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未だ夏・冒頭の滑り出し案

3123
その日は雨だった。

分厚い雲、
黒い空、
しっとり湿った空気、
暗い閉塞感。

何もかもが今の私にお似合いみたいで心地良かった。

「―――――ですか?」
記憶の声が私に話しかける。私は答えない。
あの日。あの日の時間。
私は歩く。

nekosogi

3122

インフルエンザが猛威を振るっております。
私のボスもやられてしまいまして、
年度末だというのにもうどうしようもない。

パソコンを使えない世代になってきた、
なんてニュースを耳にしたことがありますが、
確かに未来世界の一人一台の携帯できるパソコン時代な
スマホ時代に突入して久しいですし、
そろそろそういったことも起こり得るのかも知れません。
でも全くノータッチってことは少なくとも小中高の12年間くらいは
スマホオンリーだったって事なら
これはしょうがないといえるでしょうけど、
現状そんなに皆が当たり前のように持つようになって経ったかしらん?
経ってないなら多分今使えない人は
昔も未来も使えない人だったりするんじゃないかな。

ビジネス世界ではパソコンは
ボールペンと同程度にもはや必須ツールになってますので、
新たに覚えるのはちょっと苦労が多かろうと思いますけど、
仮に今の20歳くらいでノーパソコン世代に突入しだしてるならば、
パソコンを普通に使ってる世代というのは
ごく限られてくるんじゃないでしょうか?
多分今の40才から下くらいがちょうどパソコン世代となるでしょうから、
20~40歳の間の20年間の世代ということになるのかな。
世代と言えば、これは勝手な個人の経験談ですけど、
私よりちょいと上の人たち、多分35から上の人たちだと思いますが、
当たり前のように達者にパソコンを使えますし、
タイピングだって早く打てる人たち。
ところが手元を見てみますと人差し指と中指しか使ってない。
なんか独自に会得した感じのする人たちがとても多い気がします。
アラサーの人たちは普通にあの人をひっかく感じに全部の指が
ひん曲がった感じで打ってる人が多い感じ。
まぁ人の手元なんてあんま見てないから本当にイメージ論なのでしょう。

不思議な空気の二人旅

3121
雪のせいなのか冬の山間部の川の水量は多い。

ムダ

3120

半年くらい前に
腹筋ローラーコロコロするのと同じくらいの頃、
(ブログでやり出したこと位は書いた気がする)
お風呂で本を読むことを始めたわけですが、
最近どうにも話を考える時間が少ないので、
いよいよお風呂に入ってる時間を当てることにしました。
こうムダのないタイプの人間なら私の生活サイクルでも、
まだ読書タイムを残せるのでしょうが、しようがない。

スマート

3119
男性キャラをスマートにすると、
おのずと女性キャラも縦長になるわけですが、
そうなると女性キャラの可愛さ成分が減っちゃうわけでして、
つまりは適当な折衷案を用いるか、
もしくは男女で絵柄の法則を変えてしまうかの二択に迫られるから
男性キャラはあんまりスマートに描いてなかったと
昔の私は考えてたのかもしれないけど、忘れてしまった。
女の子キャラが可愛い方がいいのと同様に、
男キャラはスマートでかっこいい方が良いきはやっぱりしますしね。

旅道中

3118

お話はある山深い道路で起こった小ネタ。
時は正月休み。
ロケーションはC国某県、
登場人物は”О久保さん””Uちゃん”の二人組。
実を言いますとこのシーンの前では
漫画に描くのもちょっとはばかられる事件に巻き込まれまして、
若干MPを削られ気味でしたが、二人とも割かしタフなので大丈夫。
でもさすがにどこか平常心ではないかもねぇ、といった感じでした。
まぁフィクションなんですけど。

Give in to the fire

3117

目の前の植木鉢に水をやりたいとしましょう。
水を含んだ雑巾を絞って確保するのも悪くないかもしれません。
溢れんばかりに水を蓄えている雑巾を絞るのは良い方法だと言えるでしょう。
しかしあまり水を蓄えていない雑巾から水を確保しようとすると
どうなるでしょう。
当然必要以上に絞らなければ水は出てきませんし、
労力を費やし、雑巾にダメージを与えても水が効率よく確保できるとは
時として言い難い場合があることでしょう。

