えかけるものもあります。
それは”見慣れているかどうか”と言うものです。
私がしばしばこうした話で例に挙げるのはジーンズや男性のスーツ。
大体誰にでも似合ったりプラス補正が大きいものって
デザイン性に優れていると言うよりは、どれだけ普遍的であるかってことが大きいようです。
この後の話の展開はお決まりで、こうした見慣れたものかどうかということの他には、
突拍子も無い事ではないという事である必要というお話に進み、
こうしたものは別に絵やファッションだけじゃなく音楽やら文章、というか
人が作って人に見せるものの全てに関係性のあることって流れになりますので
ここら辺切り上げます。

さて考えを進めていきますと、
チビキャラは必ずしも簡略化されたものである必要性が無い事や
感覚だけに依存せずにやれることがわかってきます。
簡素化は必須要素ではないのならと思って
実際右下にちょっと線を増やしたもので描いて見ましたがどうでしょう。
この絵はともかくとしてそうした方向性はありうるなぁと私は感じました。
感覚だけに依存せず~ってのはこれは別に頭身だけにとどまらず、
絵柄等全てに当てはまることだと思いますが、
これ自体が私の持論であり(なので私はコンピューターが絵や芸術を生み出せると考える)
何か行き詰った際にはそうしたときに研究することによって打破できるということを
示唆してくれていると感じる一方で、どこかフィーリング頼りのみで行きたいという感情から
それはそれ、これはこれでこうした考察で見せる長文ほどには
普段は特に考えたり実践したりせずに勘頼みでやってたりするのです。

運転

2456

ほんの少し、ほんの少しだけアクセルを踏み込むだけで、
到着時間が5~10分短くなる。ただしリスクはあがる。
そうしたときにこの短縮された時間はどうなのだろう?
普通大抵こうした言葉が使われるケースは、
僅かな時間を惜しんで大きなリスクを背負うことは無いという感じだろうけれど、
私個人的にはその時間を短いとも無駄だとも思わ無い。
時間短縮大いに結構だとも思う。
ただ自分が運転する際はスピードは出さない。
時間は欲しいけれど、考え事をしながら歌を歌って運転にも気を配るとなると
速度にまで気を配る方が面倒と言う物だからである。

夏の憧憬

2454

夏と言えば八月なきもしますが、折角なので
夏本番前の助走チックな時期(丁度今頃)の絵。
子供自体は好きなのですが、あまり子供を題材に絵を描いてない気がします。
子供時代に特に思いいれが無いからかもしれません。
ただしノスタルジックは非常に好きな題材ですので
そこへの憧れも掛け合わせてタイトルはジャパハリネットの曲から。
雪国の轍といえば雪になるのでしょうか?
田舎の轍といえば農道。
田舎なんて大体いい加減なものですので実際に軽トラの後ろに乗るなんてのも
ありうることだったりします。
ただしそれはほんの少しの移動のときに限るようで、
普通の道を走る場合は座席に詰め込まれます。
軽トラは思い出の中としては存外に座席の高い車でありまして、
足元があまり広いとはいえなくても子供一人詰め込るスペースがあったり無かったり…
後ろに乗る乗らないはそもそもどんなド田舎のガキンチョでも
本来はダメなことって知ってますので、
本物の道路を走るときは~って解釈してましたが、
今にして思うと単に後ろに子供乗せてると
危なくてスピードが出せないからって事な気がします。

ようやく夏らしくなってきた感じですね。
ただし目の前のマンションの外装工事が始まった為か、セミの声自体は少ない様子。
暑くなってくるとパワーがいるためなのか食欲が増すのが多少個人的には嫌なところ。
別に痩せたくも太りたくもないので、
エンゲル係数的な意味合い以外で食事量に拘りは無いのだけれど、
出来れば霞を食べて生きたいので、その理想と相反する為って感じです。
減るものはしょうがないのでバクバク食べますが。

