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中学女子s

2610

少し丁寧度を上げると分かるのは
何ヶ月だか前に描き方をちょっと変えてみたのだけれど、
それが大分なじんできてる感じがあるということ。
良いことだけど元々ストレスにならないように
親和性の高い部分で変えたので特にどうということでもなかったり。

変えた理由はフィーリングといってしまえばそれまでだけど、
強いて語るならばパターンを増やす為。
キャラ毎の特徴はなるべく分かりやすい方が良いに決まっているので
どうせ行き詰る事だろうから今のうちにちょっとでもと思ったという所があるのだ。

パターンを増やせる可能性を上げたのは良いのだけれど、
完成度を高めるにはどうしても実際の人間のパーツを知らなければならず、
あんまり人の顔を見ない癖して自分の目で見えてる世界を絵にしたいという
若干絶望的な考えでやってきております故、中々そこに踏み込めてなかったり。

ずっと言ってる事ですけど、勿論絵も良い感じにしたいという願望は持ち合わせてますが、
究極的には”字”で例えるなら誤読される恐れの無い字であれば良いとも思ってますので、
必要に迫られてないと言うのも分かっていながら進めてないところだったりもするのでしょう。

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じゆんび

2609

得られた成果の確認、明日に向かう意識、まずは成果をまとめる。
全体的に見れば同じ方向に向いているように思える川の流れも、
部分部分においては割と気ままな方向を向いてたりするようで。

しかしまぁ2日ですっかり筋肉痛も元通りと言うのは
若い時分の物差しで見れば
「え?一日でなおんないの?」ってなるかもしれませんが
そうでない自分から見れば、
痛めることなくすっかり治るというのはまず良いことだし、
何より音に聞く1日遅れでやってくるなどと言う憂き目に会わずに済んだという事も
大きい事なのです。

基本的には行き当たりばったり型の人間である私でありますが、
すなわち準備は何もしないのかと言われればそんなこともなく、
漫画を描く上での下準備というかそういうのは多少は考えてやってたりもします。
絵に対するアプローチや物語に関する勉強もそうですが、
体力づくりなんかも割と進めてたりします。
結局何をするにも体が資本という事は肉体の労働量にかかわらず
大切であるというのはこれは世の真理であります。
更に肉体と精神は互いに絡まりあっておりまして、
元気があれば多少疲れてても動けますし、
逆にがっくり来てても体が超絶元気だとこれまた動けたりするものなのです。
私などは最初から自分のメンタルに、これっぽっちも信頼を置いておりませんので、
それに備えてバリバリの運動をする人とまでは行かずとも
せめて体力が足を引っ張る事のないように努めよう、とまぁこういう心積りでいるわけなのです。
やれ疲れた、やれどこそこが痛いじゃあ
豆腐メンタルの私の心はきっとすぅぐに折れちゃうでしょうからね。

そんなわけでそうした運動不足解消運動が奏功してたのではないかなぁと
思いましたまるってのが言いたかったお話。

ごつい人

2608

鍛え上げてる人は直ぐ脱ぎたがる性質があったりしますが、
私はそれでいいと思ってます。
ボリューミーな胸があるなら強調する服装を、
美脚ならそれを活かし、
折角鍛え上げた肉体があるならついつい見せびらかしたいと思っても
それは已む無しでもあるし、寧ろ見せていって良いのではとも思います。

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体力

2607

学生時代と同等の運動をした。
勿論実際には体力の衰えを考慮して
目一杯セーブしたのだけれども、
それでも二日ほどダメージが残ったのでした。

銀の魔女

2605

ヒヒ。お猿のヒヒじゃなく曾々婆のヒィヒィ。
若さを保って長生きしたが魔法ではなく
本人の生まれ持っての特性のようだ。

物語の流れとは別として一族的な特性の解消が
この家系の人物らの基本的な行動の動機となる。

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本読む魔法使い

2604

根暗美少年枠キャラ。

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メイスロゥ1

2603

モブキャラに近い少女。
うっかり結構描いてる。

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シャーペン

2601

久しぶりにシャーペンを持ってみた。
消しゴム使わなけりゃただの硬い描き心地の
濃淡に筆圧検知がついてるって感じの筆記具。
インクでごまかしてた筆圧の弱さが
黒鉛だとモロに出るなぁと言う感じ。
塗り重ねれば勿論もっと濃くなるし、塗り重ねられる事こそ
鉛筆系の強みだとは思うけれど、
すっかりシャーペンが他人さんと言った感じで
描き込むのが不安な感じでいつもどおりざっと描き段階。

