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やってみなくちゃわかんねーだろ!

3425

うーん。
真ん中小さくしてみたけど
やっぱり大きい方が良いようだねぇ。
やってみる前にわかると良いのにねぇ。

おつくり

3424

猛然とお話を作ってます。
長編なので形になるまでまだ間が要りそうです。
そろそろあの手この手で、短編とか
沢山作っていかないとだめかもしれない。


髪を切るのと同じさ

3420

色をおくます。

これで大体色塗りの下準備的な感じが終わりで、
次はさっそくにも完成に向かっていくわけです。
この絵を塗り進めるなら、次は早速にも
淡い色系で大幅にせめて全体的になじませるでしょう。
色塗りスキルは高くないので、
途中途中で自分を助けるために
完成系に近いビジョンを自分に見せるのです。

べたっとぬったらぼたっとするじゃないですか?
なじませてイメージに近づけるのです。

ちなみになじませた後は、きっと全体的に
平になってるだろうから、濃い色でパキっとさせるんじゃないかしら。
ぺったりした色塗りはコントラストある方が好みですだで。

上手下手

3418

良い絵、悪い絵ってのには、
多分に見る人成分が入り込んでる判断に思う。
でも、上手い絵、下手な絵っていうのは
ある程度共通の指標があるように思える。

何故絵を描くのか。
最初に置き換わる言葉は、自己表現だと思う。
自己表現が昇華される先に高尚な世界はあるのだろう。
でも基本的に自己表現はもっと卑近なもののはずだ。

じゃあその身近な理由ってなんだろう?
それは”人に何かを伝える事”だろうし、”私を見て”かもしれない。

進化論はとても面白い話だと思う。
進化ってなんだろう?
進化という字面には、進歩と似ているからか、
どこか積極的なイメージが付いてくる言葉のように見える。
実際の進化は偶然と淘汰。待ちの一手。
生き残るのに有利なら残りやすいし、不利なら残りにくい。
どちらでもないなら、残ったり残らなかったりというわけ。
そして間引きの程度は、環境変化の傾きに依存するわけだ。
『どうして残れたか?』に必然はあっても、
『なぜその形に変化したか』に必然はない。

人の繁栄にはコミュニケーション能力が付きまとう。
人は群れを作って繁栄してきた。
それってつまり、人の持つ形質の多くはその繁栄の方向の中で
有利不利の”フルイ”にかけられてきていることに他ならない。

コミュニケーションの基本って何だろう?
私はその一つを”真似”だと思ってる。
つまりは”共通項”。
意思疎通を図りたい相手とは同じルールが要るのだ。

例えば、同じ”言語”という名の共通項を持っていれば、
他言語同士のやり取りよりずっと楽に意思疎通は適う。

遺伝子のリレーによって、
今日の私たちの多くに”似ている”事に関するポジティブな反応が
多く受け継がれていると感じてる。

何かを伝えるために絵を用いる場合、どんなシーンだろう?
言わずもがな、言葉ではなくビジュアルで伝えたいシーン。
何かを伝える時の絵ってどんな絵が良いだろう?
そして見る人はどのような絵を良い絵と思うだろう?

この辺が私の思っている絵の根っこかな。
だから絵が上手になりたい、とか
人に上手な絵を描くと思われたいなら
間違いなく写実的な絵を学ぶべきだと思う。

私は美術史に全くの無知だから、本当の所は知らないけど、
漫画絵も、別に五十年とかのリレーの成果ではなくって、
少なくとも百年千年の歴史の流れの中にある形と思いリスペクトもしてる。

つまり今回のお話をまとめれば―

目的地も決めずに走り出すよりは、
目的地、あるいはコースを定めて走る方が無難という実に一般論なお話です。
たまには真面目に話しておかないとね、ふふふふ。。


言葉

3417

目の前の甥っ子をしげしげと観察する。
生まれてからもうじき半年になろうかという年頃だ。
ハイハイもどきでイゴイゴしてるので、
もうしばらくもすれば動き回るようになるのだろう。
しぐさや視線に意図を感じる時がある。
泣いて飲んで出すだけの生物はそろそろ卒業らしい。
話を聞いてる風な顔をしたり、
時々あーやらうーやら言うので、
何かしらのコミュニケーションを取り出してるのかもしれない。
ただし、言葉に関してはしゃべりだすのに随分個人差があるらしいので、
いつ”あー”やら”うー”の次段階に行くのか知れない。
しゃべりだすのに三年かかる人もいれば、
私のようにハイハイする頃にはペラペラしゃべってた人もいるので、
赤子~幼児という子育て期の時間間隔で見てみると
バラつきは確かに大きく感じる。