でも雑巾を絞って水を確保するんだ、
あるいはそれしか知らないからという理由でもって
あくまで固執することが悪であるとは思えません。
それもやりようでしょう。

それでもあんまり絞れそうにない雑巾をわざわざ絞らずとも
例え水漏れバケツが代案であろうとも、幾分ましであるなら
他の方法を模索してあげるというのもありなんじゃないかなぁと
思わないでもなかったりすることもまたありましょう。

最適解は存在しうるものでしょうが、
世の中は最適解のみで成り立っていないことは事実です。
その幸不幸はともかくとして、
やりよう一つとってもいろんな角度が存在するものです。

システム方面ではどうでしょうか。
仕組みを設ける場合において、
最初からガチガチに縛るというのも一つの手でしょう。
しかし縛るほどに窮屈さから何とか逃れてやろうという意思を
生む可能性が上がるのもこれは自明の理です。
縛れば逃れる。縛らなければ緩くてこれもまた意味がない。

世の中はまこと、ディレンマが数多く存在しますが、
それはエネルギーは有限であり、
エネルギーの総和は保存されるという
{SF的!…とは言えないかもしれません科学的(義務教育)とはいえるかも}
絶対のというよりはごくごくシンプルな理屈で
成り立っているからなのでありましょう。

立ち止まってる暇なんてあらへんで

3115

さてやるぞ!
の前にちょっと髪の毛を揃えなければならないようだ…
本音を言えば面倒くさいけれど
身だしなみというのも必要経費的なしようがなささ。。

何にしようかな

3110
何をかこうかな。
基本的に出し惜しみせず後先考えず
全開でやるのが良いことは知ったけど、
さりとて半端というのもよくなかろうなので、
漫画に関しては習作用に考えたのと日常チックなのをまずはと思う。
文章は?
一つはSF。なぜSFに固執するのかっていうと
人生で一番最初に読んだ大人用(児童向けではない)小説が
SFのジャンルに含まれるものだったからという理由。
どこに生まれたかってのに近い理由だね。
別に望んだわけでもなし、運命論だって全てを信じる物でもない。
でも同時に厳然たる事実とバックボーンであるわけだ。
あとはどうしようかな。
とりあえず一通りのは触ってみたい欲求はあるんだけどなぁ。
うーんとりあえずイメージは沸いたから書く方はまずそれかな。

知らないことは考えられぬ

3108

白状しますと、物語を作る側になりたいということ自体は
中学校くらいの時に思ったことです。
大体、小学校二年生くらいから大人小説(18禁じゃない)を
読む環境にあったのだから、
ある程度いつかの時点でよし自分もと思ったというのは
これは無理からんことだと思います。
ところがどうやら自分には文才も画才もひと様と比べて
特別なものがあるわけじゃないというのは
明らからしいことが、子供ながら早速にわかったものですから、
のんびり畑を耕すことにしたわけなのであります。

これは別にルーツとかそういう話じゃなくって
この後にかかってくるお話でして、
つまりは才の有無はともかくとして、
意識として自分も作る側になりたいという思いがあった、
そして色んな小説やら漫画やらをそのあとに
読む機会に恵まれていた、というのが下地のお話。

今を生きる人には全くぴんと来ない事でしょうが、
私が学生のころなどはようやく携帯電話が
一般に爆発的に広まりだしたという頃合いでありまして、
当時の雰囲気というのはとても面白いものでありまして、
『携帯なんて絶対持たないぞ族』という種族がどうやら居たらしいのです。
そして種族の中にもいろんな派閥がありまして、
『新しいものには絶対飛びつかないぞ派』な超保守党。
『機械は全く分かりません派』な機械音痴族。
『本音では興味が無いわけでもないけど機会もないし…』な取り残され族。
当然割と大きな勢力をもっていた彼ら彼女らですから、
創作活動をする人たちの中にもそうした人が居たことは想像に難くありません。