がらがらがら

2600

ここ最近絵の具合がよろしくなかったのは
ブログの絵にもきっと表れている事だろう。
理由は幾つかぱっと思いつくけれどカテゴライズして喋るなら、
まずは体調的な問題。
今はすっかり良好だけれど、良好にするまでのリソースは当然平時に比べて
余分に必要となるわけだからその反動が生じるのも当然の話。
次に精神的な問題。
一ヶ月前くらいから特にああ絵って難しいなぁ描けるってのは大変なことだなぁって
思ったのを覚えてるけれど多分それが心理面に影響を及ぼしてる。
最後に感覚的な問題。
これは面白い事だけど、話作りに気持ちが向かうほどに
絵のほうに意識が向かなくなる。
皆が皆そうであるかは知らないけれど、少なくとも自分にはそういう性質があるわけで
ここ最近もその影響下に存在すると思われる。話の方は色々あってわくわくはしてる。
キャラってのが何かというのも見えてきた。

想像力に限界があるってのは言葉にしてしまえばそのまんまかもしれないけど、
実際には二つの意味合いがあると思ってます。
一つは勿論能力的なお話。
あれこれ想像やら連想するタイプも居ればそうじゃないタイプも居る。
人間の種類のお話なのでしょう。
もう一つが”きっかけ”。
こちらの方が結構大きなウェイトを占めてると私は考えます。
どういうことか、何のことはありません。意識・認識しなくては始まらないというお話。
どんなに想像力豊かであったり洞察力に優れていようとも
考えの始まりがなければ始まらないのです、当たり前ですが。
名探偵だって事件が始まって初めて推理をしだすわけで、
ご飯食べてる最中にあれこれ推理の妄想をしてるわけじゃないのです。

想像力の如何に関わらず、やって初めてわかる事なんてのは沢山あることなのでしょう。
絵を練習しだしてわかった事なども勿論沢山ありまして、
その一つに絵柄があります。
私などもその口でしたが、単に見る側オンリーの目で見てる時は
何だこの絵とかヘタクソだなぁとかヘンだなぁとかぱっと思う事がありましたが
自分で絵を描きだしてから改めて周囲を見てみれば色々見方も変わりまして、
実際には高い画力を下地に描かれてる絵も
絵柄によって不当に判断してた事があった事に気づいたわけです。
これは大変怖い事だぞと思いました。

そもそも絵柄とは?
ぱっと見た形もそうだしデフォルメする比率を選択する個人のセンス、感覚もそうだしで、
形と表現方法と言う意味合いで私は言ってます。

とすると、絵柄の形成には二種類の道があって、
意図するかしないかの二つの道があるわけです、当たり前のことですか。
意図するのにも幾つか考えられまして、好みの先達者に学ぶ、
色々研究して自身できっちり設計するといった感じでしょうか。
意図しないってのはそれについて考えないというのもありますが、
考えてはいるけれど実際は感覚頼りというのもあるわけです。

私は割と典型的な勘頼りな人間でありまして、
描いてるその時々の感覚によって絵柄が左右されますので、
将来的にガラッと変わるなんて事も大いにありうるかもしれないと思ってます。
がらっとは変わらなくとも変化の予測は割りと可能でしょう。
少なくとも長頭というか縦長、顔より上の部分が大きい傾向は減るだろうと思ってます。
何故なら個人的に好みで無いにも関わらず
今はそれが良いと感じてるギャップがあるからです。
目と目の距離も恐らくもう少し離れるでしょう。
最近は故あってちょっと近めにしてますので
多分平均的な位置にはまた落ち着くと思ってます。極端に離れる事はナイでしょう。
感覚で描いてる分、自分の感じ方が変わらない限り変えられないので、
なんとも奇妙で不便な話かもしれませんが、まぁそういうことなのです。

さてでは絵柄による見え方の変化とは?
まず大事なのは絵と言うのは人に見せるものであり
特にそれが不特定多数に向けられる場合は
ある程度の普遍性で持ってわかってもらう必要性があるものなのです。
最もそれに関しては絵に限った話ではありませんがともかくも、
わかる奴にだけわかりゃあ良いというのはよほど尖った分野で、
基本的にはわかってくれれば良いなぁ位には思うものです。
となると技術力の向上が見る人の感想に直結しないというのは
これは損なお話で、特に才や若さといったアドバンテージが無い場合には
二の足を踏まざるを得ないというのもお分かり頂ける話でしょう。