つまりは創作。
創作活動の行きつく先、
あるいは原初はコミュニケーションであろうから、
目の前の未だコミュニケーションがままならぬ
物体を眺めながら(つつきながら)、
それについて考えた履歴は、
きっと創作で役立つことでしょう。

サーリィミニツ

3415

大体スカスカだけど、
たまにはパソコンの調子が悪くて
復旧時間分マイナスでスカスカって時だってあるのさ。

パソコンが悪いのか、ワコムのドライバーが悪いのか
微妙な所だとは思うのですが、
いつもの事なので…
30分くらいどうでしょう、
人生そんなに急いでどこに行く…
私はどうにもそういう風には思えませんねぇ。
焦燥感に苛まれてるわけでもないのですが、
悪い傾向とも思えないので、
今はその熱で心を燻しております。
いぶし銀です。

抽象

3414
字と絵にいかほどの違いがあるかと思う。
考えるほどに同じものに思える。
強いて言うなら、字の方が抽象的だから、
そこに個人の属性がより強く出る傾向はあるかも。


コントロール

3413

そりゃあ、絵は色がある方が上等だとは思うけど、
多分、幼少の頃のお絵かきは鉛筆メインで
色鉛筆とかはあんまり使ってなかったんじゃないかしらん。
漫画絵である以外にもそういう理由がある気がするね。
私があんまり色塗らないのは。
イメージの為に色を置く程度なら
デジタルならあっという間なのにね。

他の人はうまくやれるんだろうけど、
私の脳味噌は、人格と創造の部分が
どうやら密接に絡み合ってるらしくて、
中々どうして難しい。
上手くやれればよいのだろうけどね。

カーム

3411 

多分、技術が至らないせいなんだと思うんだけど、
体調とかじゃなくって唐突に何だか
絵の調子が悪くなる時がある。
昨日などはまさにそうで、
そういう時に絵を描いてると神経がささくれ立つ感じで、
勿論、あんまり気分はよくない。
ただ、後から見るとそういう時の絵ほど
何だか自分の生の実力が見られる感じがするので、
我慢して記録として残るようにしてる。
大抵は寝て起きたら治ってるしね。

ただ今日は続いた。
しょうがないので、せめて丁寧に描くことにしたってわけ。

ガンバリマース。

あばれるゥ

3410
せせせせんがあああばばあばれるるるぅるる

引き算戦法

3409
話考えるうえで見つけた引き算戦法ですが、
色々なシーンで使えるので利用してます。
なんやかんやの資料とかもこう作るようになりました。
あれこれ考えながらやるより、
バーっと考えた後でせっせと間引いた方が、
ちょっと楽っぽいです。

思ってるよりずっと描いてたんじゃないかな

4
この絵はこのブログで最も古い日付の絵だ。
大抵は比較の為に描くんだけど、
今回ばかりはイタズラ心オンリーで今の絵で描くと
3406
こうなった。
良くも悪くもすっかり漫画絵になったのだなぁと思う。
もう少し漫画絵が自在になれば、
またイラスト絵も描けるんじゃないかな。

まぁ、今の絵はどうでもよくって、昔の絵。
ブログスタートの頃で、12年前の絵です。
12年前っちゃあ、普通に学生だったんだねぇ。
いや、12って数字は割と大きいから当たり前かな…w

何ていうか初めて客観的に自分の絵を見た気がする。
初めてというか、何でしょう、
客観的な視点にも、あくまで自分の頭の中にある客観と、
また少し違って他人的な客観があるというべきだろうか。

で、まず最初に思った感想は、
「あれ、何でこんなに絵が描けてるんだ?」という事。

この言葉、最も使われるのは自画自賛かもしれないけど、
勿論そうじゃない。
例えば、これで私が美術部でした~とか、
学校では絵を描くキャラでいつも何か描いてましたとかなら、
バックボーンがあるから、この程度描けるのは不思議じゃない。
例えば、私が天才なら最初からなぜか描けちゃいましたてへぺろ
って感じかもしれないけど、私の才は私がよく知ってる。

