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人、千差万別

3095
例えば事務机回り一つとってみても、そこには個性がいっぱいだ。
仕事にも潤いをとばかりに飾り立てるもの、
必要以外の物はすべて引き出しにしまっているもの、
出ているペンもマウスも全部90度か180度の線に沿ってるもの、色々。

私の机はどうだろう。
ああ、ひどい、折り重なったメモメモメモ。しかも角度はランダム。
メモは物語を作ろうと決めてから取る習慣をつけたけど、
未だにとったメモを見返す習慣は至っていないから半分は飾り。
いやいや、比較対象が定規みたいな机だから散らかって見えるのだ。
見ようによれば、わが机も必要なものしかないし、
物のある場所だって大体は決まっているのだから、
完全なカオスとはいいがたい。
エントロピー増大の余地はまだまだ残されている(SF的!)というわけ。

そう、わたくしとて一端の共同スキルの一つくらいは身に着けているのだ。
必要程度に配置だって守る。
しかし必要程度というのはしばしば曲者で、
個人の認識によることもまたしばしば。

例えば本棚。
私は割と本を読む上に、割と読み返す方なので
本棚はちゃんとタイトルと巻の順番通りに並んでる。
これはその理由があるからであって、
私が仮に本を読まなかったら、多分巻の順番はおろか、
タイトルすら守られない事もあったかもしれぬ。

本棚にすらしまわないよ派閥にとっては、
本棚に並んでるだけである程度の秩序だし、
私のようにちゃんと順番通り並べてればオールオッケーってわけでもなくって、
どうやらきっちりした人にとっては私の本の上下のブレやら表紙がずれてたりするのが
ダメらしい。直してるところを目撃したことがあるので確かな話。

多様性とコミュニティ的秩序はしばしば相反しうるのは
面白いっちゃあ面白いと言えなくもないのだろうけど、
私はどうもやっぱりトラブルの元にしか思えなかったりしますねぇ。
難しいもんです。

頭を使え、のウソ

3094
敢えて言い切りますが、
こと叱ったりする場面における
「頭を使え」
という発言は、全く駄目だと思う。
ただしこれは、言う側を諫める言葉ではなくって、
言われた側への配慮のお話。
頭などと言うものは言われてスイッチが都合よく入るなら
そりゃあ楽でしょうけど、
なかなか思うように行かなかったりするだろうし、
何より、大体においてそんな言われちゃうような状況で
より働きづらい何てことだってありましょう。

ただし呆れつつ言われるケースは要注意。
相手は本当にため息交じりにこちらの思考をトレースしているのだ。
だめだ、馬鹿にされちゃあだめだ。
見返してやるのだ。

「さぁ頭を使うんだ」

活字離れ

3093
SNSだか何だかのせいで、
すっかり国語力が低下してるという話を耳にしました。

はっきり言ってしまえば、メールやSNSが出てきてない時代は
もっと活字に触れる機会が減ってたわけでありまして、
文字に目が慣れる分だけ良いのじゃないかなと個人的には感じる所。

是非は置いておいて、国語力、もっと言えば読解力が大切だというのは
これは全く議論の余地のない所だとは思う。
読解力と理解力が直結してるとまで乱暴な事を申すつもりはないけど、
世の中の情報のやり取りの多くは目からの情報に頼るわけなのだから、
文章もまた楽に読めるに越したことはないでしょう。

私はどちらかといえば活字を読むのは割合慣れてる部類に属しますが、
じゃあそれで何か役に立ったかと言われると、
実はたった今役に立ってたりします。
もうかれこれ三か月ほど延々社内の文書の改訂に携わってたりするからです。
もしくはもしくはまたはまたは攻勢には活字に慣れてるはず私も
目がくらむばかり。
読んでりゃ慣れますが、堅苦しい文章ほど毎日見るもんじゃあないわけでして、
たまに見るものが日常から乖離した読みづらさに何の得があるとも思えない、
とこうちょっとイラっとしてしまったわけでありまして、
そうした所まで触りだしてさあ大変というのは話の本筋からずれてしまいました。

