FC2ブログ

今も昔

2645
2646

投げっぱなしのつもりだったけど、やっぱりちょっと比較することに。
並べてみると、少なくともちょっとずつ描き方は変わってると感じる。
四年間のそれは言わずもがな去年と今年も割りと変わってる、
ってなるだろうなと思いきや、以外にも順当な流れに感じる不思議。
去年までは自然任せで今年は意図的に変えた部分があるにも関わらず。

後気づくことはてっきり最近の傾向だと思ってた髪の毛のボリューム具合。
元々ある程度はモサモサが良いと思って描きだしたものの、
最近は行き過ぎてきてるんじゃないか、もう少し減らさなければならないのでは
などと思ってたのですが、こうしてみるとあんまり変わってない。
ボリューミー具合の是非や今後の傾向はともかくとして、
現状のこのバランスを形作ってるのは多分基本となる円のラインが髪の毛の
アウトラインに沿って作られてるからでしょう。

後下側の四つぞろいの比較で言えることは、両端と真ん中二つ同士が
大体同じ程度のクヲリティ傾向にあるということが言えると思う。
両端はざっと描いた感じで真ん中はある程度丁寧めに描いている感じ。
どうでもいいけど毎度毎度”かんじ”で”幹事”って変換出してくるIMEは
言葉は悪いけどどうにかなってしまえば良いのに。
なんにせよ大体同程度のクォリティ同士を見てみると
さすがに四年前よりは情報量が増えてるといえるかもしれないし、
単に似たような絵描いてりゃイメージだって足し算されてくだろうとも言えるしで、
結局、比べてみたらまぁ同じでは無いかなぁとしか言えない気もいたします。

主観と客観

2644

たとえば自分がそうは思ってないとしても、
髪を切ってもらう人が変わるたびに髪の毛が多いですねと声をかけられるとする。
というかしてる。
毎日不特定多数のいろんなサンプルを見てるプロと自分だけに詳しい人間の
どちらの意見がより信頼性が高いか。

結局ものの見方で大事なのはやっぱりフェアーであるかどうかだと思うわけなのです。
信念を貫くとか、第三者視点だとかの観念論やら型の先行ではなくって、
どうあれ同じスタートラインに並べてやるのです。
出てくるものは出てくるし、出てきてほしいと願ってもそれに足らないならば
いろいろな細工もやがては徒労となってしまうものなのかもしれません。

静かな冬

2642

大体どの季節もポリアンナの如く好き好き言ってますが、
冬の夜は素晴らしい。
特に真冬の雲ひとつ無い星空は
放射冷却によって宇宙空間に放出される熱と一緒に
真っ暗な空に吸い込まれそうな冷たい美しさがある。
そして静か。虫も居ない。
そういえば今住んでいるところによらず、
夜中に時々うるさいエンジン音をかき鳴らして走る人々も
冬には現れてない気がする。
社会には反抗するけど自然には逆らわないとは何とも可愛い話だが、
これは私の今思いついた勝手な想像に過ぎない。
とにかく静けさは素敵だ。
ただしその静けさは冬以外の虫やらの騒々しさとの対比もあると感じる。
実際は雲ひとつ無い瀬戸内の冬より、
降雪地帯の雪に囲まれた空間の静けさのほうがより静かだ。
片方が普通の教室のテスト時間だとしたら、
もう一方は音楽室よりひとつ上の防音室の静けさのそれと言えるかもしれない。
セミやカエルの騒々しさも素敵だけれど、
今はやってきたこの寒さと静けさを楽しむとしよう。

言葉

2641

私の絵そのものの質はここ最近はローペースな向上かもしれませんが、
表現ツールとしてはちょっとずつ感覚を得てきてる感じがあります。
言葉遊びになるかもしれませんが、描いたものが表現したいものじゃなくって
表現したいものを描いてる事が増えてきたって感じ。
芸術家なら前者で感性勝負で良いのかもしれませんが
私はそれを目指してるわけではないので、つまるところ
自分なりには一応進んでいるといえるでしょうと言いたかっただけ。

2640

昔、翁というものありけり。
ん?何か足りない?