20世紀末から21世紀初頭くらいの時代の、携帯知らんよ族が
現実世界のお話を作るときどうしたのでしょう?
携帯電話はすでに一般人の必需品になりつつありましたので、
多くの一般の読み手は携帯電話のことを知ってるわけです。
だから”知ったか”ではかけない。
じゃあどうしたか。
そういうのがまだなかった世界、あるいはそういうのがない世界を描けばいい、
とこうなるわけなんですね。

たまたまそういう時期と
私の小説漫画問わず本を読みまくってた時期とが被ったわけでして、
これまたたまたまだと思うんですけど、
そういう明らかに古い作品じゃないにもかかわらず、
昔の世界を舞台に描かれてる作品によく出会った、
こういう経験が私の中にある、というのが今回のお話。

知らないのをかけないのは当たり前、
知ってることをかくのも当たり前、
でも知らないからかけないって見られるのはよろしくない、
とこう私はどうやら深く思ったようでありまして、
それが今日の知らない事があったら
聞く派閥に属することになってしまったのでしょう。

ということで前回記事の機械に興味がないし人任せにしたいけど、
多少は触れるようになってるという話につながってくるわけなのです。

最も大体のことは私は詳しくありませんので、
大体のことはその都度人に尋ねるタイプの人間なのです。
詳しいに越したことは無いけど、まずは知ってるか知らないか。

分相応。

カクカク

3107
機械はあまり興味があるほうではない。

まぁ今のご時世同じスマホを五年使ってたり、
電波が飛ばなくなる寸前までMova使ってるような人間なので
そこの辺は推して知るべしというまでもないのかもしれない。

でもまぁ幸か不幸か中途半端に詳しい人間が周囲に居て、
中途半端に自分の手のみに頼らざるを得ないケースがあった結果、
何かあったら説明書片手に=ググりながら解決できる程度には
機械に触れることは可能となってます。
パソコンだって普通程度には触れてしまう。
でもできれば、勝手にええようにしといてくれれば
それに越したことがないのが本音だ。

ちょっと情景状況もろもろ変わってきてるので、
このブログの一枚絵or習作漫画+一言文章というスタンスを
ちょいと変えて見ようかなと思ってます。
出来るだけ創作スペースを確保したいので、
絵の比率もさることながら、作文のスペースも設けようと思ってます。
なので、今までの内向きな自由な作文とはおさらば。
もう少し(当社比)読みよい文章を心がけていくんじゃないかなぁ。


よくぞ容易くディスれるものだ

3106

勉強一つとってみたってそうだよ。
大学入試レベル程度だって
頭をうんうん悩ませないと解けない難問なんて
いくらでもあるわけじゃあないか。
そこから作られた問題を解けることと
実践はまた別だという論理もまだわかる。
さらに飛躍して勉強だけ出来てもしょうがないとか
もっと飛躍した論理すらあるのだから驚きな事だ。

問題を解く能力というのは中々難しい、
頭でっかちをディスるときに用いられる言葉を使うなら、
”センス”がいるからだ。
間違ったアプローチをしてしまうと、
途端に解けにくくなってしまうのは
作られた問題だろうと実際の問題だろうと変わりはないのだ。

例えば色。
誰も他人の頭の中をのぞくことはかなわない。
だから自分が見てる赤色と他人の感じてる赤色が
本当に一致するかというのは比較できない、
よく聞く話です、シュレディンガーの猫と同じ頻度で。
これ自身は面白いアプローチなんだと感じるけど、
本当に一緒なんだろうか?違うんじゃないだろうか?違う可能性も十分あるな?
といった具合に”実際はどうなんだろう”というアプローチは
これは間違いなくまずいアプローチでしょう。
例えば太郎君の赤は花子さんの緑だったとしても、
太郎君が手に持つ真っ赤な完熟トマトは、
花子さんにとっても真っ赤な完熟トマトであるのに違いはないのだし、
つまり問題は色の判別という話ではどうやらなさそうだと言うことなのです。
私はあまり興味がないのでこれ以上考えるつもりはないので別の題に移りましょう。