要するに生きてりゃ何をやることになって何が役立つかなどというのは
全く分からないものかもしれませんねぇという一般論に帰結しちゃうお話。
あと強いて言うなら、
データやら情報って元来そこから何かを導き出すものなのに、
意図的、あるいは盲目的に敢えての目つぶりで
答えありきの間埋めの為に使われちゃったりして
それってやっぱりよくないんじゃないかなぁという意見。

生まれて初めて忘却と出会った

3092

皆さんは物忘れはしますか?
私などは割と自分の記憶力に端から信頼を置いていないのですが、
それでも、あー忘れてるなぁなんてことはしょっちゅうです。

つい先だっての体験なのですが、タイトルのことがあったわけなんです。

実は当たり前のことなのかもしれませんけど、
『思い出せないこと』と『記憶を失うこと』はどうやら違うらしいのです。

多分日常的に色んなことや記憶なんかは失われて居て、
それに立ち会わないから気づかないだけなんでしょう。
それに偶然私は立ち会ってしまった。

私が立ち会ったのは”務”という漢字です。
そうです、事務の務が書けなかったのです。
「いやいや現代病ワープロ病でしょ?」って言われるかもしれない。
体感したらわかりますけど、ちゃうのです。

思い出せないときはどっちかっていうと、
目をつぶってその流れで脳みそまで絞っちゃおう、そしたら出てくるでしょう
みたいな感覚だと思うのですが、
忘却は違ったのです。
感覚として自分はこの漢字を知っていたし、知っているし、書けるはず、
というのがあります。しかし絞ろうとはしません。
どちらかと言えば弛緩する感じで目も口もポカーンな感じ。

しょうがないので事務と言う漢字を変換で引っ張り出します。
ところが見てもわからない。
ジムと読めるし、実際すらすら書ける。
ブロック体で写してるわけじゃなくって
自分の癖字のまま超早く書ける。
でも”務”という形が認識できないのです。
書けるのに、こんな形だっけ?となるのです。

書けたり読めたりするってことは、
”務”が格納されてるニューロンが死んだというよりは
それと認識をつなぐ回路が絶たれてた、という感じだったのでしょうか?

今は何の違和感もありません。


3089
3090
ふーむ、女キャラも別にムチムチじゃないし、
男キャラも別にムチムチじゃなくても良いかも知らんなぁ。

よし

3088
仕事と言うのはこなしまくっても
その日の時間ができるだけで全体としては増えていく感じなので
もういいやとやる前に
ちょっとこの数日ナマリ傾向なのを是正しなくてはなりますまい。

暗記

3085
私は覚えることがさほど得意とは言えないし好きでもない。
はっきり言ってしまえば嫌いな部類だし、
問い詰められれば「調べればいいじゃん」って言うのだろう。
逆の立場ならどうなるか。

世の中大変いい加減なもので、
詰め込み教育をディスり、ゆとり教育をディスりで
どっちやねんと問えばなぜいい具合にできないのかとでも
言うのかしらん。
いずれにせよ私の意志はそのような諍いにはあまりあらず、
単に登場人物が偏ったらいやだなという思いから、
時々は反対の立場になってみたりするだけのこと。

暗記科目は調べれば済む話?
確かに、一昔前と違って図書館で調べるよりはよほど早くある程度の情報は
ググれば集まる。
今後その傾向は増々加速するだろうし、
人間はもっと別のことに頭を使うべし、
とこういった論調も出てくるかもしれない。
でも、そういう人だって多分覚えるにしかずとは知ったうえで言っているのだ。
だからそこを敢えて突っつく形がいいかもしれない。
知識がもたらすものの不確定性よりは話は簡単に済みそうな気がする。