段階

2638

一番最初は何も良し悪しなどわからない。
だから全部素敵に見える。

ちょいとこなれてくると粗が見えるようになってくる。
この人駄目だねと判別しだす。

さらに進むと良いものが具体的に見えてくる。
すごい人のすごい理由もぼんやりわかってくる寸法。

段階を経てふと駄目だねと昔思った事があるものに
もう一度触れてみる機会があったとする。
すると思ったよりちゃんとしていることに驚く。
全体的に悪いと思ったはずだし、実際今見ても別にすごいと心変わりはしない。
でも細部にせよ基本にせよちゃんと全部則ってる事に気がつくのだ。

もっとも怖いことは深淵であるとか人の目とかそういうのじゃなくって、
どうであれやるしか術がないところなのかもしれない。

見てませんとも

2636

打ち捨てられるシワクチャメモ帳だってペロリダー。

偶像崇拝

2635

5分と言う時間は少なくとも私にとってはあまりに少なすぎる。
同じ雑絵でもこうして15分あれば悪戯に線も暴れずに済むのである。
これを手が遅いと言われるとそうかとしか言えなそうなので
短時間描画はもうしばらく続けて様子を見てみるつもり。

世には偶像崇拝なるものが存在する。
もちろん宗教的な使い方が一般的だろうけれど、
乱暴に言ってしまえば、
宗教もまた生まれて後後天的に習得するものである以上
人そのものが持つ性質がベースになるのは自然なことで、
わざわざ宗教的な背景をベースにせずとも玩具の人形や、
幼少よりのお気に入りのぬいぐるみ、あるいはロボットや特撮のフィギュアでも
飾って愛でると言う行為にさしたる違いなどないと言える。
つまり目(本質的には視覚にのみ依存しうるものでは無いと思うけれど)を頼りに
形あるものを愛でる、あるいはもう少し積極的に関心を持つという行動はすべて
偶像崇拝と等しい行動であると言えるわけだ。

何が言いたいかというと特にないけれどアイドルとは偶像だという言葉が存在するけど、
これはつまりそういうことだと言えると思ってるということだ。
実際に深く考えたことはないけれど実例を持って述べるなら、
たとえば私は性別に関わらずアイドルグループにまったく関心がない。
そしてポスターやら写真やら人形やらを飾るという行動もとらない。
部屋に張ってあるのはカレンダーくらいなものだ。
(実際にはメモやらが張りまくられているけれど今回の話とは無縁だろう)
たとえば小学生時代の同級生に休み時間になっては校庭の隅の緑豊かな場所に
土で地蔵作って拝んでる者が居た。
まぁ他にそういう人間を聞いたことがないので変わった奴だと言えるだろう。
私はと言えばあまり固定のグループに属して遊ぶタイプではなかったので
そうした変子が拝んでる隣に行ったりしたこともあるので
何をしてるかを知ってるわけだ。
さてその信心深い小学生が大きくなってどうなったか。
風の便りにはどうやらアイドル声優の追っかけになったという話。

Aこがれこがれ

2634

現実のものを見てこれは描きたい!って思う事があんまり無い気がする。
物しかり絵も然り。
良いなって思う絵や好きな絵柄は山のようにある。
でもそれを見て描いてみたい、とはならない。
なぜだろう、絵に対するアプローチがドライなのかしらん?
いやそんな理由ではないはずだ。
結局絵は人間の発露に過ぎず、
つまりは人間性の違いに過ぎない事なのだろう。

定められしこと

2629

世の中ままならぬという事は多々ある。

健康に生きたいと言うのはごく普通の感情でしょう。
人間の体は歩くために適した形であるらしい。
だから健康の為に歩いたりジョギングしたりするのは理に適ってる。

ところで人と言うのは老化という枷から逃れられないものだ。
老いとは何か。
老いとはエラーコピーの蓄積とサビていくという事に他ならないと認識してる。
エラーコピーは日々私達の体は代謝によって次々と細胞レベルで入れ替わってるのだけれど、
コピーを重ねると精度が下がっちゃうというお話。
勿論劣化もあるのだろうし、
エラーそのものが、そもそも生命が得た特性の一つでもあるのでこれは逃れる術はなさそうだ。
錆びとは?機械じゃあるまいし?
いやいや言うほどに機械と私たちって違いがあるわけでもなく、
そもそも私達の体は酸素をエネルギーに利用してる以上、
錆び=酸化という関係性からは抜け出せるわけもなかったりするのです。
そんなわけで巷に聞く健康食品なりで『抗酸化なにがし~』なるものがあるわけなのでしょう。