歪度合いやら流行り廃りなどが評価の判断基準になったりします。
一つ周囲を見てて感じることは
精緻なものは評価を得やすいという事。
正確に丁寧に細かく描写されているものは評価を得やすいようで、
丁寧であるというのはこれは言うまでも無い事で
何かを誰かに向かって書く際には、
ヘタでも良いから丁寧に書きなさいなんて事は小学生で習うお話です。
細かくというのは言ってしまえば描き込み量を増すという事でしょうが、
その方向性はどうやらテクスチャー的であるものが好まれるようです。
そのまま模様であっても良いし、
そうでなくても一つのものを細かく描かれるのが良い様で、
同じだけ時間を描けて熱心に描き込んだとしても
枠内に色んな情報が詰め込まれるのは好まれないようです。

しかずしからず

2599

「絵の構想は絵で描くにしかず」

とまぁ考えだけは一丁前にやってたりするので、
あんまりそれ以上考えずにきたけれど、
私の行動パターンに自身に反する事をしてみるってのがあるので
今回もそれに従いやってみた。
大体のことはそうだけど予想通りな感じ。

言うまでもないけれど文字と絵の決定的な違いは
アナログとデジタルって言葉で表現できると思ってるし、
実際私は当ブログ上でもそう言って来てたりする。
アナログとデジタル?何言ってるんだってならずに
感覚的に行くなら、時計を見てみればわかる。
針のアナログ時計は詳細な時間は判り辛いが瞬間的に何時ぐらいかわかる。
数字なデジタル時計は瞬発力に劣る代わりに正確な時間がわかるという寸法。

しかし一応わざと自分の弱点を強化せずにやってきてるけど
レイアウト能力というかそもそもの『枠内に収める』って言う能力に
欠ける嫌いが私にはあるのがこの絵を見ても実に明らかだ。
つまり私にとって九人のキャラは多すぎるという事になる。

そりゃあ完璧でありたいと思わないかと言われれば口と眉毛をひん曲げて
その感情を表現せざるを得ないわけだけれど、
残念な事に時間と才能と言うのは限られておりまして
優先順位を決めてやっていかざるを得ないというわけなのです。
ビシィとスケジュール作れてそれ通りに動ける人間だったら多分ずっと上手く
やれてるんでしょうけどね。

それと同様のことだと思ってるのは”経験”。
しばしば人は口うるさく何事も経験だと人に諭す。
私だって言われた事は一度や二度ではない。
実際経験に勝る経験はないというのは事実でしょう。
しかし人が持ってる人生時計は皆大体同じ時間を刻む。
人が一時間過ごす間に三時間過ごせて~とかあるならともかく
そうじゃないのだからどうしても取捨択一は出てくるし、
ある経験をしてないからといってその時間中フリーズしてたわけでもないのだ。

こんな考えなのでプロというものに私は非常に敬意を払ってる。
正直言ってその人にしか出来ないというような特殊な才能を必要とするものって
世の中にそう多いわけではないと思ってる。
大体の事は大体の人が出来ることで構成されているはずだ。
一握りの技術や人間が世の中を動かしているという話じゃなくって
実際の世界は実際に構成する存在によって動いているという当たり前のお話。
だから目の前にその道10年の人が居たら私は敬意を払うが、
それはその人そのものというよりは10年という経験値に払っているといえるのかもしれない。

まぁこんな風に連想ゲーム的にただおしゃべりすれば
延々文章綴れてしまうものだからここらで切り上げよう、いつもどおりに。

ティアミスト

2595

あまり実感としてあるわけじゃないので理屈として語るけれど、
こうして色々勉強したり考えたりしてやってくると思うところも出て来る訳です。
その一つがやっぱり絵柄の話。
描く側にとって絵柄の重要な要素といったら何よりラインだったりする気がするけど
普通大抵各々のデフォルメ具合の比率やもっと端的に言ってしまえば
パーツの形という表層こそが最も目に付きやすいわけで、
私もその辺のことはある程度意識して描いてたりするわけです。
小さいころそう多くの漫画を読んだわけではないけれど、
それでも何でこんな変なの描くのだろう?とか
今だってうーん?っておもう瞬間が無い訳じゃない。
勿論今回の話の流れなのだから、それはデッサン等のミスじゃあなくって絵柄の話。
お人形やら(勿論人形にも元があるけれど)なんやらの理想系と比較して
何でワザワザ?って思う事があるってお話で、
そうしたこともいざ自分がそれをする側に踏み入ってみれば
何のことはないやっぱり世の中の大体の事と同じで、
人のなす事には大体においてその人の意図やら意思が存在するってことなのです。