「でもさ、例えば英語なんか覚えとかないと一々辞書くり翻訳サイト見してたら
とてもまどろっこしくていけないヨ」

「そりゃ九九とか最低限は覚えらんとダメだろうけどね」

「何でも覚えれるに越したことはないんだろうねぇ、調べる手間も省けるしサ」

ANAPPLE

3081
この時代、アンドロイドは自身の外見の一部に
明らかな人工的造形(アンドロイド的)を入れることをしばしば好んだ。
またネットワークリンクスを生物の本質から外れる
とする考えを持つ人々”ANAPPLE”に属する数は、
ヒトのそれより割合が多く、
勝ち得た権利を自ら手放すかのように見えると感じる者も少なくなかった。

見た目によらぬ

3077

例えば食堂で毎日まいにち
魚かお蕎麦しか注文しない人が居たとします。
私のことですが。
つまり現実そういう人間が居るわけで、
そうした人間を外から見た限り、
魚派閥であり蕎麦党だとカテゴライズされるのは無理からぬことでしょう。

このブログでも度々言ってたりするんですけど、
私の行動原理の一つに好きな事、興味のある事は
どうせ放っといてもやるから選択ならそうじゃない方を選ぶのも、、
というのがあったりします。

そういう原理を加味すると、実際が肉派閥のうどん党でも
外から見れば全く逆に見える、なんていうこともありうるわけなのです。

こうしたことは中学校の数学で実は習ったりするわけなのですが、
習ってるときに中学生がそんなことわかるわけもないし、
せいぜい嫌だなぁと思うくらいでしょう。

これとは少し違いますが私はよくミンティアとかを食べます。
ハッカのあれですね。
勿論エチケット的な意味合いが無いわけじゃないですが、
実際には好きじゃないから食べてたりするのです。
ハッカは何かあの緑っぽい金色のカンカンに入ってる
ドロップがあるじゃないですか、セツコちゃんな感じの。
小さい頃、あれをおばあちゃんに貰ってハッカがあったら押し付けてたくらいです。
食べたらくしゃみでるし。
じゃあなぜっていうと、
そういうのが口にあると何か刺激になるんですよね。
ヤな奴が口の中に居るぞって感じ。

嫌といえば話は少し戻って魚。
割と食べなれたもので、割と綺麗に食べられたりします。
美味しいとも思いますが、臭いは駄目ですね。
山育ちなもので磯臭いのはどうにも慣れない。
納豆なんかも同じ。十年以上ほぼほぼ毎日食べてますけど、
未だに臭いもネバネバも嫌い。

慣れるものもあればそうじゃないのもあるってことなんでしょうか?
いずれにせよ、今回のタイトルを正確に書くなら、
見た目のみにはよらぬ、でしょうか。

くねくね

3076
SF的な考えを巡らせてみよう。
大体私の興味はどちらかといえば生物や歴史…綴られてない歴史って
なんていうんだろうね?不勉強だからわからない。
いずれにせよそういう方向にあるので、
絵とかの技術論と同じで場を設けて能動的に考える必要があるジャンルだ。

つまりは技術論へとなるわけで、はっきり申し上げてしまえば私は
機械にそれほど興味も知識も深いものは持っていない。
ええようにしといてんか、ってのが本音だ。
生きてれば身の回りに嫌というほど機械はあるわけだから
触れる機会はそれほど不自由しないので考える材料には事欠かない。

そうね、せっかくだから文中に出てきた綴られていない歴史というところから
考え出すことにしましょう。
ともすれば、歴史というのは五千年ほど前まで遡れれば良いところで、
認識として西暦がある以上2000年前はもう何もない0スタートな感覚だって
あるかもしれません。
ところが実際私たちのご先祖様は4万年くらい前にはもうすっかり
今の感じのご先祖様だったそうで、遺跡として残っている感じでも
一万年前、つまり一般的に石器時代と言われてる時期には町も見つかっているそうな。