例えば先端科学。
素人の私でもわかるような簡単な文章を読んでますと、
この宇宙は誰かの作り出したホログラムに過ぎない、
なんて理論があったりします。
多分これって計算上、私たちの世界はあたかも
立体スクリーンとして投影されてるがごとしみたいな感じの話で、
それをきっと興味をそそるようにサービスで話してたりするのだと思ってます。
が、仮にそうだとしたらどうなのでしょう?
この場合重要なのはそのスクリーンの投影者が私の中に定義、
定義という言葉は固いので、存在するかどうか、が重要でしょう。
さらに過激な言葉に置き換えるのはマズイのでしませんけど、
信心や信念に宿る存在と実際の存在への知覚とはまた別のお話なのです。
勿論大多数の人は仮に投影人の存在が事実であったとしても、
アイデンティティがグラリと歪んで溶けて混ざっちゃう、
なんてことは起こりえないでしょう。
だからこの世界が誰かの作ったシミュレーターであるか否かってのは
その言葉のセンセーショナルさほどに面白い話題じゃあないってことになるます。

そんなわけでこのブログで頭の中身を文章化することはあっても、
何かを深く考えることってないなってことに初めて気づきましたので、
ちょっとなんか考えてみようかな。
漫画にしたい気もするけど、あんまりうまくいく気がしない。
文章ですらこの体たらくなのですからね。
最初は『不老』にしようかな。
不老が訪れた世界。

あーだめだ、延々話せてしまうから取り合えずここまでにしておこう。


3105

種をまけば作物が実ることが明らかなら、
良い種や色んな種類の種を集めたり、
あるいは土に凝ったりもするだろうし、
勿論ただ実ることにのみ感謝、あるいは満足し
植えては収穫、植えては収穫のサイクルを
ただこなすケースだってあろうし、
そもそも畑が悪いか、あるいは種が見当たらなければ、
買って食べりゃ良い、というわけなのでありましょう。

何の話じゃ。

経済

3104
経済はあまり絡んだことがないジャンルだし
経済学も学んだことがないけど、
勉強系と考えを巡らせて来てるので少し世の中系にシフトして
考えてみよう。

まず経済について概観で思いつくのは、
経済至上主義がどうなのかになってしまいそうだけれども、
それでは見誤りそうなので、もう少し焦点を絞らなくてはいけない。

となると経済力とお金というワードに絞れそうな予感がある。

経済力という言葉から連想できるのは、
言葉そのままのお金を稼ぐ能力と、余剰、つまりは文化という二つの流れ。
で、そこにお金とはという考えが要りそうというのが
ファーストインスピレーションの中身、という感じでしょう。

お金ってなんだろう?これはちょっと考えてみると面白いことに、
お金と数字は実に仲のいい関係だから、ついついお金って
そういう数字族の仲間なんじゃないかって思ってたけど、
考えてみると、お金って実に信頼と感情の存在なんだって思える。
その感じた内容を語ってしまうとまた長文の憂き目を見るので、
そう思った前提で今回は考えを進める。

”文化”、あるいは”個人のやりたいこと”というのは
基本的には”余裕”から生じることに気づく。
勿論文化には必要から生じる側面もあるだろうけど、
”文化的”という言葉がその必然から生じる物より、
それ以外のイメージの方が大きいことは特に異論は無い気もする。

”余裕”とは?
貴方は無人島に流れ着いた孤独な漂流者。
今日の予定は三日分の食料集めだとする。
幸い午前中に大収穫で二日半の予定が浮いた。
じゃあ二日間は何かほかのことができる。
より良い寝心地のベッドをこしらえて生活の質を高めたり、
あるいは趣味の俳句でも作ったりできるかもしれない。
ところがこれが予定通り三日丸々かかっちゃえば
当然余剰は存在しないし、オーバーは言うに及ばず、ということです。