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ウスバアゲハのジアン

2592

ご他聞に漏れず私の周囲は皆アジア人でありますので
このキャラもそうした元のイメージを強く残してたけれど、
つい一枚前くらいに思い切ってアジアンテイストから
島国は島国でもヨーロッパもちょっと上の感じなイメージを念じて描いてみたら
がっつり違う人になった感じがある人。
何のバックグラウンドも物語的な必然もないから
別段そうする必然もナイのだけれど、
これはこれで趣のある顔なきもするので良いかなと今は感じてます。

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クロキ

2591

このキャラは逆に容姿の設定がイマイチ決まってない。
決まってないというよりは定まってないというのが正しいか。
波長の問題なのかもしれないけれど、声にせよ容姿にせよ
どちらも覚えたりするのは苦手なほうじゃないのだけれど、
時々妙に覚えにくいゾーンが存在する。
そうした物であったり、印象的に妙にぼける人間があったりもする。

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Juni

2585

モデルが同じの為、キャラ2の勇ちゃんと顔の造詣が大体同じ。
このキャラから続く九人のキャラはコンセプトが同じで
性格のモデルもある程度あったりするので
物語が出来上がってなくても性格が把握しやすいし、
描きやすい部類の方々。
描く上でもキャラはパーツだけじゃなくって内面も必要ってことですね。

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アナログ覚書

2584

ボールペン使って描いてて感じたことを念のために書いて置くと…
まず条件として、絵はデジタルで尚且つペンタブで描いている人間で、
更に絵を描くタイプとして目に頼ってるタイプであろうことがあげられる。
ここで言う絵を描くタイプというのは、私が自身を見てきて感じたカテゴリーで、
絵の描き方は経験や知識に裏打ちされた線を描くか、
或いは理想像があってそれに沿おうとする描き方になってくると思う。
前者後者ともに行き着く先は同じで、後者の場合は噂に聞く
脳内或いは目の前に浮かんだ映像をなぞるだけというものになってくるのだろうけど、
私にはそういうのは無いのでよくわからない。
ならばすわ前者タイプかと言うとそうも行かないのが世の常で、
別にそれは捻くれてる訳でも無い様に経験的には感じる。
知識や経験もなくイメージ力も秀でてない、お手上げじゃん?とまぁ
言葉のマジック的にはそうなるけど、勿論そんなことはなくって、
描いてみてから考えるというやり様があるのです。
まず描いてみて思ってるのと違えばやり直す、
アナログなら消しゴムのカスが大量にでるだろうし、
デジタルならアンドゥの使い倒しだ。
そう、この手法は決してマイナーではないはずでしょう。
言ってしまえば凡才で素人のやり様になるのかもしれないし、
更に言ってしまえば私もその範疇に属するという事になる。

いけないいつもどおり前置きでわき道に延々それてしまうところだった。
大体そんな条件の人間が感じたことといえば、

・手は絵を隠す
 めっきり文字を書く頻度すら少なくなり、きっと私は忘れてしまったのだろうけれど
 驚くべき事に手は絵を隠すのです。
 目でチェックしながら絵を描く人間としてはこれは割とびっくりで大変な問題。
 ペンタブだと手元見ずに正面の画面だけ見ますからね、手元で起こる話。
 ちゃんとそれを避ける筆遣いがどうやら必要なのでしょう。
・見る角度が違う
 普段は正面にある画面を見て描くけど
 手元を見るということは姿勢もそうだし見える角度も違ってくる。
 ただしこれは意外と障害には感じない問題。
 強いて言うなら写メするときに角度変わっちゃうと絵も違っちゃうなぁと思うくらい。
・ボールペンはダンボールを削る
 私はあまり筆圧の高いほうではないのだけれど、
 ふと気づけば彫刻刀で木を削るがごとく毛ほどのおがくずが出る事がある。
 最もこれは今にして思えば多分使ってたボールペン固有の問題で
 固い床に落としてしまった事があるという事がきっと原因でしょう。

・・・思ったより大した覚書にならないように思うので切り上げよう。
続けても後はダンボールのやわらかい感触は存外悪くないとか
そういう個人の感想レベルになってくる気がする。
やっぱりこういうのはもう少し繊細な人間が分析したほうが
きっと世のため人のためなんでしょうねぇ。

3分間クッキング

2583

遠目の鏡でも明らかなくらい目の下がクマだ。
格別に忙しい日々ではないので直ぐに
駆逐されることだろう。

5分落書き

2582

ダンボール落書き。
写メって初めて客観が得られるきがする。
乱雑ですなぁ…w
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