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シュシュシュシュシュシュシュシュ

3000
この二人の物語は大筋しか決めてないので
まだ色々不定。
特に男キャラは役割しか持ってないので
まだまだデザインがぶれそう。

走り だせよ

2990
土曜を乗り切ったけど明日明後日も
乗り切らざるを得ないようだ。
そこでその二日の間に敢えて何か新しい
ストーリーを考えとこうと今思いました。
挑戦精神に富んでいない人間ですので
きっと忘れちゃうんじゃあないかな。
でも、何か思いつくと良いですね。

ズーズーズー

2987

久々にやることの多さと体調の良く無さが重なって
仮眠挟みつつ活動中。目が痛む。

変なん来た

2986
理論武装はあって損はないでしょう。
具体的に軍備してても良いでしょうし、
必要な時にある程度出てくるならそれで充分足り得るでしょう。
それは個人のタイプか気質に合わせれば良いことで、
例えば楽天家でその場対応なタイプの私ならば
悩めないのでその場その場で出すことになりますし、
同じその場対応型でも心配性であるならば、
脳みそが空いてるときにでもシミュレーションって感じでしょう。

その場その場、例えばうーん
私は建前ではなく自分が普通だと思ってますが、
生きてきて「普通だね」って言われることは無くても
「変わってるね」とはよく言われるという事実があったりします。
それを自白した際、にっこり笑っておしまいでも勿論良いでしょうが、
そこで武器を出すとするならば
「でもまぁ右利きの人にわざわざ右利きなんだねって言う事が
そうないのと同様で、そしてそのシーンをダイジェストすれば
そりゃあ偏ったりもするよね」
なんて事を言えるでしょう。


口が回るかどうかが主題ではなく”変”が今回のテーマ。
世の中たいていの場合より甚だしい例は溢れかえっているもので、
例えば私は多分に落ち着きがないタイプで
十分大人になった今は勿論そうした気質は表層に出さない術を
いくらか備えてるわけで、こうした話題で語る場合は
今の自分を見れば一目瞭然と言うよりは、
やっぱり小さい頃は~小学校くらいの時は~なんて話口になるわけで。

私の場合は落ち着きのなさは頭の中で帰結する部分が多くて、
幸いにも表層に現れる部分はそれほどでもなく、
でもそれでもじっとするのは苦手でよくモジモジ椅子に座るのは
好きじゃなかった~なんて話をふったことがあるのです。
すると話し相手は自分もそうで、と言うよりもっとひどくって、
授業中に普通に砂場に遊びに行ったりしてたなぁなどとおっしゃったわけで、
目の前の物静かな人間にも過去はあり、
同時に椅子に座ってるだけ自分の方がずっと落ち着きがあるな!
(そうした比較をもっての安心、弁護は下品ではありましょうが)
などと思ったものだというただの世間話をしたかっただけだったり。

目が眠い

2985

「ハンカチ貸してんか」
「そんなん持ってへん」
「なんで持ってへんのアホちゃう」
「アホは自分や。服で拭いとき、ちゃうちゃう自分のでや
 なんで私ので拭こうとしてんねんアホや」
「アホはあんたや」
「アホ」
「アホ」

フレームはおんなじ

2981

13~14歳くらいの女の子。
やや小柄で成長は今後に期待と言う体型。

な感じのキャラを低~高、細~太って感じに
変化させてみました。
練習。
こういう羅列と言うか同じ感じのを並べてたくさん描くのは、
多分デッサン(基礎反復)をすっ飛ばしたツケなんだろうけど、
超苦手。

自覚あるから避けて通るし、練習だってするのさ。。

煉瓦

2980
反省を生かして短時間慣らし。

準備運動?

2979

よしちゃんと描く前に手慣らししとくかと
ツイツイ小さい顔を詰め込みだしてしまったせいで
40分はゆうに経過してしまったのでした。
20個ほど顔描けば一個当たり換算すりゃあよぉ…って
甘い言い訳は成り立ちましょうが、
それよりなにより四十分やりゃそれはもう
準備運動じゃなくって普通に本運動と言うか
ただの練習ですよね。

2978

絵はそれ単体で誰が描いたかわかった方が良いのは
特性上当たり前なんだろうけど、
いたずらで絵柄を変えたらちゃんと正体は隠れてほしいジレンマ。
多分そういう悩みは『役者のジレンマ』とでも言うのでしょう。
私は演劇の方は全く造形が深くないのでたった今名付けただけですが…w

線と点

2973

割と雑なラフや下絵で上げることが多いので、
たまにはそうしたものを拾ってペン入れしてみても良いかと
大体一年くらい前のを適当に見繕おうとしたら
思ったよりずっと酷い出来栄えの絵が目に留まって
うっかりリメイク傾向となってしまったのでした。
勢い余ってるから大体普段は絵も字も暴れたりしてますが、
チマチマ丁寧に描いたりするのも嫌いじゃなかったり。


古武道を探究してるという人と話をした話。
その話の中で師範が自身の体重を自在に操るというものがありました。
体重計を使って実際に色々試してみた話やら
神道に絡めたお話まで中々面白い内容だったのですが、
その時の話の流れの終着点が重力を操れたらUFOが作れるのになぁ
といったものだったのが割とハイライトだったように思えます。