つまるところ歩いたりジョギング程度の軽い運動は実に健康維持に役立つ代わりに、
何もしないよりも沢山呼吸をする為により錆びが増えるという事になるわけです。
じゃあ動かない方が良いのでは?
動かなけりゃ動かないで使わないものはドンドン衰えちゃうらしくてこれまた駄目らしい。

循環器だけじゃなく関節にもこうしたジレンマが存在するようで、
つまり行き着く先は必ず停止するという未来が存在するわけで、
これをもってなるほどままならぬものよと諦観するのであります。

なおざり

2628

ある程度はおざなりであっても仕方ないというのは
私の考え方の一つでもありますが、
なおざりに過ぎるというのはこれは明らかに良くないことでありまして、
特に最近のブログ用絵にはそれが顕著であるように感じてます。
気力体力ともに比較的良好であるにも関わらずリソースを割けないと言うのは
あまり褒められた事ではありませんのでちょっとお尻をたたく必要性があるのかも知れぬ。

或いは比重を置いている想像力の方の活性化を利用できればと思わないでもないですが、
これが中々言葉ほど容易い感じでもなくって色んなことは思いつくけれど
手が動いてはくれぬ、なんていう絵を描き始めた頃のような感覚に襲われるのであります。

更に私にとっては絵よりも話を考える方がより感情に作用される感じでありまして、
浮き沈みというほどのものでは無くとも気分的な触れ幅も出てきておりまして、
大変かって言われると大変ではないと答えられるので
まーどうやら言い訳も尽きるようなので、どれもこれももうちょっと頑張ります。

6000時間

2624

何も不老不死でありたいとか贅沢は言わないので、
せめて1日が24時間じゃなくって6000時間くらいあればなぁと
最近とみに思う。

どんより

2621

タオルを日光で乾かそうかと思ったらあいにくの空模様、
なんてことは十分起こりうる日常であり、
干したいタオルが十分干されなかった場合にもたらされるものは
大体において相場が決まっているわけで、
目も耳もあんまりよくない私も鼻は利きますので
なにやら不穏な雰囲気を察知するのです。

繁忙期が過ぎたからと調子に乗ってやる事を増やしすぎたかもしれない。
眠くならないってことは疲労度等が限界を迎えてないってことだし、
夏ごろに崩した喉の具合もケアのおかげかすっかり良い感じに思えるけど、
頭がややボンヤリするのはどうやら認めなくてはならぬようだ。
10分ほど湯船につかりながら本でも読んでリフレッシュを図らなければなりますまい。

「10分・・・」別にせっかちなわけでもハードスケジュールなワケでもありません。
いや性格がせっかちでないとは申しませぬが、
この場合は単に風呂に長時間つかると逆に疲れちゃうというだけのお話。
高校の頃なんかは三時間とかあった気もするけどいやこれ以上は言うまい。

TJ

2618

これにて取りあえず今現在に追いついたという感じでひと段落。
一個前のスチパンチックな方々が2014年で今回のが2015年。
それ以外は全て2013年以前のものとなってまして
形だけ見れば全然キャラが代わり映えせずにこの2年程度はやってるという事。
理由が無い事もなくって、アイディア任せであれやこれや思いつくのは容易いけれど、
話なきゃキャラだけあっても意味が無いと思ったので
新キャラを特に考えずに練習というか手を動かしてたという感じ。
このキャラはがっちり短編練習したいなぁと思って考えたので
そのうちやれれば良いなぁと思ってます。

しかしたかだかブログ内のカテゴリー1個増やす為に
費やした時間がほぼほぼ二ヶ月というのは恐ろしい。
しかも特にキャラに触れることも無い感じなのでいつもの記事と変わらないという。
といっても意図をばらしてしまえば上記と似たような理由なんですけどね。
しかずしかず、です。

more...

2616

日々で見つかった5分ちょいの落書き時間は
割りと気に入ってたりします。
カレンダー
10 | 2015/11 | 12
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
プロフィール

でき

Author:でき
----------------------
マンガ準備中な社会人
----------------------

----------------------

カテゴリー
月別アーカイブ
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

漫画用アルバム一覧
最近の記事
最近のコメント
過去絵抜粋
リンク
ブログ内検索
フリーエリア
にほんブログ村 イラストブログへ
にほんブログ村 漫画ブログへ