今とあんまりスペック的に変わらないってことはそのまま、
タイムスリップしたら?と考えられるわけです。
あなたが、私がたった今、あるいはもっとずっと小さいときに
タイムスリップしたとしましょう。
ウホウホ言うでしょうか?あなたがたった一人で生きているなら、
勿論言葉はしゃべりません。威嚇のために吠えるくらいはしましょうが。
言葉は他人とコミニケーションするための物で、
他人がいなけりゃ言葉は存在しないでしょう。

家族でタイムスリップした場合はどうなるでしょう?
手分けして住処や食料を確保するために、家族で通じる言葉を使うでしょう。
昼間行ってきた狩りで大物を捕らえた感動を伝えるために、
壁や地面に絵を描いてみることだってするかもしれません。
でも文字は必要ないでしょう。なぜなら伝える相手は目の前にいるのだから。

こう考えていくと、文字の始まりは勿論絵文字であり、
メモであったと言えるでしょう。

この話の流れはいたってシンプルで、人が少ないうちは、
そして目の前にいる限り、コミニケーションツールは言語のみで事足りるのです。
とりもなおさず文字の出現は伝える相手の絶対数が必然の要素だと言え、
文字の存在は目の前以外の人に意思を伝えることが可能となります。
つまりは時間と空間の連結です(やったねちょっとSFっぽくなってきた??)

言葉は基本的に”今”そして”目の前”をつなぎ、
文字は過去と未来を紡ぐのです。空間的にはショートカットはありません。
文字の書かれた手紙は遠くの人に届く?
遠くの人に手紙を出すのと、そこまで移動してしゃべるのと違いはあるでしょうか?
そう、空間のショートカットは多分通信技術の登場まで待つしか無いでしょう。
電話ができるようになって初めて遠くの人と直接しゃべれるようになったわけです。

こうして思考を続けていくと、耳的空間接続の次は目的空間接続がなされました。
その次は何でしょう?技術的には言うまでもなくインターネットでしょう。
インターネットによってリアルタイム接続と過去の履歴がごちゃ混ぜになりました。
電話やテレビだって過去と今を繋げることはありましたが
どちらかといえば一方通行的と言えます。もちろん考え方によっては
インターネットだって十分一方通行的なので、将来的な発展はそこということでしょう。

ともかく、インターネットによって接続されたのは時空だけでしょうか?
私は思考というか考え方というか意見が連結されたと考えます。
あくまで可能性のお話ですが、今見た映画の感想を伝えるには
人に話す、日記に書く、評論家として本に書く、といった旧来方式と比べ、
ネットに感想記事を書いた場合、見知らぬ人に読まれ、見知らぬ人から意見され、
さらにそれは書いた瞬間にとどまらず、
3年後の未来に意見されるのかもしれないのです。
これは人格の情報化の表れと言えるだろうし、勿論そういう意味では
本だってそう言えるわけですが、
大事なのは連結速度と情報にぶら下がる人間の絶対数です。

じゃあ次に訪れるのはどういった接続でしょう?
一方通行的な情報の流れの自由化?ピンときませんけどありうるでしょう。
でも考えやすいのは思考の次の接続先は?といった道筋でしょうか。
それは間違いなく他の感覚の連結となるでしょう。
感覚の接続は、感情の接続を生み出すでしょう。

一方、技術的には無線化が進んでいるみたいです。
高速無線による情報のやり取りとAIの進化が
直近に訪れる次のイノベーションだと考えられているのではないでしょうか?
周りを見てるとそんな雰囲気を感じますが、
私は技術は知らないので見当はずれを言ってるかもしれませんけど
それはしょうがないことでしょう。
提出文ではなく、考え事メモなわけですから。

技術的に訪れる形はどんなのがあるでしょう?
私は端末がちゃんと端末になるんじゃないかなってまず思いつきます。
スマホ時代襲来によってすっかりパソコンをポケットに入れて持ち歩く
そんな一昔前が夢見たSF世界に私たちは生きてるわけですけど、
このスマホ、私はどうにも気に入らない装置なのです。
集約はどうも時代に反してると感じます。
しかしその制約から解き放たれるには無線技術の進歩が不可欠でしょう。