人間は社会を構成することによって、
色んなことを手分けして効率を上げて、
そこから余剰を生んで、良い感じに過ごす、
というのが所謂私たち人類の生活のパターンとなってるわけですが、
当然社会の仕組み上、色んなことは完全には均等にならないし、
そもそも余剰は共同作業による能率化のみが生み出すのではなく、
得手不得手がある中での効率化もあってしかりなのは考えるまでもないことです。
多分こうしたことを考慮して社会のシステム自体を平等に分配しようって
理想主義者は考えたというのが20世紀後半のお話だったのでしょう。

うーん、もう少し考えはめぐるのですが、
例によって長くなりそうなので、他愛もない話レベルの段階で終えるとしましょう。

しかし何なんでしょうね?実は時々はちょっと怒ってます。
何なんでしょうね?長文ってやつは。
こんだけ書いても内容なんて知れてるわけなのです。
ほんの数分、正確には特に考えずタイピングしてるだけなので、
うーんと熟考もせずにつらつら書いてたらあっという間に長文。
じっくり考えたらもう論文じゃあないですか。
ああイライラすると言いたいけど、
だからこそほぼほぼ全ての物は引き算によって作られるってことなんでしょうね。
熟考なり閃きなり何でもいいけど、
そのまま出力しちゃうと間延びしてしまうから、
ちゃんと彫刻刀で削らなくてはならない。
だから基本的には表現として描かれているものには
意図(そこに意思があるかないかは問題ではない)が存在する、というわけで、
そういうのから類推ができるわけだし、
足し算で作られてるのだと、
それがしたかっただけなんでしょ?とかなっちゃう場合があると
こう相成るわけなんでしょうねぇ。
ふん、わざと寄り道してやった、ざまぁみろ長文。

先生

3101
乱暴な意見を聞いたことがある。
曰く、教師は社会(世間というニュアンスでもあった)を知らぬ。
何年かなりとも社会人経験を経て先生となるべし。
とまぁ、かくのごとき意見である。

個人的には学校という領域を社会から独立したものという視点こそが
その狭い定義から狭まってるように見えなくもないのだけれども、
賛成意見を出すならば、関係する人々、
つまりは絶対数が共有しうる価値観のすり合わせという意見であると、
手と見せかけて藁を差し伸べるなら、
自分たちの価値観に従えという実に独善的な…とまぁこう言えるのかもしれない。

さてさて、確かに人に何かを教えるうえで
知見が広いに越したことは無いわけですから、
様々な経験を積めよという意見は中々良い意見なんじゃないかなって思います。
ただし、先生にそういうならば、
代わりに貴方も何年か教師をやるのが筋というもの、
と私ならばこう、申し上げることでしょう。

何事もフェアじゃなけりゃ、ね。

学歴

3100
学校の勉強ときたらお次は先生か学歴のお話だろうか。
さらば学歴のお話。

私個人はと申しますと、
別に誇れる学歴なんてないし、
さらによくありがちな自身の才覚で世の中を生きていければ
とさえ大人になってからも思ってたりするダメなタイプだ。

そんな私の学歴への意見はと言いますと、
私は学歴ってのは割と公平な制度だと思ってます。
生まれた土地柄や家柄のみでなく、
チャンスが一つしかも広く皆に与えられる制度で、
社会の制度と掛け合わせてこれ以上のシステムは
私にはちょっと思い浮かびません。
いや、それでも不平等だ、成績の良い学校の子の多くは
元々良い家、お金持ちの家の子が多いっていうデータがあるんだ!
なんて憤りの声もあろうかと思いますが、
いやいや、学歴というフルイすらなく、
農村に生まれ育ったらそのまま農民コースオンリーよりは
よほどチャンスは多いと思いますし、
それに世の中の真なるところはそうしたことも込みだといえるでしょう。

学閥はこれはシステムとしてはどうかと思いますが、
人の自身が帰属する縄張りへの感情は、
群れを成す生命として培われてきた本能ともいえるでしょうから、
人を蹴落とすというバイタリティ同様、善悪の付く話ではないでしょう。
理屈で言えば生命力としてはプラスの資質で、
社会の総和としてはマイナスって感じなのでしょうけど…w