うーん、多分だけど私は私が思ってる以上に
絵を描いてたんじゃないかな?
私の記憶にあるティーンネイジャー期って、
何せ運動部だったし、本も読みまくってたし、
中学の頃の隣村の親友が別の高校に行ったら、
夜中に呼び出しまくってくるしとかで、
まーそれで充分時間は無かったろうと思ってた。

とにかく小説は沢山読んでたんだ。
例えば、赤川次郎っていう作家がいてはるんだけど、
10代半ばの頃合いだったかな?
図書館で借りた本、タイトルも覚えてるんだけど、
その本がすごくよかったので、
母親の伝手で何かその人の作品を借りて、
その一通りをひと月で全部読んだりと何せ、せっせと読んでた。
赤川次郎はその時以来読んでないけど、まだ現役なんだろうか?
図書室で借りた本は年間100冊とかで、
学校中に晒しものにされたから、今でもその数を覚えてるわけだけど、
それに図書館と、そういう人伝いに借りるのもあったりで、
平均よりは読んでるほうと言えるんじゃないかな、
人がどれだけ読んでるか知らないから多分だけど…w

何せこれに、漫画まで読まされてたからたまらない。
何か私の周囲に居た人々は、親切心が肥大してたんじゃないかな?
何せ無茶な貸し方をしてくれるんだよね。
1週間に紙袋一杯とかだから、今個人で買う年に数冊のペースから見れば、
ちょっと度が過ぎてると今なら言うね。
当時はそれが標準だったから気にしたことなかったけど。
何せ自分で漫画を買う習慣もあまりなかったしで、
借りる漫画の新鮮で面白い事と言ったらなかったしね。

更に問題がラノベ。この間ちょっと話題に出した気もするけど、
高校生の時くらいにはラノベ好きの人が二人くらいだったかな?
その方々がこれまたせっせと貸してくれるわけ。
正直言って、ラノベを初めて読んだときびっくりしたんだよね。
小説なのに挿絵があるし、それも何かイラスト的で良い感じだし、
何かファンタジックな内容だったりで、これまた新鮮さに虜、ですよ。
数も多くて、結構読んだんじゃないかなぁ。

で、部活は朝練夕錬ある運動部だったから割と時間は取られたよねぇ。
で、多分普通に友達とせっせと遊んでたから、
それで大体の時間はつぶれてたと思ってたわけ。

でも多分、描いてたね。小さいころ従兄に刷り込まれた、
『絵を描いて遊ぶ』っていう習慣が知らず残ってたんじゃないかな?

過去からの経験値が思ってたより有ったはあったで良いんだけど、
ただいずれにせよ、練習というか訓練はしてないんだよなぁ。
人の練習絵のブログとか見てると、何かそれなりのセオリーというか、
基本的ッぽい事、皆やってんだよね。
人間の全身の輪郭描きまくってみたりとか、
骨組み抜き出して描いてみたりとか、etc。
ちょくちょく言ってるけど、やっぱりこれには多少の
劣等感を感じないではないんだよね。
我流って何かオリジナリティ信仰的な視点のおかげか、
言うほどに悪いイメージがない気もするけど、
普通に考えれば、複数の人間の継承してるものと、
一人の知恵、どっちで勝負しますかというお話なわけだす。

ブログ作って絵を練習しだした当初は、
そこまで考えが至らなかったから、
適当に考えてきゃボチボチ描けるようになるでしょうと
ボンヤリ思ってたんじゃないかなぁ。
しようがないなあ。

話作りの方は、色々見えてきそうなものが見えてきたので、
絵の方にもまた、少し注力をしてもいんだけどね。
やらないのは、少しばかりの劣等感では
必要と感じてない状態を覆すほどのパワーは無いって事なんだろうね。

あんまり変わらない??

3404

じゃーん。
たまにはラクガキから一歩描き進めてみるのさ。
何?あんまり変わらないじゃないかって?

ソディス ノーリョ クニト ボシー ノディス。

今回は、
昔こんなの描いてたのを思い出したので、復刻。
3405
流石に5年位前の絵たちは今と違うよね。
これもあんま変わらないって見られるなら
それは希望かもしれないし絶望かもしれない。
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