ところで無線ってどんなものでしょう?
電波って怖い?体に毒?
感情論で述べるのは容易いし、
私自身、遠い未来に、
「ねーねー聞いて、21世紀人って電波平気で浴びてたんだって!」
な未来が来ても全然びっくりしないなぁとさえ思います。
そういうのは置いといて、じゃあ電波ってどんな感じの物?
って考える場合、一番身近な光について考えを巡らせるべきでしょう。
光も電波のお仲間で、ある特定の目に見える電波のことを
私たちは光とざっくり呼んでるわけです、中学生的な意見。
つまりはソナーとおんなじ、コウモリとおんなじで
跳ね返ってきた具合で周囲の状況を察する装置が目なのです。
と考えるなら、目の前にあるスマホやWifiから電波が飛んでる姿は
目に見えないだけで光と同じ存在なわけでして、
そういう通信電波が見えます星人からしたら、
通信するたびにチカチカ光ってるのが見えることでしょう。

いけないいけない閑話休題という言葉を使うには長文すぎたかもしれない。

なんだっけ、そう、スマホ。処理する機能やら表示する機能やら
なんやらかんやらが集約されるから制限が生まれちゃうわけで、
それがなければ制限も取っ払われるわけなのはそりゃあその通りでしょう。
だから私は機能もまたクラウド化されるんじゃないかなぁって
素人思考でそう考えます。

技術的な方面と時空人間連結視点から考えてきてるわけですが、
じゃあそこから訪れる未来とは…
例によって私は延々考えれちゃうのでこの辺にしときましょう。
なんか時空って言葉で若干SF要素満たしつつ、あんまり
面白いお話までたどり着いてない気もしますけど、
SF小説はこうした下地の上に物語を敷くわけですから、
裏地を見て、すわ面白くないというのはアンフェアだと自己弁護して
お話を終えましょう。

またまたゲーム

3075
フィリスのアトリエから。
アトリエはドラクエとかみたいに沢山出ているのだけれども、
幾つかの短シリーズ群になっている感じの作品、らしい。
そのうちのやったことあるシリーズのキャラが出ているとのことで
買った作品。
ゲームは一週間に一日やるかやらないかの頻度でやってますので、
ネタはすぐに尽きるでしょう。

練習で模写なり人の絵なりを真似るのはこれはきっと楽しかろうし、
勉強になるのだろうけれど、
ひとたび似せようとしたらとたんに面白くはなくなる。
だって似せるのって難しいですからね。
特に私などは練習にそれ系を取り入れずにやってきてしまいましたので、
たまにやると時間が大変かかります。
それもあってというわけでもないですけど
左側が原画に似せようと頑張ったサイド、
右側は自分の絵柄サイド。

横顔描こうと思ったらモロだったのでよした

3073

ゲームを自発的に買うことはあまりなくって
大体誘われるか強く勧められるかといったケースが多いわけで、
自然大体良いゲームに当たっているのでしょう。

ラストオブアスってゲームから。

最近のゲームはすごいなぁなんてリアルなゲームを見ては思うけど
これもそんな感じのゲーム。仕草がとても細やかで面白い。
でこのゲーム、いわゆるゾンビゲームなんだけど、
そうした仕草やら景色やらセリフやら楽しんでると
襲われて「ガブガブガブガブわああああああああ」ってなる。
あとすごい野蛮。ゾンビものよろしく銃を撃つは勿論のこと
鈍器で叩いたり、レンガで叩いたりする。
もっと甚だしいことは相手が人間だったりするけどお構いなし。
荒々しい。

やる前に思ってた印象やらではもう少し終焉ものなのかと思ったら
すごくゾンビアクションゲームだった。

たまには版権

3072

プレステのゲーム。ドラクエヒーローズ2から。
ドラクエといってもどちらかといえばアクションゲームな感じで、
無双みたいにバサバサモンスターを倒していくゲームでした。
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