あ、余談になりますが、こうした起源へのアプローチ方法は
割と有用じゃないでしょうか?
ちょっと試しに何か考えてみましょう。
例えば”笑い”。
なぜ面白いのか?面白いことを考えるうえで
いずれはぶち当たる疑問の一つなんじゃないでしょうか。
モノマネなんてのはなんでしょう?
多くの人が何かに似ているというだけで面白いと感じます。
何で一緒なことが面白いんだろう?
この切り口はどうにも袋小路の予感がするので、
違うアプローチを、ていうかそのための例題なので
四の五の言わず起源に思いをはせます。
起源をたどっていけばコミニケーションへとたどり着く、かな。

異星人とのファーストコンタクトでよく描かれるシーンはどんなでしょう?
右手をあげてみる。相手も右手を上げる。
あるいは相手が頭に手を置く、こちらも頭に手を置く。
といった感じで真似をして意思の疎通を図る、
なんてシーンはテンプレじゃないでしょうか?
つまり真似というのは多分コミュニケートにおいて割と有用で、
さらに淘汰の中でそういう真似をするのを楽しいと感じる人間が
仲間を得て命のリレーを行った結果、という感じなんじゃあないでしょうか。
これと近いのは”ダジャレ”なんかがすぐ思いつくでしょうか?

いけないいけない、油断をすればすぐに長文だ。

勉強

3099

「人生、生涯が勉強」とか
「勉強は本来楽しいもの」とか
そんな言葉や思想があろうとなかろうと、
私は勉強が嫌いサイドの人間には変わりがない。
嫌いなうえに予習復習の習慣は義務教育で全く身に着けず、
それを矯正する目的であろう宿題も、
授業中にやってしまってあとは読書、
なんて不真面目な人間だったから、
当然夏休みの宿題だって計画的にやろうはずもないサイド。

そんな生来の不真面目さと学生生活で学習態度を身に着けなかった
人間が、仕事のスケジュール前倒し側に居るなんて未来が来ようとは、
中々どうして人生わからないものです(無理やりこのセリフを使う)。

一寸先は闇と申せど、闇の中にあるものは単なる不確定要素に過ぎず、
どちらにも転びうる状態であるということなのでしょう(追撃でSF的)。

教育

3098
敢えて学校教育に絞ったとしても、
これは中々大変なことだと思う。
教育内容というのは大体は既知のことで、
既知のを習得したうえで上積みをするってのが
人類としての知となるのだろうけど、
ざっくり見積もって大学三年生くらいまでは
教えてもらうばっかりなわけだから、
6+9で15年間習得に費やしてるわけで
これはやっぱり大変なことだと思う。

勿論はっきり言って、学校のクラスで言って上の方の
習得が得意な層はこの半分の期間で習得出来るとは思う。
6年間の間で高等教育を終わらせるってペースでしょうか。
勿論普通に天才に属する人やそれに優秀な教師がつけば
さらに早まりましょうが、特殊なケースは言っても詮無き事。
いずれにせよ結構な時間がかかりますは知識の習得。
勉強勉強また勉強。

しかし一見無機質とも思える知ですが、
実際にはそこには人々の思考の集合体としてのうごめきが
確かに存在していると想像してみると。。
知識は発想の材料というよりはむしろ閃きと知識には
本質的な違いはないということだって言えちゃうのかもしれませんね。

詰め込み

3097
知識は発想を縛り得るのでしょうか?
自由な発想は白いキャンバスに描かれるものなのでしょうか。

知識は発想の種になるだろうし、
言ってしまえば沢山の知の中から生まれいづる物こそが肝要で、
ガンジガラメになってしまったり抜け出せぬ発想などは
所詮はその程度の才と割り切ってしまえば良い話なのでしょうね。

こわいこわい。

走れ走れ

3096

走れ走れ
急がなくちゃ
生き急がなけりゃ
生きられない

はしれはしれ
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