つらり

2453

習作漫画用の絵柄で取りうるパターンを取り合えずつらりと描き並べてみた。
こうして並べてみてまず言える事は、
今の漫画用の絵柄も別に他のとそう変わるわけではなく、
純粋に技量不足からせっせと描いたら粗が目立ちすぎるだけの気がする。
ただ勿論その可能性も最初から考慮して、
さっと描いても問題ないようにも~っていう考えもあって色々模索しようと思ったと言う流れ。
次に、グレーは今は無いなということ。
漫画として考えるならさっさとグレーで描くに越したことは無いのだけれど、
グレーは現状時間がどうやらまだまだ掛かってしまう様子。
グレーだけ他より雑に急いで描いたにもかかわらず他よりもずっと時間が掛かってると言う始末。
白黒は提案があった。それがベタ多用をさすのか個人的に時々やるインク過多な太線で
コントラストつけるヤツを指してるのかはちょっと分からなかったけれど
いずれにせよベタ塗りは諸刃の刃でもあるので考えてなかった。
でも個人的に好きだしどうせ習得する予定なのでやってみても良いかもしれない。
線過多のは当面漫画で使おうとは思ってません。
描きやすいし個人的には好みなのだけれど薄い絵柄を目指してるのでそれに反する為に。
デフォと線過多のあいの子が現状の習作絵柄っぽいのでついでに描いてみただけ。

楽描きタイムワープ

2452

ここのところは落書きでもどこか意図的な部分の介入が否めなかったので、
さらばと思って恣意的に適当に描いてみた。
こういう何も考えずに描く落書きの時間ってのやつは本当にあっという間に過ぎてしまう。

普段の絵は基本的にはアオリやフカン―
上から見下ろした絵や下から見上げた絵をあまり描いてません。
じゃあ嫌いなのかって言うとそうでもなくって描く事自体や見るのは普通に好き。
ただ、漫画等カメラワークが出てくる絵ならともかく、
一枚絵ではあんまり多用したくないだけなのです。
夕焼けってただそれだけで良いなぁって感じるものじゃないですか。
それって実にアンフェアな存在で、呷りや俯瞰なんかも
何かそれだけでそれっぽい感じが出ちゃう感じが嫌なのであまり描かないのです。

少しだけニュアンスが変わるけれど表情だと甚だしい表情よりも
微妙なニュアンス系が好き。
漫画的には派手な方が良いのかもしれないけれど、線一本分の違いとかの
表情の違いとかの方が個人的には好みだったりします。
私個人が感情、機嫌がモロに行動に反映されるタイプの人間が苦手ってのが
関係あるかは定かではありません。

’15年 4月~6月 まとめ

あれ、もうまとめなきゃいけんの?
時間の流れの速さに一瞬絶望したけれど、
一ヶ月ほど半分死んでた事を思い出し、
自分を慰める言い訳が見つかった事にほっとして
安心してまとめに入るのでした。

more...

合流

2451

あまり定規で測って創ったりしたくないもんだから、
絵柄もなるたけ具体的に意図しないように何か思うときは
薄らボンヤリ思うことにしてる。
放っておいたら劇画調、描きなれてるのは勿論普段の絵柄。
3つが良い具合に合流できればと言った程度でそれ以上は考えないように適当に描く。
しかし残念な事に時には考えないようにする事に失敗する事だってある。
今回もついつい描きながらどうやら考えがまとまってしまったらしく、
途中で男性キャラの顔描くの飽きちゃって右下の女の子ってわけです。

がらり

2450

絵柄の方向修正とひとえに申しましても、
ちょちょいと適うならば苦労は無いのでしょうけれどもそうはいかぬ。
いっそ全く新しくがらっと変えてしまったほうが楽なのは違いないのだけれど、
いやはや絵は難しいですねぇ。

熟練

2448
2449

熟練の度合いが増せば話は違うのでしょうし、
勿論そういった能力を有していれば問題ないのでしょうが、
少なくとも私はあっちこっちへネームやろうとしますと、
まず準備体操をしなければならないという衝動に駆られます。

そして今思い出したけどそもそもこの習作漫画は
もうちょっとポップな絵でバトルをやろうと思ってたはずなので、
絵柄の方向の修正もしないと行けないかもしれない。

せみ

2447

一匹のセミが鳴き出した。
色んな季節を感じさせるものはあるけれど、
セミの声ほど明確性を帯びているものは他にないんじゃないかしらん。
誰も後に続かない、鳴いているのはただの一匹。
誰も鳴いてない中で鳴き出すのはどのような気持ちだろう?
一番槍は誰にも渡せぬ!だろうか。
おかしいな…暑くなって来たのに…誰も鳴いてないぞ?良いのか?
鳴かなきゃダメなんじゃないのか!?な気弱なタイプだったりするのだろうか。
使命感に駆られてたり、或いはめくるめく恋の季節とばかりに
”純真”に鳴き出したりするのだろうか。
私が外から何を思おうともセミは鳴く。
そこがとても良い。
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