科学ってなんでしょう?
学のない私の浅い見解にすぎませんが、
科学の生い立ちから見ても『不思議に対するアプローチ』
といっても特に大きい間違いは無いと感じます。
もう少し神秘的な言葉にするなら自然との対話法の一つであると
言えるでしょう。
おおざっぱに見てしまえば瞑想やらとおんなじなわけです。

科学それそのものが厳然として存在するものという錯覚も
面白いとは思いますが、完全に虚像のみを取り出しすぎるのも
やっぱりよろしくないのじゃないかしらんと思ったりも。
この話をもう少し具体的にするならば次元の話があるでしょう。
この世界は”次元”という厳然と存在したものによって
構成されているのではなくって、
この世界を”次元”という言葉で説明してみると
しっくりくる部分があるなぁと言う感じなわけです。

さて、当面SF作家になるつもり、否なれるわけもない私が
理科算数をいつまでも語ってもしょうがなありませんので、
絵に絡めましょう。

私は漫画絵の究極にひとつ”線”があると思ってます。
線って何でしょう?中学生くらいで習う定義によれば
点の集合だと言えるのでしょう。
ただ実際にペンで線を引くときにドット絵を作るがごとく
点を打ち続けて線を引く人はまずおりますまい。
線はあくまで線であってそこに太い細い濃い薄いはあるけどね
って感じでしょう。
そうした線そのものが持つ色んな表情、属性を持って
表現するってのが一つあるわけでありまして、
具体的な手法論や普段は言語化されずに感覚として持っている
”モノ”ってのが絵を描く人には各々あるはずでしょう。

ところで数学の初期に習う定義では確か点は大きさを持たないものです。
その集合体が線で更に集まるとってのがあるのになんなん?と
思考を進めるのもありな気がしますけどここではわざわざそうせず、
点について考えれば、おのずとその後ろもまた定まると考えてみます。
勿論大体の数学の定義は色んな制約を満たすためなのかもしれませんが、
私は別に数学をがっつりやったわけじゃないので詳しくは知りません。
そのうえで敢えて考えを進めるとじゃあ点とは何ぞや、
何をもって定まるのだ、点足らしめるのだとなりますと、
私は『人の意思』に他ならないと思います。
これは別にスピリチュアルな感じの話で―
科学、哲学、宗教の行き着く先はみんな同じ―
とかのよくあるのとは少しだけ違うニュアンスで考えます。
一言で表しなさいと言われれば『だって人が作ったものじゃん』となりましょうが、
大体において短くまとめよってのは乱暴なこともあったりするもので
ここは更なる長文化を恐れずに考えを進めます。

話し始めで私は科学、数学は人が作ったこの世界がどうなってるのかを
考えるためのアプローチ法の一つだと考えるとしました。
なので当然その配下にあるものもその属性を帯びることは明白で、
数学、いやもっと言って数字などもその属性からは逃れえないのです。
「でも例えば数字の1なんて厳然としてあるじゃない?
 自分の手元を見てごらんよ、人差し指を立ててそれは一本じゃない?」
確かにその通りで、
いやいやそれはそういう状態を1と人間が定めたので~と言いましたら相手からは
「鶏が先か卵が先か」なんて言葉が返ってくるかもしれません。
今目の前で人差し指を一本立ててる貴方が見えるけど、
少し離れれば近眼の私には
片手(一本)を挙げてるくらいがかろうじて判別できる程度になるし、
更に大胆に離れれば、どうやら人間が(一人)立ってるだけにしか見えなくなり、
それもやがて地平線(ひとつ)にのまれてしまう。

これまた大胆に話の道草をしますと、この考え方を用いて割と絵は描かれてまして、
「パース、パース」なんて言ってるアレです。

勿論煙に巻くつもりはなくって、
指一本はその通り一本でその単位こそが肝要であり
だから学校では単位をまず習ったりするのでしょうけど
何故それから入るかという説明は受験には要らないらしく
されなかった気もしますが、
ともかく、指一本も鉛筆一本もどっちも一本だけど、
ポッキー二本同時に食べたいと言われて
鉛筆と指をはいどうぞとする人は居ないわけで、
何をもって、どういう意思を込めて「ひとつ」と言ってるかってのが
実は重要だったりするのだというお話なのです。

ふー、延々このまま文章を書き続けることは容易いのですが、
(思いつくさま打ってるだけですから…)
いくら最近の文の少なさとのバランスを考えてたとしても
これ以上長文化するのは得策ではなかろうし、
何よりさすがに誰も読んでくれないというリスクは虚しさを併発するでしょう。
そうした本文の流れとは違った意思で始まった文章は
やはりその始まりの特性を帯び、本文と違った所から生じた意思によって
急速にまとめへと収束させられるのです。さだめ。

そんなわけで積極的に端折り関連付けますに、
点もまたそうした人の意思というものによって成り立ってるわけで、
点の集合である線もまたそうした『書き手の意思』を帯びるのも必然、
そして線によって構成される絵も当然『描き手の意思』の集合となるわけで、
文章化するにどうやらそんな風な考えをもって
私は線は肝要だと申し上げていたようなのであります。

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